第2話 白崎翼
街の中へ入ると、日本とは違う街の風景が目に入る、その新鮮な風景に、一時置かれた状況の事は忘れ、目を奪われるのであった。
(ど、どうなってるんだよ。こ、ここは何処なんだ? 日本じゃないんだよな、街並み的には、中世のヨーロッパってこんな感じだったような気はするけど、やっばり異世界ってやつなのかな······)
自分の考えに、小説の読み過ぎだと思いながらも、案内人が言っていた『言語魔法』という単語が、考えを肯定しているのではないかと思い、期待を寄せる。
「あ、あの、質問しても大丈夫ですか?」
「どうぞ、どうぞ、聞いてください。答えられる事なら何でも答えますよ」
「え、と。ここって、異世界だったりします?」
「白崎様が現れた扉、あの扉は異世界と繋がっているのです。その扉から現れた白崎様は、異世界からやって来たという事になりますね。そう、白崎様にとってここは異世界。それが答えです」
「は、い。有難うございます······」
ここが予想通りに異世界であったと聞いても、上手くリアクションが取れなかった。
驚きや期待がなかった訳ではないのだが、ここへ来る前の事を思うと、胸が締め付けられるのだ。
「ぼ、僕は、何でここに来たんでしょうか?」
翼の頭の中には、幾つかの答えが思い浮かんでいた。
こちらの世界から召喚されて来たのか、神様が新たな人生をプレゼントでもしてくれたのか、それとも······死んだ後の、地獄的な場所の可能性だってあり得ると。
「それが解らないんですよ、こちらも解明する手掛かりが少くて困っているのです。異世界人の方には毎回聞くんです、こちらの世界に来る前の状況をね。因みに白崎様はどんな状況で来られましたか?」
白崎翼は自分の中で考えた後に、少しづつ話していく。自分の最期、家の浴槽で自ら命を絶とうとしていたことを――
✩✫✩✫✩
翼は、子供の頃は充実した生活をおくれていた。
決まったスポーツはやっていなかったが、運動神経も良く体育では目立つ存在であり、勉強も得意な方であった。
だが、人気者であったのは小学生で終わってしまう。
中学生に上がると、不良達に目をつけられイジメの標的にされてしまったのだ。
翼を助けてくれる人間は、誰一人としていなかった。
実のところ、かなりの人見知りであった翼は、人気者だった頃も一定の距離を保って接することしかできていなかったのだ。
友達を作る事も、イジメに抵抗する事も『勇気』が出せなかった。
翼は、自分には『勇気』がない。このように思っていたのだ。
この後は、中学2年から不登校になり、部屋に引き籠もってしまった。
今度は、外へと出る『勇気』が必要になったが、7年とゆう長い年月の間、『勇気』を出すことができなかったのだ。
この7年間で、家族が壊れていく――
母親は精神科へ通うようになり、時折父親の怒鳴り声が聞こえてくる、自分が原因だと思う度に心が削られていくような気がした。
台所には、母親が精神科から処方された睡眠薬が有ることは知っていた。
これは『勇気』なんだろうかと、そんなことを考えながら睡眠薬を持ち出したのだ。
そして、睡眠薬を全て飲み込むと、暗い風呂場へ入り「僕のせいで、ごめんなさい」そう頭の中で何度も、何度も叫びながら意識を手放すのであった。
✩✫✩✫✩
「僕は、あの、自殺したんです······」
「あぁ、それは辛かったですね。でもまぁ、よくあることです。実はそのパターンが一番多いんですよ、関係があるのですかね?」
自殺した事を告白するのに『勇気』を振り絞ったつもりだったのに、凄く軽い反応が返ってくる。つい先程自分がした行動を思い出したことも重なり、気持ちが暗くなってしまった。
そんな翼の元に、誰かが近寄って来る。
「やぁ、こんにちは。異世界からの訪問があったと聞いてやって来たんだ、少し時間を貰ってもいいかな?」
翼が俯いた顔を上げると、銀色のプレートが目に入った、そのプレートには『階級4』の文字が刻まれている。
「······んっん、一応言っておきますが、我々案内人が異世界人を連れている場合、傍観に徹するのが暗黙のルールなんですがね」
ドーガは、一応言っておくと前置きしていたが、断れない事は承知していた、声を掛けて来た相手の方が、自分達より階級が上なのだ。
「悪いな、私は第7騎士団の副団長を務めている、ディオン・ファルサスだ。宜しくな、異世界人」
「よ、宜しくお願いします。白崎翼です······」
本日2度目となる名乗りから、相手をしっかりと見る事が出来た。
身長の高いディオンを見上げると、顔に傷があるのが分かる、更に見慣れない鎧姿が異世界に来た事を感じさせた。
「随分と元気がないな。まぁいいか、質問に一つ答えてくれるかな。それじゃぁ聞くぞ」
ディオンがした質問の内容は、『過去を大事にして生きていくのか』と『新しい自分になって生きていくのか』この二択に答えて欲しいというものであった。
どんな意味があるのか、質問に意味があるのかさえ解らなかったが、翼にとっては重要なことに思える。
少し前に過去を振り返ったことも手伝い、質問の答えが、今迄の自分を変えるチャンスの様に思えた。
「僕は、新しい自分になって生きていきたいです」
「そうか······」
翼の答えに、ディオンが返事をするのだが、
その表情は困ったような、がっかりしたような何とも言えないものであった。
その表情に翼が気付く事がないまま、ディオンは立ち去っていく、去り際に「自分を見失わないようにな」と、一言だけ残して――
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