第22話 モンスター唐揚げの餡かけ

 葉賀さんが去った後。

 私と親方さんが部屋に残される。


「……すいません。私が余計な事を聞いたばっかりに」


「いや、嬢ちゃんは悪くねぇよ」


 親方さんは首を振って否定してくれる。


「だけど、配慮が足りなかったのは事実です。まさか、そんなスキル取得条件が存在するなんて……」


 スキルは最初の三つ以外でも入手方法はある。

 だが、どれも取得難易度が高く。

 簡単に取得はできない。


 生涯初期スキルだけの探索者が一般的だ。


 だからこそ、後天的にスキルを取得した者たちは、強者ばかり。


 ……だけど、葉賀さんの強さを得た理由が、大切な人の死など、あまりにも惨すぎる。


 親方は話し続ける。


「オレも探索者を長くやってるが、あのスキルを持っている奴は全員探索者はやめちまってる。まだ探索者を続けられてる奴は、坊主以外いねぇよ」


「……」


 それは当たり前のことだと思う。

 大切な人を目の前で失って、探索を続けたいと思う人は少ない。

 それなのに……


「葉賀さんはどうしてまだ続けていられるのでしょうか……私なら絶対に無理です」


「……守るべき家族がいるからだろうな」


「家族?」


 親方さんは腕組みして答える。


「あいつ、両親が中学の頃に死んじまってな。あいつが親の代わりに生活費を稼いでんだよ」


「両親が……まさかダンジョンで死んでしまった方って!」


 親方さんは首を横に振る。


「……いや、それとはまた別件だ」


「そん、な……」


 大切な人を二回も……

 あまりにも悲惨な人生に言葉が出てこない。


 神様はどうして彼にそこまで強く当たるのだろう。

 彼が一体何をしたというのか……


 親方さんはぼそりと呟く。


「……田貫茜」


「え?」


「死んじまった嬢ちゃんの名前さ。お前さんによく似た子でな? S級試験中にモンスターに……」


 親方さんはそれだけ言うと口を噤む。

 きっと、容姿が似ている私を気遣って、その先は言う事を遠慮したのだろう。


 葉賀さんが私を見た時に見せた、驚きと安堵のような表情は、そういう事だったんですね。


「S級試験……もしかして、葉賀さんがA級のままなのって――」


「あいつも一緒に参加してたが、途中でリタイアしちまったからだ……無理もねぇよ……」


「……」


「皮肉なもんだよな……そのおかげで守るための力を得た、だから複雑なんだろさ。この力があの時あれば、守れたかもしれないのにって――本当に惨いスキルだぜ」


 親方さんは手を強く握る。

 多分、葉賀さんの他にもそういう人たちを何人も見てきたのだろう。

 ――だからこそやるせない。


「オレがしてやれたのは、バイトとして雇う事と話を聞いてやることだけだ。――あいつの心を本当に救ってやることはオレには出来ねぇ」


「そんなことは……」


「そんなことがあるのさ、嬢ちゃん。オレ以外にも坊主を救いたいと思ってるやつは多い。――だが、坊主は大切な奴ほど本心を見せたがらねぇ。だからオレ達じゃダメなんだ」


 親方さんはそう語った。


 彼は誰にでも優しい。

 それはつまり、誰にでも気を使っているということだ。

 本心は仮面の奥にしまいこんだまま、笑顔で助ける。


 まるでヒーローのような人だ。

 ――だけど、彼も人間で、悩みや苦悩は当然ある。


 もし、今の彼を救えるとしたらそれはきっと。

 自分をさらけ出し、本音で語り合える。

 ライバルのような人物なのだろう。


 私は……まだそうはなれない。

 彼の事をまだよく知らないし。

 探索者としての実力も、彼にはまだ劣る。


 今の私では、彼の守るべき一人でしかないのだ。


 そんなことを考えている時、ドアが開く。


 ドアの方を見ると両手に料理皿と人数分の箸を持った、笑顔の葉賀さんが立っていた。


「親方キッチン勝手に借りました。いい出来栄えの料理出来たんで一緒に食べませんか♪」


 先程の悲しい顔が、嘘のように満面の笑みだ。

 親方さんと私は面食らってしまって、呆然とする。


「坊主……お前平気になったのか?」


 葉賀さんは料理を机に置き。

 片手でVサインする。


「料理してたら、平気になりました。ご心配おかけしました」


 葉賀さんはお辞儀をする。

 良かったいつも通りの葉賀さんだ。


「親方も龍巳さんも、料理冷めてしまいますから、食べ始めましょう」


「……だな! せっかくの料理だ美味しいうちに食おうぜ!」


「あ、はい」


 親方さんは神妙な顔から笑顔になり、葉賀さんから箸を受け取る。

 なるべく、もうそこに触れないようにしようという、親方さんなりの気遣いなのかもしれない。


 私も葉賀さんから箸を受け取る。


「それじゃあいただきます!」


「「いただきます」」


 手を合わせてから、料理を食べ始める。

 葉賀さんが作ってきたのは、酢豚のような唐揚げで醤油やケチャップのいい香りが漂う。


「美味しそうですね。これはどういった料理なんですか?」


 料理について聞くと葉賀さんは嬉しそうに解説する。


「昼間のエンペラーワイバーンの唐揚げを、ピーマンやニンジン、玉ねぎと一緒に炒めて。火が通ったら、酢とケチャップ、水溶き片栗粉と醤油を入れ、もう一度炒めてたら、モンスター唐揚げの餡かけが出来上がりだ」


「昼間のリメイクなんですね」


「カレー味だけはこれに合わないから、別にして温めてあります。そっちも良かったらどうぞ」


「ほんと、昔っから料理作るの好きだな坊主」


 親方さんは嬉しそうに笑う。


「はい、料理作るのも好きですけど、一番はみんなと一緒に喋りながら食べることが好きです」


 葉賀さんは晴れやかな笑顔でそう語る。

 料理している時や食べている時の彼は本当に楽しそうだ。


 私達は唐揚げ餡かけを一口食べる。


「うめぇな!」


「美味しいです」


「唐揚げのサクッとした食感を失わず、だが餡のとろみのある舌触りを残している! 酢を入れることで油の多い唐揚げの味をあっさりと、しかし満足感もある! ご飯とも絡ませれば、さらにうまいだろう!」


 饒舌に料理の感想を語る葉賀さんを見て、二人は笑う。

 願わくば、この笑顔がずっと続けばいいのにと。



 □□□


 場所は変わって、秋葉原のとある喫茶店。

 そこの厨房で、椅子に腰かけている少女がいた。


 染めたであろう青髪のツインテール。

 小学生のような容姿にゴスロリ衣装を身に纏う少女は、スマホを見ながらため息をつく。


「また休みの連絡ですの? この人数じゃ流石に店は開けませんの……明日は臨時休業ですわね。何かイベントでもあるのかしら?」


 表に臨時休業のお知らせを張りに行こうとしたその時、スマホにメッセージが届く。

 通知を見ると、お姉様からのメッセージと表示される。


「お姉様からですわ♪」


 嬉々として、メッセージを開く。

 だが、さっきまでの表情が段々と渋い顔になる。


「パーティーメンバー全員集合ですの? おじ様とお姉様はいいですけど、あの鈍亀も来るんですのぉ~」


 少女は心底嫌そうな顔がする。

 嫌そうだが、少女は文章の続きを読む。


「場所は……ドラゴンダンジョン、しかも明日ですの!? 随分急ですわね!?」


 驚いた表情をした後、少女はふと真顔になる。


「バイト達が急に休みだしたのと何か関係ありますの?」


 少女は明日に関するニュースを調べていると、有名配信者タヌポンと龍巳陽子、レッドドラゴン討伐に挑む!

 というニュースを見つける。


「これ見るために休みが多かったんですのね。レッドドラゴンを素人のダブルスで何てバカですの? それにこの配信者もあいつに背格好が――」


 少女は途中で発言をやめる。

 そして、ニヤリと笑った。


「あぁ……そういう事ですの」


 少女はスマホをタップし、メッセージに行きますわと短い文章で返す。


 椅子から立ち上がり、背伸びしてニヒルに笑う。


「待ってなさい、鈍亀♪ うちの休んだバイト達の数だけ、どたまぶち抜いてやりますわ♪」


 そう言って少女は高らかに笑った。

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