第93話 時噛みの瑠璃(2)

 季節は巡り、桜舞い散る春。

 お兄ちゃんは無事試験に合格し高校生になった。


 下ろしたての真新しいブレザー制服を着るお兄ちゃん。

 私はお父さんから借りたカメラでパシャパシャと撮る。


「カッコイイよお兄ちゃん♪ あぁ、ヤバッ超興奮してきた♪」


 だって、お兄ちゃんの高校の制服なんて激レアスチル撮らねば損じゃん♪

 元の歴史だと、中卒で今頃社畜してたし、こんな元気な姿見れなかったんだもん♪

 脳内と写真にしっかりと保存して置かなければ♪


 私がハッスルしてるとお兄ちゃんはその様子を見てドン引きする。


「母さん、瑠璃が俺のことをベタ褒めして来て怖いんだが……悪夢か?」


「あらあら、可愛い妹がブラコンに育ってくれたのなら、お兄ちゃん冥利に尽きるじゃない♪」


「昔は父さんと結婚してくれるって言ってたのに……許さんぞ橙矢!!」


「娘を取られたからって年甲斐もなく嫉妬してんじゃねぇよ――って技掛けようとしてじゃねぇ!? 制服にシワつくだろうがバカ親父!!」


 父さんがいつものようにプロレス技をかけようとしたが、お兄ちゃんが一本背負いし投げ飛ばした。


「ぐはっ!? まさかここまでやるとは……成長したな……息子よ……」


「――ったく、いつも同じ技かけんなっての、俺も探索者になったんだ。いつまでやられっぱなしじゃねぇからな?」


 お兄ちゃんはパッパッと制服の埃を払い、通学鞄を肩にかける。


「じゃあ瑠璃、そろそろ入学式行って来る」


「うん、行ってらっしゃい♪」


 三人を見送り、私も一人で中学に向かった。


 お兄ちゃんがいない通学路には慣れていたつもりだったけど、その日の通学は少しだけ寂しくもある。

 でも、絶対に見れないと思っていたお兄ちゃんの制服を見れただけで良しとしよう。


 いつものように授業を終え、放課後に急いで家に帰って入学祝いの準備をする。


「ふふふのふ~♪ お兄ちゃん喜んでくれるかな♪」


 飾り付け良し♪

 プレゼント良し♪

 完璧~♪


 上機嫌に準備を進めているとガチャっと玄関の扉が開く音が聞こえる。


「あっ、帰って来た♪」


 トタトタと歩いて、ひょこっと扉から身を乗り出す。


「お兄ちゃんお帰――」


 ――刹那、ヒュッという風切り音が鳴る。

 目で追おうと視線を動かすと……。


「………………え?」


 私の胸にポッカリと穴が開いているのを視認した。

 自覚した瞬間、遅れて胸に強烈な痛みが走る。


「あぁ……アァァァ!!!」


 ボダボダととめどなく溢れる血、血、血。

 私は痛みで立っていられなくなり、力なく体が倒れた。

 胸が燃えるように熱い……それに合わせて体の体温が冷えていく感覚――今までに感じたことのない死の感覚が迫っていると思った。


 人間は血を失ってもしばらくは生きられるが、それも少ない時間でしかない。

 私は痛みで意識が朦朧とする中、玄関を見る。


 そこには私の血が付着した手をパッと振り払う。

 ――お兄ちゃんの姿だった。


「うむ、そう言えばこの男は妹がいたんだったな? つい、心臓が欲しくなって、うっかりと殺してしまった。――まぁ、この男のフリをするのも面倒だったし、よしとするか」


 お兄ちゃん……じゃない。

 ――こいつはお兄ちゃんに似た別の何かだ。


「ゴボッ!!」


 誰だと口に出そうとしたが、口から出たのは血だけだ。

 薄れゆく意識の中、何かがニヤリと笑う。


「それにしてもこの体はよく馴染む。こんな良質な死体が転がっていて助かった」


 今……死体と言った?


「これならば奴から奪った権能を使うのも容易だろう。いい拾い物をしたな」


 何で? だって事故のニュースも流れていなかったのに、ただ入学式に行っただけなのに――学校でお兄ちゃんたちに何があったの?


「――の魔王……様の――支配……だ! アハハ!!」


 もう耳もほとんど聞こえなくなり、何を言っているのか分からない。

 何かの不快な笑い声を最後に意識がプツンと切れた。



 □□□



「かはっ!?」


 呼吸が出来るようになり、大きく吸い込む。

 花の強烈な香りで少しむせこんでしまった。


「はぁ……はぁ……ここは?」


 私がゆっくりと目を開き、立ち上がるとそこは庭園だった。

 色とりどりの薔薇が咲き誇り、神秘的で幻想的な正に花園と光景。


 庭園の中心にはテーブルがあり、それを囲むように椅子へ座る二人の女性。


「あら、目が覚めたみたいね」


「瑠璃ちゃん大丈夫?」

 

 真っ赤な薔薇のような髪。

 髪と同様に服も赤を基調とした西洋のドレスが体のラインを強調し、顔立ちもきつそうで主張がとても強そうな女性といった印象を受ける。


 もう一人は白銀の雪景色みたいな銀色に輝く髪。

 こちらも髪色に合わせるように白のドレスを着ている。

 赤い女性とは正反対に儚げな印象を受けた。


 二人とも目を見張る程の美少女だ。

 だが、そんな見た目よりも気になった事がある。


「何で私の名前を?」


「分かるわよ。ずっと見てきたもの」


「見てきた?」


「そう……まぁ、ありていに言ってしまえば私達は世界の管理者」


「「神様なの(って奴よ)」」


 二人……いや二柱は阿吽の呼吸のように目配せもせず声を合わせる。

 神様……見知らぬ部屋……私がよく見る異世界転生ものの導入に似てる……つまりこれは……。


「異世界転生ってやつ?」


「……ここに来る子みんなそう言うよね。いくら下界で転生ものが流行ってるとはいえ、私の管理する世界ってそんな不満なの? 真面目に調整頑張ってるのに……」


 赤髪の神様はいじけたように肩を落とす。

 最初の印象とはちょっと違って可愛い人なんだと思った。

 雰囲気も何だかお兄ちゃんに近い気がしてより親近感を感じる。


 銀髪の神様が赤髪の神様をなだめながら、こちらに優しく声を掛けた。


「いつもならその展開をしてあげてもいいんだけど、ごめんね? 今はそれは出来ないの」


「今は?」


 私が気になった事を口にすると、赤髪の神様が身を乗り出し、銀髪の神様の鼻を押す。


「そう! このバカ妹が、神様の権能を奪われたせいでね!」


 指と指をチョンチョンとつつきながら、申し訳なさそうに銀髪の神様が目線をそらす。


「うぅ……だってぇあの子が困ってたからほっとけなくてぇ……少し貸すだけのつもりだったんだよぉ」


「このお人よしのバカ! バカ雪白!」


その発言が癪に障ったのか銀髪の神様も立ち上がる。


「バカって二度も言った! ひどいよ紅薔薇姉様! そんなみみっちい性格だから、つまらない世界管理しか出来なくて、こっちに来たがる子が多いのよ!」


「言ったわね!!」


「何よぉ!!」


 二柱が取っ組み合いの姉妹喧嘩を始めてしまった。


 神様なのにすごく人間くさいなぁ……。

 まぁ、神話の神々って基本的に人間っぽいしこれが普通なのかな。


 私は呆然とその姉妹喧嘩がおさまるまで見届けることしかできなかった。

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