第4話 初めての夜

 ――プリムが「······私の事も、国の事も、何も知らないあなたが、勝手な事を言わないでください」と言ってしまった時から、無言の時間が長く続いていた。

 お互いのことを話すこともできずに、宿屋の店員が夕食を運んでくる。


「お待たせしました、本日の夕食は『ボアットハンマー』のステーキと『メスト』のサラダです」


 店員が、テーブルに料理を並べていく。

 異世界『グリードベリル』特有の生物だろうか、美味しそうなお肉が皿の上で存在感を示していた。

 それと『メスト』は、赤いトマトに似ているサラダだ。


「い、いただきます」


 翼が椅子に座り、出された料理を戸惑いながらも観察する。気まずい雰囲気の中で、料理を楽しむ余裕はなかったが、初めての異世界飯に興味は深々であった。


 そんな中、プリムは未だに立ち尽くしている、部屋へと入ってから2時間、同じ場所から動いていないのだ。


「あ、あの、食べないんですか?」


「『奴隷』は、ご主人様の指示なしで勝手な行動はできませんので······だから、ずっと同じ場所に立っているんですよ」


 プリムは、『青い果樹園』で教育されたとおりに、従順な『奴隷』を演じているつもりなのだが、怒った口調が全てを台無しにしている。そのことに気付けるほど大人ではなかった······


「そ、そうだったんですね、ごめんなさい。じ、自由にして大丈夫なんで、ご飯も食べてください」


「それでは、ちょ、ちょっとお手洗いに行って来ます······」


 男性の前で、しかも食事の最中に言ったことが思ったよりも恥ずかしく、プリムは顔を赤くして部屋から出ていく。


(はぁ〜、何か酷い言い方しちゃったよね。怒ってるかな、私だって初めてなんだもん、どうしたら良いか解らないよ······)


 プラントに居た頃より凄く疲れる、それに立ちっぱなしで足が痛い、そんなことを感じながら、お手洗いから戻って来た。


(あれ? まだ食べてないんですね······も、もしかして、食べ方が解らないのでしょうか?)


「も、戻りました。あの、食事は食べないのですか?」


「あっ、あの、一緒に食べようと思って······」


 そして2人は「「いただきます」」と言ってから、食事を始めた。

 『食事は皆んなが揃ってから』子供の頃は、これが白崎家のルールだった。

 それを思い出して、翼はプリムが戻って来るのを待って居たのだ。それに、誰かと共に食事をするのは本当に久しぶりであった。


「このお肉、柔らかくて凄く美味しいですね。ぼ、僕が居た世界で出たら凄く高級なお肉ですよ」


 プリムを待っている間に、言われたことを考えた翼は、自分のことばかりで、相手を気遣うことができていなかったと反省していた。

 だから、『勇気』を出して自分から話し掛けることにしたのだ。

 さっきの発言は、自分でも何でいきなり言ってしまったのかと、後悔する程恥ずかしい。『奴隷』から失礼なことを言われて怒るなんてことは、翼は微塵も思ってはいなかった。


「そうなんですね、この世界でも良いお肉だと思います。こんな美味しいお肉、私も初めて食べましたので」


「そうですか。こ、この『メスト』ってサラダは、凄くすっぱいですね」


「『メスト』はこの世界ではポピュラーな野菜なんです、栄養価が高いので私が居たプラントでも良く出ましたよ」


 翼は心の中で、(良かった)そう強く思う。

 少女を怒らせてしまったかと、気にしていたこともあるが、人と普通に会話が成立できていること事態、凄く久しぶりに感じるのだ。


「「ご馳走様でした」」


 翼は食事を終えると、次はお風呂に入って寝るのが流れかと考えていた。

 この世界の常識がどうなのか、少女に聞いてみないと判らないのだが、それよりも最初にしないといけなかったことがようやく頭に過ぎるのだった。


「聞きたい事があるんですけど、あの、その前に、自己紹介をしてなかったですよね。僕は、白崎翼です。歳は21です。翼とでも、よ、呼んでください」


「え〜と、わかりました。翼様と呼ばせて頂きます······」


「············」


 翼は、当たり前に自己紹介が返って来るのを待っていた、世界が違うから、自己紹介という文化はないのかと考えるのだが、それは間違いだ。


「あの、名前を聞いても良いですか?」


「えっ? 私の名前ですか、プリムですけど、外で自己紹介したの覚えてないんですか?」


 プリムは気が付いていなかったが、翼は誰の自己紹介も聞いてなかったのだ、それどころか『奴隷』の説明も聞いてなかったので、部屋へと入って最初の1時間はどうしたら良いのか分からなかったのだ。


「あっ、そうだったんですか。ごめんなさい、皆さんが何か話してるのは覚えてるんですけど、あの時は衝撃的過ぎて話が入ってこなかったんです······」


「えっ、そうだったんですか。それでは、もう一度自己紹介しますね。私はプリムです、16歳です。宜しいお願いします」


 プリムは少しだけ気が楽になった、緊張していたのが自分だけじゃないと気付けたのと、翼が悪い人じゃないと思えたからだ。

 この後プリムは、自分からこの世界のことを教えてあげることができた。お風呂へ入るにも、石鹸であったり、シャワーの使い方であったり。

 何を知っていて、何を知らないのか判らない、何も判らないと思って言葉にしたっていいのかと。

 判る事は増えるし、判ってることは言ってくれればいいだけなんだから。


「色々教えて貰って、ありがとう。あれだね、そろそろ寝ようか。ベットは2つだから、そっちのベットでいいかな?」


「あ、はい······あっ、電気は入口の所にあるボタンを押せば消せますから」


 電気を消して、部屋の中が暗くなる。少しすると、翼がベットから出た。

 窓から外を眺めて、考え事をしているのだ、プリムが寝たかと思うと、翼はやっと落ち着いて考えることができた。


(窓から外だけ見る分には、そんなに元の世界と変わらないんだな。これからどうなるのか本当にわからないけど、今度はちゃんと頑張りたいな)


 元の世界で過ごした日々を思い返して、今度こそは人生を頑張りたいと願う。

 それと、子供の頃に言われたことを思い出した。


(目標を持ってか······今思うのは、プリムさんと出会えて良かったってことかな。軽率なことを言っちゃったけど『奴隷』からはやっぱり解放してあげたいよな、心の中で目標にするならいいよね······)


 翼が自分と向き合っている間、プリムも眠れずに胸がざわついていた。

 翼がベットから出る時も、ビクリと身体が反応するほど怯えていたのだ。


(確か男の人は、夜は野獣になるんですよね。野獣ならまだマシで、悪魔になる人も居るって聞いてます······この人は、どうなんでしょう)


 プラントで過ごした日々、その中で先輩達から聞いた話がプリムを不安にさせていた。

 中々眠りにつくことができない、怯えることはなく、平和な夜だったと気付いたのは、目が覚めた朝になるのであった。


(夜が恐いって、初めて知りました······)

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