第84話 憎悪の色欲

 同時刻、コテージ付近簡易ダンジョン。

 その中では爆発音が響く。


「アハハ! バクハツ! バクハツゥ~!!」


「もう理性まで飛びましたわ、ねっ!!」


 宇佐美さんの水弾が舞う、化け物の炎弾が爆ぜる。

 二つ名持ちレベルとほぼ互角――いや宇佐美が押されている魔術の応酬合戦。


「アシデマトイカバイナガラタタカウノドンナキブン? ネェドンナキブン?」


「余裕ですわ、守りはあいつの専売特許じゃなくてよ? 鈍亀に出来て、わたくしに出来ないとでも?」


 宇佐美さんの言葉とは裏腹に額から汗がにじむ。

 私と虎尾さんは、支援魔術を使ってサポートしていることしか出来なかった。


 そして、ついに……。


「ぐっ!?」


 宇佐美さんの肩を炎弾が掠めた。

 ポタポタと肩から血が滴り、片腕が力なく下がる。


「巨乳ちゃん、支援は頼んだ」


 瞬間、虎尾さんが走り出す。


「交代だよ! 菜月ちゃん!」

 

「……!? 了解ですわ」


 二人は場所を入れ替え、宇佐美さんが下がり、虎尾さんが前へと出る。


「今度はお姉さんと相手してよ!! オールエンハンス!!」


 虎尾さんが付与魔術を自身に全てかけ、構えをとる。


「フフフ♪ アハハ!」


 無数の炎弾が虎尾さんへと迫り、距離を詰めてくる

 虎尾さんが両手のガントレットで炎弾に拳を合わせた。

 インパクト、炎弾は拳が弾き飛ばす。

 炎弾はこちらに届かないが、それもいつまで持つか分からない、このままではジリ貧だ。


 私は宇佐美さんを回復魔術で回復する。

 傷が少しずつ回復し、出血は止まった。

 宇佐美さんは手を開いたり、閉じたりして動きを確認する。


「問題ないですわ、いつでも動けますけど、このままじゃ消耗戦ですわね」


「です、ね……すいません、私の攻撃じゃまともに攻撃が入りそうにありませんし……」


「今、実力不足を嘆いていても仕方ありませんわ。それよりもあのバカが来るまでの時間を稼ぐことが――」


「アァ、ヤッパリアナタタチカゾクハニテルワネ。人の善意に縋り、男にすり寄る卑しき血族、ほんとあの子にそっくりだわ」


 小声で喋っていたのにも関わらず、声が聞こえていた。

 いや、それよりも先程まで片言だったのに、化け物はいつの間にか流暢に言葉を話し始めていた。

 しかも、この声は社長……吉田さんのものだ。


 私は意を決して、吉田さんに話しかける。


「誰と、私が似ているんですか?」


 問いかけると吉田さんはチッと舌打ちした。


「あなたの母親に決まってるじゃない!! あの泥棒猫が!! あいつさえいなければ晴夫さんはわたしの夫だったかもしれないのに!!」


 吉田さんの口からは怨嗟の声がとめどなく溢れ出している。

 そして、いきなりポタポタと涙を流し始めた。


「ずっと……好きだったのよ……子供の頃から……あの人の許嫁として、恥ずかしくないように大嫌いな経営の勉強も、習い事もずっと頑張ってきたのに……優しいあの人のために、わたしは一生懸命……それなのに……」


 ボゥと涙が蒸発するほどの火柱が吉田さんの周りで上がる。


「あの人が選んだのは、私じゃなくあの女だった!! そう、私が親友だと思ってた女よ!! 私が好きだってこと知ってたくせに!!」


「……!?」


 三人の間にそんなことがあったなんて知らなかった。

 吉田さんは言葉を続ける。


「結局私に残ったのは親から引き継いだ会社だけ、こんなのが欲して頑張ったわけじゃなかったのに!! 欲しかったのはあの人の愛だけなのに……でも、そんなこと言っても仕方がなかった。だから、あの人で空いた心の穴を必死に埋めようとしたわよ!! イケメンな夫!! 高いアクセサリーにブランドバック!! 何でも試した、でもあの人の代わりなんてなかったのよ!!」


「……」


「そんな日々を送ってる時にあの人から電話が来たのよ。友達の君にうちの娘を預けたいってね? 最初は晴夫さんの娘だからと渋々了承したわ。でも、あんたの顔を見て気が変わったわ!! あの泥棒猫の女と同じ顔をしていたんですもの!! だから、復讐しようと思った。今度はあなた達が大切な者を失う番だってね?」


「そんなの……私……関係な――」


 ギロリと睨まれ、私は言葉が出ない。

 いや、何と声を掛けていいのかと言わざるを得ない。


「あんたもいつかそうなる!! 人のものを奪う毒婦に――」


「くっだらないですわね」


 宇佐美さんがウンザリした顔でそう吐き捨てる。


「いま……なんと?」


「くだらないって言ったんですわよ。好きだったのに、愛してもらえない? こんなに尽くしたのに? 馬鹿なんじゃないですの?」


 宇佐美さんは二丁のサブマシンガンを吉田さんに向ける。


「愛は無償であるべきもので対価を要求した時点で、それは愛とは言いませんわ。まぁ、人の恋心に気付かないバカな男も、自分も好きになったのに親友に言わなかった卑怯な女もどうかとは思いますけど、それでも……もしそれでも自分はその男を本気で愛していたと言うなら――愛した男の幸せを願いなさいよ!!」


「ウルサァァァイ!!!」


 吉田さんの弾幕がより一層強くなった。

 虎尾さんも、所々被弾が目立ち始める。


「先輩、チェンジですわ!」


「待ってました!」


 再び場所を入れ替え、宇佐美さんが前に出る。

 虎尾さんは転がるようにこちらに戻って来たので、急いで回復魔術をかける。


「あはは……流石にきついね」


「……」


 私はどう答えればいいのだろうか。

 こちらが悪いと謝罪をすればいいのか。

 それとも間違っていると糾弾すればいいのか。

 ――答えが分からない。


 もし、私も吉田さんと同じ立場だったら許せるのか?


 もし、彼の隣に立っているのが私じゃなかったら? 

 私はその時に平常心でいられるのだろうか?


 もし、逆に隣に立てたとして他の人を押しのけて幸せになった私自身を許せるのだろうか?


 もし、もし、もし……頭の中でグルグルと考えが回る。


 正解は……正解は……こた、え、は……。


「えいっ」


「いたっ!?」


 自分の額に痛みが走る。

 見ると、虎尾さんが私の額にデコピンしたようだ。


「な、何を……」


「真面目ちゃんだね~君は、あの人に言われたこと気にしてたってしょうがないよ? だって、答えのない問いなんだもん、あれは」


「答えの、ない?」


 虎尾さんがニーと笑う。


「そりゃそうでしょ。恋や愛に何が正しくて、何が間違ってるかなんてあるわけないじゃん? 人類が始まってからずっと考えられてきていまだに正解なんてないんだからさ?」


「……」


「でも、自分なりの答えは見つけられる。菜月ちゃんは自分が傷つこうと無償で施し続けるべきと定義した。多分それも正解で、不正解な答えなんだ……なら、君はどんな答えを出す?」


「私は……」


 思い浮かぶのは彼の横顔。

 助けて欲しい時に手を差し伸べてくれる彼。

 お人好しで、誰からでも好かれる彼。


 そうだ、私はそんな優しい生き方をする彼を、心から尊敬してるんだ。


 彼に生かしてもらったから、今度は私が支えられるように強くなるとそう誓った。


 例え、選ばれなかったとしても私は……。


 私は杖を持って前へと踏み出す。


「迷いは晴れたかい?」


「……はい」


「じゃあ君はもう大丈夫。きっと迷いが晴れた今なら、その子は絶対に呼び掛けに答えてくれるよ」


「……!? 何で知って……いや、今は」


 迷いを振り切り、走る。


「宇佐美さん! チェンジです!」


「……!? わ、分かりましたわ!!」


 宇佐美さんは少し動揺したが、すぐに切り替えてバックステップで下がる。


「ドロボウネコガァァァ!!!」


 吉田さんは先程とは比にならない弾幕を展開した。


「お父さん達とのことは残念だとは思います。でも、それは貴方が私を殺そうとしたこととは関係のない話です。愛は人を傷つけていい免罪符ではないんですから。私は貴方を許せないし、怒ってもいます。だから、ここで貴方を止めます。それが私の出した答えです!!」


 私は宇佐美さんの横を抜けて杖を前へとかざす。


「もう弱いままじゃ、守られるだけじゃ嫌なの……だから今度こそ私は、誰かを守れる存在になりたい。彼が私にそうしてくれたように!! だから、私に力を貸して青龍!!」


 杖の先に巨大な魔方陣が展開する。

 そこから青き龍の頭が顔を出す。


 龍は口を大きく広げ、魔力が収束し始める。


「龍の息吹」


 瞬間、口から青い閃光が放たれる。

 炎の弾幕は閃光により蒸発し、吉田さんの体ごと飲み込んだ。


「ギャァァァ!!?」


 吉田さんの体を閃光が焼いた。


「マ、マダァァァ……」


 だが、強靭な肉体はみるみるうちに回復していく。

 もう一度、杖を構えなおそうとするが……。


 ダンと何かが射出された音が響く。

 瞬間、吉田さんの腕についていた腕輪がパキンと割れる。

 どうやら、後方から宇佐美さんが水弾を放ったようだ。


「これでチェックメイト、ですわ」


 吉田さんの体は元の姿へと戻り、バタリと倒れる。

 倒れたと同時に、とある影が遠くから走ってきた。


「お~い! 大丈夫か!」


 その影を見て、各々の反応を見せる。


 宇佐美さんは遅いと舌打ちし、虎尾さんはニハハと笑う。

 私はいつも通りの彼を見て、安心して頬が緩むのだった。

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