第91話 フード達の正体
ベルフェゴールはパチパチと拍手する。
「いや~実に見事な手際だ。我がここまで追い込まれるとはな」
「御託はいい……さっさと――」
「まぁ、待て――我から伝えたいことがある」
「……なんだ」
俺がそう問うと、ベルフェゴールは不敵な笑みをして、息を大きく吸い込んだ。
「もうそろそろ我も限界ですッ!! ヘ~ルプッ! ヘルプミ~!!」
情けない言葉を吐いた。
この期に及んで命乞いとはと一同が呆れかえる中、ゾワリと背中に魔王独特の気配を感じる。
バッと背後を振り向くと、ビーストダンジョンで見たローブの人物が立っていた。
俺は拳を構える。
「どうした? 仲間を取り返しに来たか? ――だが生憎今回はお引き取り願おうか。こいつに俺らは用があるんだ、邪魔しないでくれるか?」
俺がキッと睨むつけるようにそう言うと、ローブの人物は自分の右頬に手を置く。
「まぁ、うちとしてはその変態は早急に殺してもらってかまへんのやけど」
「ひどいよ二代目ちゃん!? 我と二代目ちゃんの仲じゃないか!?」
「嫁が72もおるのに、他の女にまで手出そうとする奴とは仲ようしたくあらへんわ」
「そんなぁ~たった72人じゃ~ないか!!」
仮面越しのくぐもった声で、ばっさりとベルフェゴールを見捨てる。
ベルフェゴールも頼った相手に裏切られてさっきまでの強者の威厳がどこへ行ったのか分からない状態だ。
……それにしてもこの声に俺は聞き覚えがある。
いや、聞き覚えがあるなんてものじゃない。
俺と宇佐美はこの声の主を――よく知っている。
ローブの人物は狸の仮面をとった。
瞬間、俺の心臓が跳ねる。
そんなわけがない……そんなわけがないんだ。
お前はあの時……確かに死んだはずなんだよ。
仮面が外れたその顔は……自信に満ち溢れた瞳は……。
俺が守れなかった……茜の顔だった。
「やぁ、久しぶりやな橙矢、菜月ちゃん」
茜は何ごともなかったかのように笑顔で俺達の前に立っていたのだ。
□□□
場所は変わり、ドラゴンダンジョン最上階。
そこには孤独な玉座が鎮座していた。
部屋に一人、頬杖をつき退屈そうに座る者がいる。
炎のような赤い髪をボサボサにし、爬虫類のような黄色く輝く瞳、肌には鱗がびっしりと体に張り付き、まるで鎧のように覆う少女の姿。
「はぁ……余、超暇」
深いため息をつくドラゴン少女。
暴食の魔王ベルゼブブは暇を持て余していた。
「最近あの雄猿のおかげで、ダンジョンのモンスターを食べる奴らも増え、余の食いぶちが増えたのは行幸なのじゃが――あの雄猿がいんとダンジョンも平和そのものじゃ……刺激が足りんのぉ」
ベルゼブブは本当に退屈そうだ。
体を揺らし、玉座で何をするでもなく、ただボゥと虚空を眺める。
いつも、やる事がない時はこのように時間を潰していたベルゼブブなのだが――この日は違った。
何もない虚空から、二人の人影が現れる。
一人はベルゼブブと同じ魔王のアスモデウス。
そして、フードの人物が隣に立つ。
「ほぅ、面白い二人組が来たものじゃな?」
「……来たくて、来てないしぃ」
「……」
ベルゼブブは久し振りの旧知の再会にクククと笑い、アスモデウスはアッカンベ~と舌を出す。
「して、隣の人間は余も知っとる顔じゃのう? どれ、良く顔を見せ――」
視線をフードの人物に向けるベルゼブブだが、フードの人物を直視した瞬間、眉をひそめる。
「――いやお主、本当に銃をむやみやたらに連発しとった小娘か? 数日ダンジョンで見ぬうちにどうしたらそこまで規格外の魔力になるのじゃ?」
フフッと笑って、フードをとった。
染めた金髪のサイドテールがフードから解放され、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる少女。
そう橙矢の妹、瑠璃の姿がそこにはあった。
「何のことはないよ。15年を気が遠くなる程何度も繰り返したらこれくらいの魔力量は普通につくよ~♪」
「……何の話をしてるんじゃ」
「やっぱベルゼちゃんにも同じ反応されるか~まぁ、そんなの百回繰り返した時点で慣れたけどね♪」
怪訝な表情をベルゼブブに向けられるが、瑠璃は全く気にしてない様子で鼻歌を歌う。
普段の楽観的な態度とはまた違った。
魔王の前で強者のような傲慢不敵な態度。
瞳は何かを達観したように落ち着いていた。
瑠璃はルンルンと寂しい部屋をスキップする。
「まぁ、細かいことは抜きにして時間がないから単刀直入に聞くね♪ ――共生派に入ってお兄ちゃんに協力して」
先程まで笑顔だったというのに、瑠璃の体から圧倒的な魔力が漏れ出し、有無を言わさないという態度だった。
その圧倒的な魔力量にベルゼブブは頬をひくつかせ、何とか笑顔を作る。
「余にメリットがないが?」
「メリットならあるよ♪」
魔力を引っ込ませ、ニコリと瑠璃は笑う。
瑠璃はフフッと腕組みして指を立てる。
「私が頼んでお兄ちゃんの料理を食べさせてあげるよ♪ お兄ちゃんの料理は美味しいんだよ」
「「……はぁ?」」
ベルゼブブとアスモデウスは同時に声を上げる。
そして、ハッとベルゼブブが鼻で笑う。
「何故余が雄猿――」
「橙矢、雄猿じゃなくて橙矢だよ? 次は間違えないでね?」
瑠璃の瞳が射殺すようにベルゼブブをさす。
ベルゼブブは圧に負け、嫌そうに唇を尖らせる。
「橙矢の料理が余が協力する理由になるとでも? いくら暴食の魔王とは言え、モンスターの肉なんぞ食わんぞ。余の主食は――」
「人が食欲を満たした時に出る魔力、が大好物なんだよね♪ 特にモンスター料理食べた人間から出た魔力が最近のお気に入り。他の魔王もそれぞれの感情が溢れた時に出る魔力が好物だしね♪」
「……!?」
ベルゼブブは目を見開く。
魔族の生態ばかりか、自分の最近の食の好みまで把握されていることに驚愕する。
「――お主何者なのじゃ」
そうベルゼブブが問うと、太陽のように瑠璃は明るく笑った。
「私は瑠璃だよ。お兄ちゃんの可愛い可愛い妹――でも、そうだね。せっかくだし、あなたが前に付けてくれた、このカッコイイ二つ名で名乗ろっか♪」
瑠璃は両手を広げてポーズをとり、ニヤリと笑う。
「【時噛みの瑠璃】それが私だよ」
「時噛み……なるほど、的を射た表現じゃな。確かにお主は余より年を食ったような不遜な態度といい、何より噛みという表現が余好みだ――気に入ったぞ時噛みの瑠璃」
「だってあなたが付けたんだし気に入るに決まってんじゃん……まぁいいか」
瑠璃は指をクルクルと回す。
「お兄ちゃんの料理には本人も意図してない魔力が含まれてるから魔王たちも食べられるはずだよ。サタン君もルシファー君も食べられてるのが何よりの証拠じゃないかな?」
「じゃ、じゃが……」
「それにさ? お兄ちゃんの魔力がふんだんに使われた料理が、どんな味がするのか――ベルゼちゃんは気にならないの?」
ベルゼブブが想像してゴクリと唾を飲む。
レッドドラゴンを一人で倒すほどの実力者の魔力。
しかも自分好みの欲がふんだんに入っている魔力だ。
ダラダラと口から涎が滴り、床に水溜りが出来る。
瑠璃はニコリと笑う。
「で? どうする?」
答えは聞くまでもなさそうではあるが、瑠璃は聞き返しニヤリと笑う。
「待っててお兄ちゃん。この世界線で今度こそ助けて見せるから」
瑠璃は嬉しそうに手を叩く。
こうして、異世界と現実が交わる物語は最終局面へと着実に進み始めた。
異世界で何があって、ここに転移する事態になったのか。
オズのリーダーの目的。
死んだはずの茜の生存。
まるで別人のような魔力量に、時噛みと名乗った瑠璃。
そして、瑠璃の言っていた神様もどきとは?
様々な思惑が交差する中、橙矢はどう動くのか。
その様子を映像越しに確認する二人の少女の姿があった。
「さぁ、今度の世界線ではあいつを倒してくれることを期待しているわ」
「雪白も今は非力なこの身では願う事しか出来ないけど、祈ってるわ――頑張って瑠璃、そして橙矢」
色とりどりのなバラが咲き誇る庭園で紅い髪の少女と白銀の少女は祈るように、世界の様子を見守っていた。
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