第8話 きな粉スライムと黒糖スライムドリンク(1)

「友達とダンジョンに潜ろうと思います♪」


 武器屋雷神で働き始めてから一週間が経った。

 今日はバイトが休みなので、ソファーで求人雑誌を読みふけっている。

 そんな俺に瑠璃はそう宣言した。


「そうか、気を付けて行って来いよ」


 俺は手をひらひらさせ、雑誌に目線を下げる。


「何言ってるの? お兄ちゃんも行くんだよ?」


 ……意味が分からない。

 何故友達と潜ると言ってるのに俺を連れてこうとする?

 分からん……妹の考えが全くわからない……


 俺は求人雑誌を閉じて姿勢を正す。


「いや何でだよ。今の会話に全く俺関係ないんじゃん」


「お願~いお兄ちゃ~ん♪ 友達にタヌポンとコラボの約束しちゃったんだよ~」


 なるほど、最初からそっちが狙いだったか。


「……ちなみにどういう経緯で?」


「ジュースおごってもらったから、その代わりに――」


「やっすいな!? そんなので兄の個人情報を勝手に売るなよ!?」


 俺の価値はジュース一本分かよ!?

 ソファから起き上がり、瑠璃と向かい合う。


「それより、そんな簡単にばらして良かったのか? 前に瑠璃が身バレが配信で一番やっちゃいけないことだ、とか自分で言ってなかったか?」


 そう言うと瑠璃は指を横に振る。


「今回は心配ないよ。友達も私がコンだって事は知ってるし。それに知ってるのは、全員同じ配信者だよ。身バレして困るのはあっちも同じ」


「じゃあ問題ない……のか?」


「もう大丈夫だってば! それに一人はお兄ちゃん会ったことあると思うよ?」


 あったことがある。

 瑠璃の友達で俺が知ってるとなると――


「……もしかして、藍ちゃんか?」


「正解♪」


「いや今一番会うの不味いだろ!?」


「なんで――ってそうか! 藍ちゃんのおじいちゃんって!!」


 藍ちゃんの本名は福田藍。

 そう、藍ちゃんの祖父は前社長だった人だ。

 だからクビになった今、会うのは正直気まずい!


 瑠璃は両手を合わせて謝罪する。


「ほんとごめん忘れてた!」


「瑠璃……」


 俺は頭を抱える。


「仕方ない、クビになった事実を隠して会えば、なんとか――」


「あぁ……でも、そのこともう話しちゃってる」


「――お前さぁ?」


「ごめんてば!?」


 この妹は口が軽すぎる。

 俺がジーと見つめると、瑠璃は視線を逸らす。


「で、でも話したら藍ちゃん、お兄ちゃんの事本気で心配してたよ? 私に出来る事があったら頼ってくださいって……本当にいい子だよね藍ちゃん♪」


「……そうだな」


 会社をクビになって無関係になった俺に、ここまで気を遣ってくれる。

 本当に優しい子だ。


 前社長も中卒の俺を拾ってくれたし。

 福田家の人達は基本いい人なのに……

 なんで現社長は、あんな人になったんだろう?

 いい人に囲まれすぎた劣等感?


 そんな事を考えていると瑠璃がボソッと呟く。


「まぁ、藍ちゃん……クソ叔父殺す、とか言ってたことは、知らぬがなんとやらだよね?」


「……? 何か言ったか?」


「な、何でもないよ!?」


 瑠璃は何かを誤魔化すように視線を泳がせる。


「そ、それより行ってくれるよね!? 最近配信更新してないから、そろそろしないと登録者とか減ってるんじゃない? ほら稼げる時に稼いでおくって、前に言ってたじゃん!?」


 捲し立てるように瑠璃はしゃべる。


「……なんか誤魔化されてる気もするが、まぁいいか。配信しないと不味いのも事実だからな」


 金はあればあるだけいいし。

 ――何か俺って守銭奴みたいだな。


 俺の返事を聞いた瑠璃はパァと表情が明るくなる。


「それじゃあ!」


「行くよ。準備しな」


「四十秒でしてくる!」


 ドタドタと瑠璃は自分の部屋に走っていく。


「全く……元気だなほんと」


 俺も遅れないように準備を始めた。



 □□□



 ドラゴンダンジョン入口前。

 そこには、沢山の探索者が集まり、賑わっている。


 俺と瑠璃は、待ち合わせ場所で待機し。

 瑠璃の友人たちを待つ。

 しばらく待っていると、オドオドとしたおさげ髪の少女がこちらにゆっくりと近づいてくる。


「藍ちゃんだ♪ こっちだよ~♪」


 瑠璃は藍ちゃんを見つけると嬉しそうに手を振る。


「瑠璃……ちゃん、今日も……元気、だね」


 藍ちゃんはいつものようにゆっくりと喋る。


「久しぶりだね、藍ちゃん。一年ぶりくらいかな?」


「お久しぶり……です。お兄……さん」


 藍ちゃんはこちらにぺこりと一礼する。


「今日は……わざわざ、来てもらって……ありがとう、ございます」


「気にしないでくれ、俺が好きで付き合ってるんだからさ。それにこっちこそ悪いね。いつも妹のワガママに付き合せて」


「ちょっとお兄ちゃん!」


 瑠璃が俺の横腹を指でつつく。

 藍ちゃんは首を横に振る。


「いえ……いつもの、こと……なので」


「藍ちゃん!?」


 瑠璃がガーンという音が聞こえそうな程落ち込む。

 フフッと藍ちゃんが笑う。


「冗談、だよ?」


「や~い、引っかかってやんの」


「もう! 二人とも嫌い!」


 瑠璃は頬を膨らませて、そっぽを向く。


「ごめん、ね?」


「悪かったって」


 瑠璃に睨まれたので、両手を合わせて謝った。

 藍ちゃんは瑠璃の頬をつつきながら謝る。


「……ねぇ? ほんほにはんへいしへる?」


「して、る?」


「何で疑問形で返すのよ!」


「わぁ、怒った……」


 逃げる藍ちゃんを、笑いながら瑠璃が追いかける。

 高校生になっても、二人は変わらないなぁ。


 そんなことを思っていると肩をポンと叩かれる。


「ウェーイ☆ おにいさん、うちの瑠璃っちと藍ぽんに、なんか用事って感じ☆」


 軽快な声で呼びかけられたので、思わず振り返る。

 そこには、今時のファッションに身を包み、ピンク髪に白メッシュという、とても派手な女の子が立っていた。


「えっと……君は? 瑠璃の友達、かな?」


「君って、まじめすぎ☆ チョウうける☆」


「……」


 質問したが、晴れやかに笑われてしまう。


 どうしよう、この子と全く会話にならない。

 さて、どうしたもんかなぁ……


 ほとほと困っていた時、藍ちゃんを捕まえた瑠璃が戻ってくる。


「あっ、桃ちゃんだ♪ ヤッホー♪」


「うへぇ……猫宮、さん」


「ウェーイ☆ 楽しそうじゃん、うちも混ぜて☆」


 猫宮と呼ばれた女の子が二人を抱擁する。

 藍ちゃんは暑苦しそうに、瑠璃は猫宮さんを嬉しそうに抱き返す。


「三人仲良くて大変結構。――けどそろそろ、その子が誰なのか、兄に説明貰ってもいいかな、妹よ」


「あっ、ごめん。お兄ちゃんの事すっかり忘れてた」


「この人が例のおにいさん? やっば、うける☆」


 ケラケラと何がおかしいのか猫宮さんは笑う。

 よく笑う子だな……、


「この子は猫宮桃ちゃん、私の同級生で配信者だよ」


「瑠璃っちのマブの桃で~す☆ 今日はよろ~☆」


「よ、よろしく猫宮さん。俺は瑠璃の兄の橙矢だ。」


「かった~い☆ もっとテンション上げてこ?」


 猫宮さんに肩をバンバンと強く叩かれる。

 ついていけない、このハイテンション……

 これが陽キャ女子……、


「これが本物のギャルか……」


「お兄ちゃん? その言い方だと、どこかに偽物のギャルがいるみたいな言い方だね?」


 瑠璃が不自然に笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。


「いるだろ? 俺の目の前にギャル(笑)の妹が」


「失礼な! オタクに優しいギャルで有名な私を捕まえて、そういう事言う!!」


 オタクに優しいギャルて……自分で言うか?

 俺は瑠璃の肩を掴んで微笑む。


「お前はオタクに優しいギャルなんかじゃなくて、ギャルの皮を被ったオタクだからな?」


「ひ、ひどい!?」


 瑠璃はしくしくと泣いたふりをする。

 俺は、はぁ……とため息をつきながら、言葉を続ける。


「それに暗い部屋で、黒いコートと穴開きグローブ付けて、高笑いするようなのを、とてもギャルとは……」


 俺が鼻で笑いながらそう言うと、噓泣きをしていた瑠璃の表情が、突如固まる。

 そして瑠璃は何も言わず、無表情のまま、こちらにゆっくりと近づいてくる。


「――お兄ちゃん、そこから動かないでね?」


 瑠璃の手を見ると強く拳が握られている。

 もう一度表情を確認すると、瑠璃は完全にキレていた。


 あっ、やっべいじりすぎた!?


 ゆっくりと俺は後ずさる。


「ちょっ!? い、妹よ! グーはヤバいって!?」


「問答無用! 私の黒歴史ごと、お兄ちゃんを葬ってやる!!」


 怒った瑠璃が俺を追いかけてくる。

 俺は本当の事言っただけなのに理不尽だ!?


「やっぱり……仲いい、ね?」


「それな☆ うらやま☆」


 結局、俺は瑠璃が許してくれるまで走りながら謝り続けることになった。

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