第85話 バーベキュー
コテージ付近、とある茂み。
はぁ……はぁ……と息を絶え絶えにしながら、重症の体を引きずって木に背中を預ける人物がいた。
色欲の魔王、アスモデウスである。
「ほんとぉ……想定外ぃ……あんたぁ何者ぉ?」
「……」
ボロボロになったアスモデウスの前には、黒いコートを被った人物が立っていた。
全体が良く見えず、男か女なのかも判別できない。
だが、一つ分かるのは魔王を軽く捻れる実力があるということだ。
「この強さぁ……他の魔王と、いやオズのリーダーちゃん以上ぉ……それだけの強さをあるのにさぁ? あんたは何に怯えてんのぉ?」
「多分言っても分かんないと思うよ? 何者かって答えなら、まぁこの世界の神様と契約して、悪い神様もどきから世界を守ってる――ってとこかな? 私はそいつに大事な人殺されるのが怖いだけ」
「マジで意味不」
「だろうね。理解されようとも思ってないよ」
クスクスとアスモデウスは笑い出す。
「で? わたしをボコボコにして何すんのぉ? 人類のために殺すとかぁ?」
「そんなもったいないことしないよ。ただあなたと交渉したかったんだ」
「こんなボロボロにしといて?」
アスモデウスが手を広げてボロボロな姿を見せびらかす。
コートの人物は頭を搔く仕草をとる。
「だって、こうしないと大嫌いな人類となんて絶対交渉したがらないでしょ? 私も苦渋の決断だよ? 友達をボコるのはさ?」
やれやれと言った仕草をコートの人物はとる。
「友達? あなたとわたし初対面だよねぇ?」
「あぁ、そうだったごめんごめん。この世界線だと初めてだったけ――記憶が多すぎるとこんがらがるなぁ」
「……?」
アスモデウスはわけがわからないと言った表情だった。
「まぁとにかくさっきの発言は気にしないで、それよりこっちから出す条件は、さっき会ってた彼に眷族化を許可すること、そしてこっちの世界の人間との共存に参加することの二つだよ。貴方の姉の、嫉妬の魔王レヴィアタンと一緒に、ね?」
コートの人物がそう言うと、へぇと感心したようにアスモデウスはにやける。
「……レヴィちゃんのことも知ってるんだぁ。それはレヴィちゃんのことも脅す気?」
「必要があるならするよ? でも時間がないし、急いでるから面倒な手間増やしたくないんだ。さっさと条件を飲んでくれると助かる。それにさ、アスちゃんにとってもいい話だと思うよ?」
「アスちゃん言うなぁ、で? いい話って?」
コートの人物がボソボソと耳打ちすると、アスモデウスはニヤリと笑う。
「それ嘘じゃないでしょうねぇ?」
「私の力見たでしょ? それくらい全然余裕だよ?」
「噓の可能性もあるにはあるけど、まぁ断れる状況でもないし別にいいかぁ」
「それじゃあ交渉成立ね♪」
アスモデウスとコートの人物は手を取った。
瞬間、アスモデウスの体の傷が瞬く間に治る。
「はい、じゃあ次はベルゼちゃんとこ行こっか? あと共存に反対派の魔王はあとベルゼちゃんだけだしね」
「傲慢も賛同させたんだ、やるねぇ~それは愛しの彼のため? 彼を強くして死なせたくな~いとかぁ?」
ピタッとフードの人物は動きを止める。
「仮にも色欲だしぃそういうのには敏感なんだよねぇ~にしてもあんな冴えない男にご執心とは見る目が――」
瞬間、アスモデウスの頭、首、心臓など急所に無数の爪と牙が当てられる。
アスモデウスの側には、炎のように燃える紅き鳥、水のような鱗を持つ青き龍、雷のように光る毛の虎、岩のように硬い甲羅を持つ黒い亀が囲んでいた。
フードの人物は、くるりと向き直る。
「あなたとはもう友達みたいなものだから、軽口叩くのは別にいいんだけどさ? ――言葉は選んだ方がいいよ?」
「はいは~い、お口チャックしま~すぅ」
アスモデウスは降参と言わんばかり手を大きく上げる。
フードの人物がスゥと動かすと獣達の姿を消す。
「じゃあ今度こそ行こっか?」
フードの人物の後ろをアスモデウスはついていく。
そして、茂みの奥へと消えていった。
□□□
またまた場所は変わって、森にあるコテージ。
その屋外ではジュゥと肉の焼けるいい匂いが広がっていた。
「吉田夫妻を虎尾さんが警察に引き渡しに行ったのはいいですけど――なぜ今この状況でバーベキューなのでしょうか?」
陽子さんが皿と箸を持ちながらそう口にする。
「腹が減っては何とやらですわ。食べられるうちに食べておくのも戦略の1つ、それに今度のためにも鈍亀の大罪武器、暴食の代償の飢えも先に解消しといた方がいいからですわ。今は鈍亀が思い付いた新技のオーラで結界を作ったから侵入される心配もない、仮に入って来たとしても鈍亀に位置がバレバレなら奇襲の意味がありませんもの」
宇佐美はトングをカチカチと鳴らしながら色々な部位の肉や野菜を焼いていく。
肉汁が滴り落ち、野菜が良い焼き具合になる。
焼きあがった肉や野菜は隣で俺がバクバクと食べる。
腹が減ってると思考力が落ちるな。
全然考えている余裕がない。
今は食べる事だけ考えていたいな。
喋りたくな~い。
「モグモグモグモグ」
「飢えた野良犬ですの? もう少しゆっくり食べなさいな。あと自分で焼きなさい、それでもあなた料理系配信者ですの?」
宇佐美が呆れた様子でこちらを見る。
うるさないなぁ、今は腹が減ってるんだよ。
料理系配信者でも料理したくなくなることもあるんだ。
傍から見ていた陽子さんがクスクスと笑う。
「ふふっ、こうして見ると宇佐美さん、まるで橙矢君のお母さんみた――」
「あ゛?」
「ナンデモアリマセン」
陽子さんが言いかけた言葉を飲み込む。
宇佐美こっわ……陽子さんいじめんなっての。
それにしても、何か前より仲良くなってるな二人。
俺がいない間に何かあったのか?
野菜をもぐもぐと食べながら、そう思った。
しばらくすると、先輩が帰って来た。
「あぁ……聴取長かったぁ……ってもう始めてんの!? お姉さん抜きで!?」
「心配しなくても、ちゃんと先輩の分はとってありますわよ」
「わ~い♪ ありがとうママ♪」
「ふんっ!!」
「ブベラッ!?」
宇佐美の蹴りが先輩の脇腹にクリーンヒットし、ゴロゴロと転がる。
そして、ムクリと立ち上がった。
「ひっど~い!? それが事情聴取代わりに行ってきた人への態度!?」
プンプンと年甲斐もなく怒る先輩を冷めた目で宇佐美は見る。
「わたくしより年長者の自覚持ってくださいまし、大人として恥ずかしくありませんの? 次にわたくしをママとか言ったら、川に突き飛ばしますわよ?」
「うわ~ん、菜月ちゃんのドメスティックバイオレンスがひどいよ~橙矢ちゃん慰めて~」
ひしっと体にへばりついてくる先輩。
俺は無視して無言で食べる。
「橙矢ちゃん食べてるのにいつもより無口ね? カニ食ってる時みたいに静か……今ならセクハラしてもバレないのでは?」
「やったら今近くに警察いるので駆け込みますよ?」
「やめて!? それは本当にシャレにならないから!?」
談笑をしながら夕飯の時は過ぎてゆく。
そして、京都での初めての夜がやってきたのだった。
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