第3話 最初の印象

 異世界人が来るであろう宿屋の前に到着すると、『青い果樹園』以外からも、2つの奴隷商が来ているのが分かる。


 この世界で『奴隷』は、高価な『おもちゃ』として認識されているのだが、異世界人が初めてこの世界へ来た時のみ無料で差し出される。

 奴隷商は、収入にはならないが、その代わりに最も欲しい物が手に入るのだ、それは階級を上げるための『貢献度』であった。


(ゔ〜、やっぱりセクシーな人達ばっかりだよね、私だけ浮いてるし、場違いです······)


 マグズが他の奴隷商から、ネチネチと嫌味を言われていた。

 「そんなのを連れてくる程、『青い果樹園』は品不足なんですね」や、「うちの商品を売ってあげましょうか?」などと、好き勝手言われている。


 だが、言われているマグズ当人は、全く気にした素振りを見せることもなく、自信有りげに「奴ら、異世界人の変態さを分かっておらん。プリム、自分に自信を持ってよいぞ」と、プリムに耳打ちをしていた。


(自信って、変態に好かれる自信ですか? それってすっごく嫌なんですけど······)


 遠目に宿屋に向かって来る人影が見えてくる、気品ある服装の男女は案内人だろう、その後ろから、とぼとぼと着いて来るのが、お目当ての異世界人だということは、見た目で直ぐに判るのだが――


(うっ、あれが異世界人。なんだか、嫌な雰囲気です)


 プリムがそう思うのも無理はなかった、案内人のドーガとビネットは触れなかったが、翼の容姿は酷い状態なのだ。

 伸び放題のボサボサの髪に、服装は部屋着、それもヨレヨレでみすぼらしい。

 それでも瞳は、命を絶った時よりかは幾らかマシだろうか。


「奴隷商の皆様は仕事熱心ですね。白崎様、宿屋は目の前ですが、恒例のイベントがお待ちになっていたようです。お話を聞いてあげてください」


 異世界人が最初に驚くのは、宿屋の前に待ち構える『奴隷』の存在だ。

 誰もが『奴隷』の存在と、その容姿にいやらしい笑みを見せるのだが、翼の顔は、困惑一色であった。


(ど、奴隷って······この世界では当たり前、なのかな?)


 奴隷商が自分達の用意した商品を紹介しているのだが、翼の耳には届いていない。

 人生経験の少ない翼にとって、最も刺激が強かったのは女性達の存在ではあったが、グラビアアイドルのようなセクシーな容姿に目を奪わたのではなかった。

 その中に居た、あどけなさが残る少女までもが、『奴隷』として扱われていることが衝撃的で、一番気になっていたのだ。


(こんなに可愛い子まで、『奴隷』になるなんて······)


 翼の視線はプリムに釘付けだ、その視線に気付いたのは2人、マグズはしたり顔で頷き、プリムは鳥肌が立つほどの嫌悪感が襲っていた。


「白崎様、どの『奴隷』を貰い受けるか決められますか? 国からのサービスですから、遠慮なく貰ってくださいね」


「············」


 話を聞いていなかった翼は、ドーガの問には直ぐに応えられなかった。

 徐々に意味を理解していくと、『奴隷』を1人貰えるのだろうという考えに至る、そんな所で次の問いが翼に発せられた。


「あれっ、気に入った『奴隷』がおりませんでしたか······白崎様?」


「えっ、あっ、嫌そんなことは、ないです。黒髪の女の子なんて、凄く可愛いですし······」


「それでは白崎様、その『奴隷』で決まりで宜しいですかね。マグズさん、今回は『青い果樹園』から受け取りが出ましたね、国に報告はあげておきますので、追って連絡を差し上げます」


 ドーガによって、強引に決定されたように思えるが、翼の中には少女が強く印象付られている。どの道変わらない決定であった。


「よしよし、儂の考えが正しかったのっ。人を見極める事が、奴隷商には最も重要だってことが判って貰えたかなっ」


 マグズは、プリムに語り掛けるふりをして、明らかに他の奴隷商への当てつけで話をしている。好き勝手言われていたことを、本当は気にしていたのだろう。

 プリム本人には、「良くやった、ほれっ行ってこい」と簡単に言い、送り出した。


 「それでは白崎様、『奴隷』を連れて宿屋でお休みください。一晩は今の現状を考える時間が必要でしょう、また明日の朝に迎えに参ります。まだまだサポートは続きますので安心してくださいね」


 案内人ドーガとビネットの、本日最後の案内で宿屋へと入って行く。

 翼は言われるがまま宿屋の玄関をくぐり、プリムも無言で着いていくのであった。


「いらっしゃいませ。『山の宝石亭』へようこそ、お話は聞いておりますので、早速ですがお部屋へ案内させて頂きます」


 まだ若そうな宿屋の店員が迎えてくれる、胸には青いプレート『階級3』が付けられていた。

 青いプレートとは一般階級を示している、一般階級としては上位の人間が経営するこの宿屋『山の宝石亭』は、良い宿屋であることを証明する物になるのだ。


 ――部屋へと入ってから1時間が経過していた、翼は部屋の中をうろうろしており、プリムは無言で立ち尽くしている。

 宿屋の店員からは2時間後に夕食を運ぶと言われていたのだが、それまで何をしたら良いのか、少女と2人きりの状況に翼は落ち着くこともできないのであった。


(ゔ〜、立ってるのも疲れるんですよ? 声ぐらい掛けてくれてもいいんじゃないですか。もうっ、私から声をかけなきゃダメなの、かな)


「あの、どうされましたか?」


「あっ、はいっ、えっと、ごめんなさい」


「············」


「············」


 またしても、沈黙が始まってしまった。

 この時翼は、頭の中で少女の置かれた状況が『奴隷』とゆうことに納得ができず、疑問を膨らましていた。


「あっ、あの。『奴隷』なんて、何でやってるんですか?」


「何で、ですか? それは、私にも解りませんよ」


 口を開いたかと思ったら、意味の解らない質問をしてくる。プリムは翼が言った意味を理解できなかっただけではなく、怒りが込み上げてくるのを感じていた。


「ご、ごめんなさい。『奴隷』なんてやりたくてやってる訳ないですよね······」


「それは、そうですよ······」


 翼は、無神経なことを言ってしまったと後悔する。けれど、少女の言葉と自分の考えていたことが、同じものであるような気がした。

 この時、少女を救わなければ、救う為にこの世界へ来たのだと本当に思ったのだ。

 それと、『自分を変えたい』この世界では『勇気』を出して、新たな自分に生まれ変わるんだと考えると、唐突に次の言葉を紡ぎ出していた。


「僕が、救ってみせるよ。『奴隷』から解放して、自由になれるように」


「············あのっ、私の事も、国の事も、何も知らないあなたが、勝手な事を言わないでくださいっ」


 脈絡のない言葉が、プリムの感情を逆なでしていた。

 お互いのことを知りもしないこの状況が、翼の言葉を軽い言葉に映し出す、それはプリムの心を酷く傷つける、そんな言葉になってしまうのであった。

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