第2話 レッドドラゴンのステーキ丼
「私の貸した機材壊した事の弁明、あるかな?」
「はい……申し訳ありませんでした瑠璃様」
俺、葉賀橙矢は現在。
自宅の一室にて、妹に土下座をさせられている。
いや、でも俺が悪いんだ……
壊してしまった機材は、妹がバイトして買った大事な物。
それを事もあろうに壊してしまったのだ。
だからこれは当然の結末だ。
額に冷汗をかきながら土下座を続けた。
「しかも、あの配信何なの? 音割れひどかったし、挨拶も雑だし、料理中ずっとしゃべらない――配信なめてる?」
「配信の件は……ほんと、申し訳ない。音割れに関しては、試しにレッドドラゴン戦った所を撮ったら、咆哮でダメにされてしまいまして……でも料理はうまく出来たと……」
「言いたいことは色々あるけど……それよりも!」
顔だけグイっと持ち上げられる。
「レッドドラゴンの肉まだ余ってる? 私も食べたい! あの配信見てからずっと食べたかったの!」
キラキラとした目でこちらを見つめる妹。
どうやら機材を壊された怒りより、肉を食べたい欲求の方が上回ったらしい。
「まだあるけど……作ったら今回の件、許してもらえるか?」
「許す許す♪ だから、は・や・く♪」
ウキウキな妹に背を押されるまま、台所に立つ。
昨日の冷蔵庫に入れておいたレッドドラゴンの肉を取り出す。
ちょうど二人分くらいあるな。
「ご飯は炊飯器にあったし、調理は昨日と同じステーキ……だと新鮮味ないしなぁ――そうだ!」
冷蔵庫から玉ねぎと小ネギ、焼肉のたれを取り出す。
始めに玉ねぎを半分ほどすりおろし、トレーに入れる。
次に分厚く切った肉を塩胡椒、黒瓶のスパイスを揉みこむ。
「そう言えば、配信でも気になってたけど、そのスパイスなんなの?」
「うん? あぁこれか……防御力低下ポーションの水分を飛ばしたものだよ。これをかけると、どんな硬い肉でも柔らかくなるんだ」
「牛とか豚も?」
「いや、モンスター限定だ。試してみたことあるけど、全く効果なかったよ」
「へぇ……そうなんだ」
トレー内のすりおろした玉ねぎに、両面が浸るように肉を入れ。
冷蔵庫で寝かしておく。
「じゃあ、次はソースだな」
もう半分の玉ねぎをみじん切りにし、油をしいたフライパンで炒める。
飴色になったら、火を止める。
炒めた玉ねぎと焼肉のたれと混ぜ合わせて、別皿に移す。
「さてさて、柔らかくなってるかな?」
冷蔵庫からトレーを取り出し、中の肉を取り出す。
手で触って感触を確かめる。
「よし、ちゃんと柔らかくなってるな」
昨日と同じように、肉に焼き目をつけ、アルミホイルに包んでおく。
肉を休ませてる間に丼にご飯を盛り、ネギを小口切りにする。
アルミホイルから肉を取り出し食べやすい大きさに切り、丼に盛る。
「最後に上からソースとネギを散らして……完成!」
妹が座っている机に丼を持っていく。
「お待たせ、レッドドラゴンのステーキ丼だ!」
「美味しそう♪ いただきます♪」
モンスター料理だというのに迷いなく丼をかきこむ。
「美味しぃ~、ほっぺた落ちそう♪」
「お好みで、マヨネーズかけると美味しいぞ」
「取って来て、お兄ちゃん♪」
「はいはい」
冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、瑠璃に渡す。
マヨネーズをかけてかきこむと、瑠璃は嬉しそうに頬を緩ませていた。
「さて、俺も食べるか」
ステーキ丼を一口食べる。
「やっぱうまい! 玉ねぎで肉が柔らかく、甘さもなお際立ち。それでいて焼肉のたれがご飯にしみて、食欲をそそる! さらにマヨネーズをかけると濃厚さが加わり、無限に食えてしまう。これは食の永久機関だ!!」
「……お兄ちゃん、食レポの時だけめっちゃしゃべるよね。でも人に喋りたくなる気持ちは分かる。これめっちゃおいしいもん♪」
俺と瑠璃はあっという間にステーキ丼を平らげる。
「美味しかったね♪ またとってきてよお兄ちゃん♪」
「……すまん無理だ」
「なんで? 倒すのが難しいとか?」
首を横に振る。
「いや、倒すのは簡単なんだ……」
「じゃあどうして?」
俺は自分の頭に手を当てる。
「問題は肉以外の素材がなぁ……俺の今の探索者ライセンスだと、売った値段より買取手数料の方が高くなっちまうだよ……A級だと買取手数料タダなのに……」
「お兄ちゃん会社クビになったからA級からB級に下がったんだっけ?」
「ふぐっ!?」
俺は膝から崩れ落ちた。
妹に認めたくない現実を容赦なく突きつけられる。
俺はモンスターの素材を狩り、売買する企業に二年ほど務めていたのだが。
三か月前に社長が変わってから、方針が学歴第一主義になり。
大卒以外の冒険者は全員クビを言い渡された。
もちろん俺も抗議したが、
「A級、しかも中卒のお前を雇うメリットなんて、全くない! 前社長は甘かっただろうが、僕は無能を置いとくほど甘くないからな!!」
そう言って、社長には聞き入れてもらえず。
俺はそのまま退職することになった。
退職してしまったものは仕方ないと割り切って。
俺は新たな転職先を探そうと、様々な企業を受けたのだが……全戦全敗、バイトの面接すら落ちる始末だ。
俺はダンジョンしか潜ってこなかった。
バイトなどのやったことがなく。
社会経験がほぼないといっていい。
社会的に無力だった。
職が見つからないと嘆いていたところに、妹から勧められたのが配信だった。
視聴数が多ければ、広告収入? 投げ銭? とか言うので生活できる人もいるらしい。
俺は藁にも縋る思いで配信を始める決意をする。
どんな配信をしようかと考えた際に、真っ先に思いついたのが料理配信だ。
料理には昔から自信があったし、モンスターを倒してその場で捌くなどパフォーマンスとして見栄えがいい。
これしかないと今回の配信をしたわけなのだが……
それがまさか、こんな事になるなんて思いもしなかったよ。
スマホで開いたチャンネルを見ると登録者数五十万人と異様な数字が映し出される。
レッドドラゴンでまさかこんなにバズルなんて……、
「あれ? だと今回のレッドドラゴンの素材はどうしたの? まさか放置?」
「いや、先にレッドドラゴンと戦ってた探索者に食べる分の肉以外全部あげたよ。全員ボロボロで、これ以上は危険だと思ったから、代わりに倒させてもらったよ」
「うわぁ……頑張ってダメージ与えてた人たち、可哀想……」
俺はジト目でこちらを見る妹から目を背ける。
仕方なかったんだ……
肉しか取ってないから許して……
はぁ……と妹にため息をつかれる。
「まぁ、いいや。それよりどうするの? 配信、続けるの?」
「――続けるよ。一過性の人気かもしれないけど、稼げるうちに稼いでおきたい」
「……お兄ちゃん」
心配そうに見つめる妹の頭を優しくなでる。
そう、俺は金を稼がなければいけない、妹の進学費用を稼ぐためにも……
二年前の冬、俺たち兄妹は両親を事故で亡くし、家族は二人になった。
しかも引き取ってくれる親族もいなかった俺たちは、自分たちで生活費を稼ぐしかない。
幸い、両親の遺産として、自宅や貯金などもあったし、しばらくは生活出来る。
だが、それも長くは持たないだろう。
俺は瑠璃にお金のことで夢や進学をあきらめてほしくない。
だから俺は、決まっていた高校の進学を辞退。
中卒で企業に就職した。
全ては妹に不自由させないために……
妹は何かを決心したかのようにこちらを見る。
「分かった。なら私も協力する」
「協力って……何を?」
「ちょっと待ってて」
妹は自分の部屋に戻り、すぐに帰ってきた。
外行きようの服を着て、手には鞄を持って、俺の腕を引っ張る。
「ダンジョンでも使えて壊れにくいカメラ買いに行くよ。私も使うからお金は折半ね」
「いやいや、自分の撮影機材くらい自分で払うよ!? 妹にお金出させるのは兄として情けなさすぎるから!」
「言ったでしょ? 協力するってさ? ――それにお金出すだけじゃないからね?」
妹はバックからカードを取り出す。
そこには、【D級探索者 葉賀 瑠璃】と書かれていた。
「おい、まさか……」
妹は舌をペロッとだし、かわいくウインクした。
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