第26話 レッドドラゴン討伐配信(4)

 宇佐美の視線が俺を射貫く。


「こっちは忙しいんだ、お前にもう構って――」


 宇佐美は何も言わず、こちらに銃口を向けた。

 二つの銃口が俺を捉え、数多の水弾が襲い来る。


「問答無用ってか!」


 俺は水弾を体を捻って避け。

 躱せない物は殴り飛ばして弾く。


 水弾が辺りに飛び散り、地面に水溜まりを作る。

 流石におふざけが過ぎるぞ。


「おい、いい加減にしろ! さっきからなんなんだよ!」


「いい加減にしろ? それはこっちのセリフなんですわ!」


 宇佐美は銃口を下げ、こちらを睨む。

 こちらを睨み殺さんとするかのように。


「いつまで過去を引きずってるつもりですの! もう見飽きましたのよ。貴方の不幸自慢は!!」


「誰がいつそんなことしたよ!」


 宇佐美はビシッと俺を指さす。


「だったら仮面取って顔を見せてご覧なさい! どうせ辛気臭い顔してるに決まってますわ!」


「ふざけんな、誰が取ると――」


「……ごめんなさい葉賀さん」


「なっ!?」


 龍巳さんがタヌキの仮面を突然俺から奪い取る。

 俺の表情を見ると龍巳さんからは憐れみ、宇佐美から呆れの表情を向けられた。


「……やっぱり」


「笑みが引きつってますわよ鈍亀」


 ばっと顔を隠したが、手遅れなのは明白だ。

 手をゆっくり下げ、俺は隠すのをやめる。


 やっぱり誤魔化しは効かないか。

 ほんと、顔に出やすくて嫌になるな。


 俺は頭を掻いて、半眼で宇佐美を睨む。


「だから何だ? 俺がどんな表情だろうと、このタヌキの仮面さえしてれば関係な――」


「――それですのよ」


「は?」


 宇佐美は憎悪のこもった視線を再び俺に向ける。


「いつまで茜の陰に縋るつもりかって言ってんですわ!」


「……黙れよ」


「黙りませんわ! いつまでも過去ばかり見て、うじうじと! タヌキの仮面なのも、茜に縋ってる証拠ですわ! だから貴方はいつまで経っても鈍亀――」


「黙れって言ってんだ!!!」


 俺は我を忘れて宇佐美に突っ込む。


「甘いですの!」


 宇佐美が指を振ると下にあった水溜まりから水弾が飛来する。

 そうだ、こいつの水弾は水のある場所ならどこでも飛ばせるんだったな。

 普段の俺なら絶対にやらない初歩的なミスをした。 


 不意をついた攻撃で避けることもままならない。

 無数の水弾をこの身に受ける。


「がっ!?」


 水弾が多段ヒットし、体に痛みが走る。

 防御力を超えたその攻撃に俺は地面に倒れる事しかできなかった。


 俺は宇佐美に背中から乗っかられた状態で関節技を決められ、動けなくなる。


「ほら、簡単に倒せましたわ。――ステータス下がっているとはいえ、本当に弱くなりましたわね。そんな弱くてレッドドラゴンに勝てるとでも思っていましたの?」


「くそ、が……」


 暴れるが完璧に技が決まっていて、解くことが出来ない。


「無駄ですわよ。技量はわたくしの方が上、それに――最初から貴方は心が負けていましたもの、当然の結果ですわ」


 俺は手を強く握りしめる。


 心が負けてた、か。

 そうかもしれない。

 だけど……


「……過去ばっか見て、何が悪いんだよ」


 宇佐美は冷めた目でこちらを見る。

 それでも俺は話し続けた。


「茜の事を忘れろってか? あの時の後悔も挫折も全部か? 茜の事を忘れて、俺だけ幸せになれって言うのかよ! ふざけ――」


 俺がそう言った瞬間、後頭部を殴られた。

 技が外れ、胸倉を宇佐美に掴まれる。


「茜の事忘れるなんて許しませんわよ。わたくしは、茜を守れなかった貴方を今も許していませんわ!」


 瞳には相変わらず憎悪がこもっていた。


 忘れることも出来ない。

 過去ばかり見ることも許さない。


「なら……どうしろってんだよ……」


「決まってますわ」


 宇佐美はこちらを嘲笑しているが、その瞳には確信を持った強い決意を感じる。


「未来に向かって進み続ける事ですわ。後悔も挫折も不幸も、全部抱えて、どんなにみじめでも前へ進みなさい! それが生きると言う事ですわ!」


「……」


「わたくしは茜との約束を叶えるために、貴方への恨みも、自分の無力さも、全部飲みこんで進むと、あの時決めたんですの」


 宇佐美は立ち上がり、俺をバカにしたように見下ろす。


「――ところで鈍亀はいつまでそんな所で留まってるつもりでいますの?」


 宇佐美が憎悪の視線を引っ込め。

 こちらに憎たらしい笑みを向ける。


 全部抱えて前へ進む……か。


 俺への憎悪も全て、前へ進ませる原動力にする。

 三人で誓った約束を守るために。

 成程、お前はもうそこまで先に行ったんだな。


 俺は苦笑する。


 確かにいい加減に進まないと、天国の茜にいつまで待たせるつもりだって、怒られちまうよな。


 約束は俺が先に叶える。

 宇佐美なんかに先越されたままでいられるかよ。


 体を起き上がらせ、頬を思い切り叩く。

 ヒリヒリと痛む頬を抑え、宇佐美の横を通り過ぎる。


「礼は言わないぞ」


「むしろ言ったらぶっ飛ばしますわよ」


 そう言って、俺は龍巳さんに近づく。

 茜に似ているだけど、龍巳さんは全く別の人。

 それに、茜はここまでおしとやかじゃないしな。


 俺は笑って、今度こそ龍巳さんと話す。


「心配かけました。――それと今まですみません。俺はずっと龍巳さんを死んだ茜と重ねて見ていました。とても失礼なことをしたと思っています」


 俺は潔く頭を下げる。

 けじめはつけなければならない。

 前へ進むために。


 龍巳さんは首を横に振った。


「いいんです。私は気にしてませんから。――でも、そうですね。もし、自分を許せないというのなら」


 龍巳さんは朗らかに笑う。


「陽子と、呼んでいただけませんか。もう二度と間違えないように、私も下の名前で呼びますから」


「……結構怒ってますよね?」


「いえ、そんなことはないですよ」


 龍巳さんに笑って誤魔化される。


 まぁ、これが罰になるというのなら甘んじて受けよう。

 俺は龍巳さんを正面から見る。


「よ、陽子……さん」


「は、はい橙矢……君」


 お互いに気恥しさで赤くなる。

 名前で呼ぶのってこんな恥ずかしいものだっけ?


 瑠璃と藍ちゃんの時はこんなんじゃなかったのに。

 何この状況、めっちゃハズイ!


「いつまでそこでラブコメやってるつもりですの!」


 そう言って宇佐美は俺に物を投げつけてくる。

 ゴツッと背中に当たって、物が地面に転がった。


「いってぇな! 何す……うん?」


 俺は当たった物を拾い上げると液体が入った瓶のようだ。

 もしかして、これ本物のステータスアップポーションじゃないか。


 俺は宇佐見を見ると、そっぽを向かれる。


「わたくしのポーションで死なれたら茜に怒られますわ。これで死んでも、わたくしのせいじゃありませんからね!」


 宇佐見は偉そうにこちらを指さす。

 ――本当嫌な奴だよ。

 でも……


 俺はポーションを一気に飲み干す。


「礼は言わないっていったけど訂正するよ。本当に助かった、ありがとう」


「い、言わなくていいって言いましたの! さっさと行ってしまえですわ!!」


 宇佐見はそう言って、俺達に背を向ける。


 感謝くらい素直に受け取ってくれよ。

 全く……


 俺はボスフロアの扉を通る。

 陽子さんもそれに続いて入った。



 □□□



 わたくしは一人、ボスフロア前に取り残される。


「全く、手間のかかる後輩ですわね。――さて」


 前を見るとゾロゾロと探索者たちが起き上がってくる。

 目的は、後ろのボスフロアへの侵入と妨害ですわね。

 何でわたくしが鈍亀のサポート何てしなければいけませんのよ!


 わたくしは両手のサブマシンガンを構えた。


「うおぉぉぉ!!!」


 そう言って探索者の一人が襲い掛かってくる。

 私は迎撃しようと銃口を向けますが……


「おいおい、積極的なアプローチじゃねぇか!」


 道の脇から鉄の塊と見違えるほどの、巨大な剣が探索者に振るわれる。


「ぐわっ!?」


 剣の腹部分が探索者に当たり、後ろに吹っ飛んでいく。

 わたくしは銃口を下ろし、横を見る。


「あら、来ていましたのね。おじ様」


「ちょっと来るのに手間取っちまったがな」


 巨剣を片手で持ちながらおじ様は、こちらに歩いてくる。探索者の一人がプルプルと手を振るわせながら、おじ様を指さした。


「あの巨大な剣に強面の顔……まさか、雷神か!?」


「あ゛?」


「ひっ!?」


 おじ様が探索者の方を見ると怯えたように後ろに一歩下がる。


「あらあら、私が最後かしら?」


 そう言うと頭上から風を纏わせて浮遊したお姉さまが登場する。


「お姉さま♪ お待ちしてましたわ♪」


「嬢ちゃん……オレの時と態度違わねぇか?」


「気のせいですわ♪」


 三人が集まり、スダモの探索者と相対する。

 探索者の一人がぼそりと呟く。


「雷神の隣にいる女性は風神!? じゃあまさか真ん中にいるゴスロリの女の子って!?」


「兎姫!? おい、何でこんな所に来てるんだよ! たかが昔のパーティメンバーのためなんかに!!」


 ざわざわとスダモの探索者がざわつく。

 どうやら突然二つ名持ちが三人も現れて動揺しているようですわね。


 それに話を聞く限り、わたくしの銃撃は見られていませんわね。

 つまり、後から来た後続部隊。

 もしかしたら他にも追加でスダモ社員が来るかもしれませんわ。


 ――面倒ですわね。


 わたくしはため息をつく。


「鈍亀にも困ったものですわね。いっつも面倒ごとばかり起こしますの」


「あらあら、あまりそういう事言うものじゃないわよ? それに何だかんだ言いながら協力してあげるじゃない」


 フフとお姉様が朗らかに笑う。


「素直じゃねえな、嬢ちゃん。そんなことしてっと坊主を横から取られちまうぞ?」


 おじ様もニカッと笑った。


「なっ!? 鈍亀とはそんな関係じゃありませんの! 考えただけで寒気がしますわ!!」


 二人が何故かこちらを生暖かい目で見る。

 変な勘違いしないで欲しいですわ!


 おじ様は巨剣を地面に突き刺すと辺り一帯が電気を帯びる。


「さて、坊主の門出だ。派手に行こうじゃねぇか! 死にてぇ奴からかかってきな!」


 お姉さまの周囲に風が収束する。


「あらあら、物騒ね。殺しはしないけど、ここから先に進みたいのなら――」


 わたくしは二丁のサブマシンガンを集団に向ける。


「わたくしたちを倒してから行くといいですわ!」


 スダモ社員が意を決してこちらに突っ込んで来た。

 玉砕覚悟ということでしょう。


 わたくし達はそれを迎え撃つ。


 鈍亀、わたくし達がここまでしたのですから。

 負けたら承知しませんわよ?

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