第86話 知らぬが仏
コテージ内には浴室がしっかりと完備されている。
そして、男性の俺は女子達が入っている時は当然ながら追い出されるわけで、俺は洗い物も終わり、外で星を眺めながらボゥと黄昏ていた。
「星が綺麗だなぁ……空気が澄んでるから良く見える」
「月が綺麗ですねって言ってくれないの?」
先輩が、チータラやさきイカなどをつまみながら酒をあおって、そんなバカなことを言ってきた。
「言わない」
「えぇ、君の方が綺麗だよくらいは言って欲し……いや、ちょっと待って!?」
突然先輩が立ち上がる。
「どうしたんですか? 流れ星でも見つけましたか?」
「いや、今女性陣の入浴タイム! お姉さん女性! なのに追い出されるのはなぜ!? ホワイ!?」
両手を広げて外国人並みのオーバーリアクションをとる。
俺は目を細め、先輩を見る。
「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」
「胸の脂肪がデカくて心音なんて聞こえないよ? 試しに聞いてみる?」
「自分の良心の方に聞けって意味だよ」
そう言うと、何故か先輩はモジモジしだす。
「やだ♪ 両親に聞けだなんてそんな♪ お姉さんに一体ナニの話を聞かせる気なの♪ あっ、結婚話ならいつでも――」
「……その辺にハンマー置いてあったかな?」
「ごめんなさい冗談です」
俺が先輩の口を物理的に黙らせようとした所を、先輩は流れるような動作で土下座する。
「全く、セクハラも大概にしないと訴えられますよ?」
「だったら男友達紹介して! お姉さん好きになったら一途だから! セクハラもしなくなると思うの! やっても彼氏相手にするから! 彼氏にしたら犯罪じゃないから!!」
綺麗な瞳でゲスな発言をする先輩。
俺は呆れてものも言えない。
「だから、俺に男友達は……あっ」
俺は一瞬ある人の顔が思い浮かんでしまった。
最近友達になったばかりだったし、この人の前で男の話をすると絶対に碌なことにならないと、記憶の奥底に追いやっていたのだが、気が緩んでいたせいもあって彼の顔が思い浮かんでしまう。
その一瞬の言葉の間を先輩は見逃さなかった。
「いるのね! 男友達いるのね! 紹介して! 今! ナウ! は~りぃ~あっぷ!!」
「近い近い近い!? 結婚に必死過ぎでしょ!?」
俺の体をグラグラと揺すり、血走った目で近寄る先輩。
誰か貰ってあげて……でないといずれ被害が出るから。
――仕方がない。
「……はぁ、分かりました。紹介しますよ……」
「本当♪ 出来た後輩をもってお姉さん嬉しいわ♪」
「はぁ……俺の唯一の男友達をこんなに早く失うことになろうとは……陽子さんにも申し訳ないな……」
「――ねぇ、お姉さんを何だと思ってるの? お姉さん別に変なことしないよ? 橙矢ちゃん、こっち目線合わせて?」
ショックを受ける先輩を、無視して俺はスマホを手に取る。
頑張ってスマホを操作し、電話帳からとある人物に電話を掛ける。
コール音がしばらくなり、相手が電話に出る。
『はいは~い、龍巳っす。どうしたんっすか橙矢っち? 電話なんて珍しいっすね?』
「お久しぶりです翔太郎さん」
『相変わらず口調が固いっすね、自分の事は気楽に翔兄とか、義兄さんとかでいいんすよ?』
「あはは、そんな呼び方したらまるで俺が陽子さんと付き合ってるように聞こえますよ? それは陽子さんに迷惑をかけるだけなので遠慮します」
『いや、多分喜ぶだけだと思うっすけど……』
相変わらず翔太郎さんは冗談が上手いな。
話しやすいように冗談を交えてくれるのは、大人の余裕を感じる。
この人をあれに紹介すると思うと気が重い。
「実はですね? 前に翔太郎さんが俺にフリーで条件に合う女性いたら紹介してほしいって言ったじゃないですか?」
『見つかったっすか!? 冗談で言ったつもりだったんすけど、流石橙矢っちっすね。女性の知り合い多いだけあるっす……それで見つかった女性ってのはどんな人なんっすか!』
「……」
俺は無言で先輩を見つめる。
「私感で言わせてもらうと、かなりの美人です(残念美人だけど)性格も大人のお姉さんって感じで優しい人だし(セクハラ多いけど)公安に勤務してる人だから、しっかりしてるよ(むしろ自分が取り締まられるがわの人だけど)」
『何っすか、その滅茶苦茶条件が良い女性……騙そうとしてるわけじゃないっすよね?』
俺はズキッと自分の良心が痛みつつ、言葉を続ける。
「じゃあ、証拠に写真か何か送……」
横から指が伸びてきて、通話中のスマホをタップする。
そしてスマホがビデオ通話状態になり、俺と先輩が画面に映った。
「どうも~虎尾美幸です~橙矢ちゃんがいつもお世話になってるみたいでありがとう♪ 今後とも可愛い後輩の橙矢ちゃんと仲良くしてあげて♪」
『えっ、あっ、えっと……は、はいっす!』
先輩がウインクしたら、翔太郎さんが慌てたように声が上ずっていた。
初対面はいいんだよな……初対面は……。
「翔太郎君、だっけ? お顔見せてくれると嬉しんだけど、ダメかな?」
『いえ、あっ、ちょ……い、今はちょっと……』
「そう? じゃあ、また今度会った時にでも見せてね?」
『は、はいっす!』
「二人の会話邪魔しちゃってごめんね?」
先輩はひらひらと手を振って画面外に消える。
さりげなく今度会う約束取り付けたな。
「えっと……翔太郎さん大丈夫ですか?」
『滅茶苦茶タイプの女性だったんすけど!? えっ、夢っすか? 自分今夢見てるっすか!?』
夢は夢でも悪夢じゃないことを祈ります。
いや、本当に心の底から……。
「あはは……じゃあせんぱ、虎尾さんに翔太郎さんの連絡先教えても――」
『ぜひお願いするっす!!』
食い気味に翔太郎さんは返事をする。
堕ちたな……あぁ~あ、もう俺は知~らない!
「じゃあ、要件はそれだけだったので、それでは」
俺はやけくそ気味に通話を切る。
そして、翔太郎さんの電話番号を先輩に見せた。
「これが翔太郎さんの電話番号です……」
「嫌そうにしないで!? 傷つくからさ!?」
だって翔太郎さんみたいないい人が、先輩の毒牙にかけられるかと思うと気が気じゃない。
嬉しそうに先輩は翔太郎さんの電話番号を登録する。
その際に登録名が将来のダーリンとか書かれていた気がするけど、見ないことにした。
「そう言えば、翔太郎君が条件がどうとか言ってたけど、どんな条件だったの?」
「あぁ……まぁ、別に気にしないてもいいですよ。先輩は全部の条件満たしてるので」
「……?」
先輩は首を傾げる。
だが、この条件だけは墓場まで持って帰ると決めた。
翔太郎さんの出した条件は、自分より年上の女性と、そう言われたことは蛇足なので言わない。
……言わないったら、言わないのだ。
俺はそう心に決めながら、陽子さんと宇佐美が上がるまで、先輩が風呂場へ突撃しに行かないように防衛するのであった。
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