第32話 レッドドラゴンのガーリックライス風炊き込みご飯

 司会が進行を進めようとした時、タヌポンが待ったをかけた。


「ど、どうされたんですか? まだ何か――」


「俺の料理、まだ全部食べていないのに、審査に入るのは少し待ってくれ」


:うん?

:何言ってんのタヌポン

:流れ変わったな

:タヌポンお残しは許さない系?

:まじでどういう事?


 宇佐美さんが肩をすくめる。


「ここまできて悪あがきは見苦しいですわよ?」


 タヌポンが何かが入った鍋と皿を持ってくる。

 司会進行の人が中身を覗き込む。


「これは……白いソースと韓国のりですか?」


「正確には白いのはチーズソース。豆乳、チーズ、白ワイン、薄力粉を鍋で煮たものだな。それを……」


 タヌポンが審査員の残った炊き込みご飯の上から、とろりとしたチーズソースをかけた。


:チーズリゾット!

:余ったご飯のリメイクに便利だよな

:チーズが超うまそう。

:正確にはリゾット風だな

:だけどまだ、これじゃ……


「おいおい、誰が二段階で終わらすって言ったよ? 次は韓国のりの出番だ!」


 その上からほぐした韓国のりをパラパラと振りかける。


:これ、まさか……

:キンパか!

:教えて偉い人

:日本でいう海苔巻きみたいなもんだ

:ご飯の中に焼肉とか入れて、韓国のりで巻く料理

:巻いてはいないけど材料はほぼそれだ

:キンパ風、て……こと?


「そうコメントの通り、これは巻かないキンパ。最初はガーリックライスにして、次にチーズソースでリゾットに、最後はキンパ風に仕上げて緩急をつける。正攻法で勝てないのなら、俺は味変で勝負だ!」


 タヌポンが宇佐美さんに指を向ける。


:な、なにぃぃぃ!?

:最初からこれを狙っていたとでもいうのか!?

:迫真で草

:料理漫画特有の大どんでん返し、私は好きです

:隙あらば自分語りw

:でも、ある意味有効な手ではあるよな

:王道には邪道をぶつけんだよ!


「さぁ、スプーンで食べてみてくれ」


「そのためのスプーンだったわけだな」


 審査員がスプーンを手に取り、茶碗の中をすくう。

 チーズがびよ~んとのび、韓国のりのごま油がキラキラと光る。


:チーズは反則ものなのよ!

:やばい腹減ってきた

:しかものりもプラスだろ

:不味いわけがない!

:カロリーの暴力や


 審査員が一口食べると……


「……奥深い味になっている」


「肉とチーズが絡んで満足感がすごいです!」


「すっげぇ、うめぇな!!」


「韓国のりのごまの風味がいいわね」


 結果は今度こそ上々。

 司会が笑顔で手を挙げる。


「それでは改めまして! 美味しいと思った人の札をあげてください!」


 ドン! と言う効果音とともに審査員が札を上げる。


「これは……雷蔵様と陽子様が、タヌポン様。晴夫様と風音様が宇佐美様の札があがっております! よって今回の料理対決は引き分けとなります!」


:引きわけ!

:まぁ四人の時点で察してはいた

:これが良い終わり方やね

:大団円

:運動会の手をつないでゴールみたいだけどなw

:まぁでも白熱したからいいんじゃない?


 司会がマイクを持って、審査員に近寄る。


「ずばり、皆さんが選んだ要因とは何だったんでしょうか」


 一人ずつ司会がマイクを向けた。


「宇佐美殿の繊細な味がいたく気に入った。それだけだ」


「やはりインパクト……でしょうか? 宇佐美さんの料理も美味しいのですが、タヌポンさんの方が印象に残りました」


「ガッツリしててオレ好みだったからだな!」


「どちらも素晴らしかったのだけど、私には少しご飯物は重く感じたからかしら」


 それぞれ感想を述べる。


「なるほど! 審査員のみなさん、悩みに悩んだ結果だということですね! 大変ありがとうございました!」


 司会がカメラに目線を向ける。


「そして今回の配信はここまでとなっております! 皆様お疲れさまでした!」


:おっつー

:おつぽん

:お疲れ~


 プツリと音が鳴った後、配信終了しました。

 という画面に切り替わる。



 □□□



 配信が終わり、宇佐美さんと橙矢君は仮面を外した瞬間。


「てめぇクソ兎! あの煽りなんだ! 配信中じゃなかったらとっくに切れてたぞ!」


「あら? あれでキレてないつもりだったですわね♪ 鈍亀の大根演技はバレバレで草しか生えないですわ♪ それに料理だって最後タダのゴリ押しじゃないですの!」


「この野郎……! 少しは見直してたのに、変わらないよなお前! やっぱ、俺お前のこと嫌いだわ!」


「わたくしも大嫌いですわ!」


 二人が今にも取っ組み合いの喧嘩をしそうなほど、空気がピリピリと張り詰める。


「だ、誰か止めない――」


「あらあら、――二人とも?」


 シルフの店長さんの声のトーンが下がる。

 瞬間、二人の顔どころか、親方さんの顔色が優れない。

 先程の二人の喧嘩などとは、まるで比にならない程のプレッシャーを店長さんが放っている。


「ここは公の場所よ? さっきは意図が分かっていたから強くは止めなかったけど……これ以上は、ね?」


 店長さんの表情は笑顔なのに、目が一切笑っていない。

 ブンブンと橙矢君と宇佐美さんは強くうなずく。


「も、もちろんですよ! ちょっとじゃれあってただけですよ! なっ!!」


「そ、そうですわ! おふざけですの! お姉さまが気にすることはないですわ!」


「――本当に?」


「「本当です! ほんとすいません(ですわ)!!」」


 二人の必死の説得を見た店長さんは、プレッシャーをストンと引っ込め朗らかに笑う。


「なら、良かったわ」


 その様子を見て三人が胸をなでおろした。


 こ、怖かったです……

 店長さんを怒らせるのだけは、今後絶対にやめたほうがいいですね。

 怒らせることするつもりはないですが。


 話が一段落した所で、三人は橙矢君に別れを告げて、パーティー会場を後にした。


 最後、去り際に宇佐美さんが橙矢君に耳打ちしていたようでしたが、一体何の話をしていたのでしょうか?


 パーティーが終わり、私と橙矢君も帰路につく。

 夏の夜にしては風が思ったより涼しい、そんな帰り道。


 ふと、私は橙矢君の横顔を見た。

 以前は苦しそうな笑みを浮かべていた彼だが、今は全てから解放されたように晴れやかな明るい笑顔に変わっている。


 それが私にはとても嬉しかった。

 命を助けてもらった彼が、私がピンチになった時に颯爽と救ってくれた彼が、とても幸せそうで、本当に嬉しく思う。


 私の視線に気付いた橙矢君が振り返る。


「どうかしましたか?」


「いえ、何でもありません♪」


 私は笑って誤魔化す。

 それに橙矢君は首を傾げる。


「何でもないのならいいのですが……何かあったら遠慮なく言って下さいね。力になりますから」


 満点の笑顔で橙矢君がそう言った。

 私は笑みをこぼす。


「はい、その時は頼りにさせていただきます。橙矢君も私をもっと頼っていいんですからね? 橙矢君のためなら、私何でもしますから」


「まぁ……考えておきます。あと何でもとか、男に軽々と言わない方がいいですよ?」


 橙矢君は頬をポリポリと照れくさそうにかく。


 やっぱり彼は優しい。

 優しくてお人好しで、無邪気な表情や晴れやかな笑顔がとても眩しかった。

 そんな彼に私は――恋をしたんだと思う。


 命を助けられたというのも、もちろんあります。

 だけどそれ以上に、彼の人柄に、純粋さに、恋焦がれてしまったんです。


 橙矢君はモテルので、ライバルは多いですが……

 私の初恋、諦めたりなんてしませんよ?


 いつか振り向かせて見せますから覚悟してくださいね?


 少女はそっと、小さな決意を胸に帰路を歩く。

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