第82話 復讐するは我にあり

 京都のとあるコテージ前。

 俺達はその前にキキー! と車を急いで停める。

 車の外へとうかがうように降り、警戒した。


 あちらもそれは同じようで、ゆっくりと三人が出てくる。

 その出て来た人物の中には、俺と陽子さんは見覚えがあった。


「いつ出所したんだ元社長夫妻?」


 俺がそう嘲るように言うと激高する。


「元じゃない!! 今でも社長だ!!」


「……そうだな、そうだな」


 適当に相槌を打って、見慣れない三人目の人物を見る。

 まるで定規でキッチリと測ったかのように整った黄金比率な容姿――むしろ整いすぎて人ならざる美貌を持った女性がクスクスと後ろで笑っていた。


 そして何より、俺は見ているだけで底冷えするような感覚に襲われる。

 あぁ、こいつもかよ


「――魔王か」


 俺がそう言うと女性はニコリと笑う。


「正解ぃですぅ~どうもぉ~色欲の魔王アスモデウスですぅ~」


 アスモデウスは舌が痺れそうな程に甘ったる声で喋る。

 大罪の腕輪が反応してるところ見ると、攻撃性ある音波っぽいんだよな。

 相互に攻撃できないし、これがなかったとしても耐性スキルがあるから関係ないけどさ。


 俺は真っ直ぐに三人を見据える。


「それで? 一体何の御用で? まさか、元社長夫妻との旧交を深めに来たってわけじゃないんだろ?」


 ニヤリとアスモデウスは微笑む。


「えぇ、そうですよぉ~この二人とは利害が一致してここまで来たんですぅ。その利害があなたを殺しに来たぁって感じ? あなたはアスちゃんとしても気に食わないんですよねぇ~」


「俺とあんたは初対面のはずだが?」


 アスモデウスは俺がそう言うと真顔でこちらに敵意を向けてくる。


「サタン様の眷族になったからぁ、殺すにはそれだけでぇ十分ですけどぉ?」


「それだけで?」


「それだけぇ? マイダーリンの眷族ってだけでぇ殺すには十分でしょうがぁ! サタン様が愛をささやいていいのはアスちゅんだけでいぃ♪ サタン様を独占していいのはアスちゃんだけぇ♪ アスちゃんはサタン様を心の底から愛しております♪ 恋焦がれています♪ あぁ、あなた様のためならぁ世界中の敵を回す覚悟がありますぅ♪ あぁ、サタン様サタン様サタン様サタン様♪」


 ネットリとした愛をささやき恍惚とするアスモデウス。


 正直、人間を恨んでるからとか言われると思っていたが、明らかに私怨で殺意を剝き出しにしている。

 ――ていうか、サタンって以外とモテルんだな。

 中身はともかくこんな美人に愛されるのはすごいことなんだと思う。

 まぁ、俺はごめんだけどね。


 俺とアスモデウスが話をしてるのが気に食わないのか、段々と元社長夫妻はイライラし始める。


「おい、さっさとこいつを殺せよ!! 僕はこいつを見ているだけでイライラするんだよ!!」


「そうよ! 何のために組んだと思ってるの!!」


「あぁ~はいは~い……めんどくさぁ」


 二人には聞こえてなかったようだが、最後の本音を俺は聞き逃さなかった。


 こっわ!? 魔王こっわ!?


 アスモデウスは手首をチョンチョンと指さす。


「腕輪のキーチェーンを引っ張ってねぇ~そしたら、もっと力を上げるよぉ~」


「「分かった」」


 それを聞くやいなや、キーチェーンに二人は手にかける。

 ちょっと疑う気持ち持てばいいのに……多分だがあれって俺が持ってる大罪の腕輪と一緒の物だ。


 つまり精神を強く持たないと……。


「「がぁぁぁ!!?!!」」


 二人がもがき苦しみだした。

 やっぱりか……。


 俺は無言で駆け寄り、腕輪を外そうと試みようとする。

 牛山祖父に教わった対処方法で何とか抑えられればいいけど……そう思って俺が近づこうとした瞬間、自分の体が宙を舞った。


「なっ!?」


 痛みはなかったが、しばらく落ちてこられない位置まで打ち上げられた。

 俺は体勢を立て直して地上を凝視する。


「いいでしょ♪ アスちゃんとレヴィちゃんの協同合作だよぉ♪ 素体がゴミだけどバフましましにすれば問題ないもんねぇ♪」


 ケラケラと笑うアスモデウスに人影。

 そこには、体を異形化している二人……いや二体といった方がいいのかもしれない。


 炎のように紅い肌にびっしりと魚の鱗のような物が張り付き、魚人と鬼を混ぜ合わせたキメラのような容姿に二人は変貌していた。

 目がギョロギョロと黄色く光る。

 空中の俺を見つけると……。


「ハガトウヤァァァ!!!」


 キメラとなった吉田夫が高く跳躍する。

 あっという間に俺と平行になる位置まで迫ってきた。

 そのまま、拳をこちらに振り下ろしてくる。


「……マジか」


 鉄壁……いや、ここは先にこっちをだそう!

 俺は憤怒のキーチェーンに手をかけて思い切り引っ張る。


「【憤怒の鬼面ラースオーガ】!!」


 憤怒の鬼面が生成され、ステータスの大幅な強化がなされた拳を握り、俺は吉田夫へと振るう。


 ドガァァァン!! と空気を振るわす程の轟音が響く。


 衝撃で両者とも後方に吹っ飛ぶ。

 俺は地面に背中を打つ形で落下する。

 吉田夫も同じように地面へと落ちたが、全くの無傷だ。

 俺はゆっくりと体を起こす。


「拳と拳がぶつかっただけでこれかよ」


「スバラシイスバラシイゾコノチカラァァァ!!」


 吉田夫がブンブンと拳を振るってくる。

 速くはないが、一撃一撃が重いな。


「バカ正直に殴り合いをする必要はないな」


 俺は暴食のキーチェーンを引き抜く。


「喰らい尽くせ【暴食の牙グラーズファング】!!」


 手元に生成された槍を吉田夫の拳に突き立てる。


「アァァ!?」


 拳から黒い靄を吸い取り、俺の大罪の腕輪に流し込む。


「これでまず一人終わ……」


 瞬間、脇から凄まじい衝撃が襲う。


「ぐっ!?」


 グルグルと体が地面に転がる。

 俺は逆回転に体を捻って立ち上がった。


 目視出来たのは、火の玉を浮遊させる吉田妻のキメラの姿だ。

 あの車で撃ってきた魔術は吉田妻のスキルか。


「アラアラ、ヨソミハダメヨ? ソウシナイト、ホラ」


 吉田妻が陽子さん達に火球を放つ。


「まっ!?」


 俺の制止も間に合わず、陽子さん達は火球が直撃する。

 火柱が立ち、そこには跡形もなく灰塵と化した。


「そん……な……」


 俺が膝が地面につくと、アスモデウスは心の底から楽しそうに笑い出す。


「アハハ! そう、その顔ぉ♪ その顔が見たかったんだよぉ♪ あんたの絶望の表情がねぇ♪」


「「キャハハ!!」」


 みんなが笑う中、俺はうつむく。


「うん? どうしたのかなぁ?」


 俺の表情がどうなってるかって?

 そんなの決まってるだろ?


 顔を上げて見せたら、その場の全員がビクッっとする。


「何で……あんた……そんな表情出来んのぉ」


 俺の表情は悲しみなどではない。

 三日月のように口角をあげ、その場にいる全員にニヒルに笑ってみせた。

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