第2章:フォレストダンジョン編

第33話 牛タンとずんだとフォレストダンジョン(1)

 宮城県のとある飲食店。

 その一角で牛タンを一人焼いている少年がいた。


 炭火で焼ける肉の香り。

 ジュゥゥゥと肉の焼けるいい音が響く。

 その過程全てが少年の食欲をそそるには充分過ぎた。


 焼き上がり少し赤みがかった牛タンをレモン汁につけ、口に入れる。

 すると少年はとろけるような笑顔で口を開いた。


「うまい! 炭火焼特有の香ばしい香りに脂っぽくもなく、だが嚙めば嚙むほど肉汁がじゅわぁ~と口の中に広がる! ご飯を食べずに入られないほどうまい! やっぱ、宮城来たら牛タンだよな!」


 チャンネル登録者100万人の有名配信者。

 タヌポンこと葉賀橙矢はそう言って、牛タンを絶賛した。


 何故、橙矢が宮城県にいるかと言うと話は数日前に遡る。



 その日は朝早くに電話があった。

 画面を見ると、佐藤さんから電話がかかってきたようだ。


 佐藤さんというのは、俺の専属マネージャー。

 仕事やアドバイスも的確、とてもクールで無口な女性だ。

 

 出会った当初は会話があまり続かなったので、俺は嫌われているのかと思ったけど、話してみると口下手なだけのようだ。

 仕事の話以外しないが、佐藤さんからはこの仕事に、とても一生懸命なことが伝わってくる。


 俺は佐藤さんを待たせてはいけないとすぐに電話に出た。


「はい、葉賀です」


『佐藤です。急ぎの仕事のためお電話差し上げました』


「いつもありがとうございます」


『いえ、仕事ですので』


 佐藤さんは短い言葉で淡々と会話を進める。


「急ぎとのことでしたが……一体どういう内容でしょうか?」


 俺は佐藤さんにそう聞き返す。


 何だろう、佐藤さんが急ぎって言うくらいだから、かなり緊急だとは思うんだけど。


『実はタヌポンさんのイベントが決まったので、そのお知らせと移動のお願いをしたくお電話差し上げました』


「本当ですか!」


 配信者になって初めてのイベント!

 俺も配信の事はまだ勉強中だが、これは嬉しいことのはずだ!


「ば、場所はどこですか!」


『宮城県のフォレストダンジョン付近での開催となっています』


「フォレストダンジョンか……」


 S級試験の時に行って以来だな。


 何故S級試験でフォレストダンジョンに行くのかというと、試験内容の一つに日本三大ダンジョンをそれぞれ八十層踏破、各六十層ボスを試験官の前で討伐がある。

 俺は一度リタイアしたから、また最初からやり直しになってるんだよな。

 

 ちなみに日本三大ダンジョンは、東京のドラゴンダンジョン、京都にあるネクロダンジョン、そして宮城県にあるフォレストダンジョンの三つの総称だ。


 他にもダンジョンはあるが日本で有名なのは、この三つだ。


 佐藤さんが話を進める。


『今回はダンジョン産の食材を料理して、入場者に振る舞うイベントになっています。ですので、現地に着いたら食材集めの様子を配信。ついでにS級試験も合格して昇級を狙いましょう』


「ついでって……本来最難関の試験ですよ?」


「でも、タヌポンさんなら余裕でしょう?」


 佐藤さんは何の迷いもなくそう言い切った。

 俺は思わず笑みがこぼれる。


 こういう全面的に信頼されてる感じ、本当に嬉しいな。

 疾風迅雷にいた時の事を思い出す。

 期待されているのなら、それに俺は答えたい。


「はい、問題ないので話進めてください」


『では日程をそのように調整します。イベントは二週間後なので一週間前には現地入りしてください。経費は全てこちらで持ちますので、ドラプロで領収書を切ってください。それでは仕事に戻ります』


 内容を一気に言ってプツリと電話が切れる。

 通話が終わった瞬間。

 メッセージにやる事やスケジュールなど細かく書かれたものが送られてきた。

 そして最後に、頑張って下さいとメッセージが送られる。


「口下手なだけでいい人なんだよな……」


 俺がスマホをポケットにしまうと丁度瑠璃が二階から降りてきた。


「お兄ちゃん? 誰と話してたの?」


「仕事の電話だよ。それより瑠璃、俺来週から都外のイベントに参加するからご飯の相談――」


「えっ!? すっごい偶然♪ 私も来週から部活の合宿あるから、どうしようか話そうと思ってたところ♪」


 瑠璃が手をポンと叩いて頷く。

 俺は首を傾げた。


「合宿? お前運動部に入ってるのか?」


 瑠璃は嬉しそうに首を横に振る。


「違うよ♪ 私ダンジョン探索部に入ってるの♪」


「ダンジョン探索部?」


「文字通りダンジョンを探索する部活だよ♪」


「その部活、学校から許可下りるのか?」


 ダンジョン探索なんて危ないもの学校が許可するとは思えない。

 俺が訝しげに瑠璃を見ると頬をプクリと膨らませた。


「むしろ学校の方が推奨してるよ! 昇級すれば、ダンジョン関係の企業や学校に入るのに有利になるし、それに学校の利益にもなるから」


「利益に?」


「そう、学校も部活動や特定の授業なら、一時的なダンジョン企業としてみなされるんだよ。素材売れば学校に利益入るから――」


「だから推奨されてるってことか」


 学校は利益あるからしている。

 だけど、それだと生徒にうまみがなくないか?

 せっかく倒したのに自分に還元されないのは不平等だろ。


 瑠璃が人差し指を立てる。


「一応お兄ちゃんが思ってそうなことに答えるけど。私達にもメリットあるんだよ。売った素材の二割が自分の所属してる部活の部費として入るの♪ つまり倒せば倒すほど部費アップ♪」


「なるほど」


 部費アップは嬉しいな。

 中学の時の部費もかなりカツカツだった。

 それが増えるとなれば学生はこぞって倒すだろう。


「基本ダンジョンの授業は高2の選択授業なんだけど、部活動に入ってれば一足早くダンジョン探索を部活動の名の下に潜れるのだ♪」


 瑠璃が胸を張ってそう言った。

 ダンジョンに入り浸るって、学生のうちからやりすぎな気が……って、うん?


「でもお前確か二月生まれだよな? どんなに早くても訓練所の講習受けてから、ライセンス取れるのは五月。部活動入っても何も出来なくないか?」


 俺がそう言うと瑠璃が苦虫を嚙み潰したような表情になる。


「……その間ずっと部室で勉強してた。早生まれが憎い!」


 悔しそうに瑠璃は床を叩く。


「学生は勉強が仕事だからな? 俺が言うのもなんだけど、今のうち勉強しといた方がいいぞ?」


 瑠璃は親指を笑顔で立てる。


「大丈夫♪ 私これでも学年順位は五位だよ♪」


「ほんと、天才肌だよな瑠璃は……」


 何でも基本要領よくやるから羨ましく思うよ。

 俺はあまり要領よくないから中学の頃の成績は……

 うん、考えるのやめよ。


「じゃあ取りあえず二人とも一週間後はいないから心配はいらないってことだな。合宿の準備だけはしっかりしろよ」


「イエッサー♪」


 瑠璃が笑って敬礼する。

 ……一応お泊りセット二人分作っておくか。

 瑠璃の事だからギリギリまで準備を放置しそうだ。

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