第5話 恐怖する理由

 朝が訪れる、中々寝付けなかったが、いつの間にか眠りについていたプリムが目を覚ました。


(んっ、明るい。や、やばい、もう朝だ。うっ、翼様は起きちゃったかな?)


 プラントで教育された内容の一つに、『奴隷』はご主人様よりも早く目覚めなければならない、というものがあった。

 プラントでの生活で寝坊することはなかったのに、昨日は中々眠りにつくのができなかったため、いつもより起きるのが遅れてしまったのだ。


「おはようございます、プリムさんは良く寝れました?」


「す、すいません。寝坊してしまいました」


「え、別に、気にするほど遅くないと思うんですけど、今の時間は遅いんですかね?」


 時間を確認すると、朝の7時。そんなに遅くはないが、いつもは5時には起きる習慣になっていたのに。


「あの、『奴隷』は、ご主人様より早く起きるのがルールだったんです。本当は翼様が何時に起きるか聞いて、それよりも早く起きる筈だったのに······」


 夜に何かが起きる、そんなことが頭を支配していたプリムは、プラントで教育されたことなど一欠片も思い出せなかったのであった。


「あの、僕の前では、気にしないでください。本当に自由にしていいんで」


 扉を叩く音が、2人の会話を中断させた、店員が朝食を持って来たのか、それとも案内人が訪ねて来たのか。


「おはようございます、白崎様。良く眠れましたか、それと食事は美味しかったでしょう? この宿屋は、食事が美味しいと有名なんでね」


 扉から姿を現したのは、昨日の案内人、ドーガであった。

 今日は、妹のビネットの姿はなく、1人でやって来ていた。


 ――ドーガは昨日の帰り道、ビネットに一言「もう少し、やる気を出しなさい」と注意をしていた。

 対してビネットは「あの異世界人、暗いんだもん、私のテンションだと合わないでしょ。だから、空気を読んで静かにしてたんだけど」


 こんなやり取りから、兄弟喧嘩に発展してしまい、ビネットが来るのを拒む結果になっていたのだ。

 そんなことは翼には関係がなく、ドーガも話すことはしない。


「まぁ夜は楽しんだみたいですね、『奴隷』が寝坊するほどとは······」


 プリムの寝癖だらけの髪を見て、ドーガが勘違いをする。


「よくわかりませんが、ドーガさんが思ってることはなかったと思いますよ」


「え、そうですか? まぁ何方でも良いんですが、今日は今後の話と、能力測定をさせて頂きたいと思っております。着いてきて貰えますか?」


 みすぼらしい格好だが、今は着替もなく支度する必要がないのだ。

 『奴隷』は宿屋で待たせるように言われたので、ドーガが来て間もないが、翼はドーガに着いて宿屋から出て行くことになる。


(案内人に寝坊したのバレちゃった、大丈夫なのかな? 翼様は良い人だと思うから平気だよね、でも最初は良い人でも、変わってしまうって言ってたっけな······)


 宿屋に残されたプリムは、異世界人の事について、聞いていた話を思い出していた。


✩✫✩✫✩


 ――『青い果樹園』で過ごしていた時の話。


 一度出荷された『奴隷』は、買った主人によっては、返品されることがあるのだ。

 そして、返品された『奴隷』に共通しているのは、身体への傷や心への傷、何かしらの傷を負ってプラントへ戻って来ることであった。


 プリムが産まれてから10歳まで、共に育ち面倒を見てくれたのが、ビクレイ。プリムが、ビクレイ姉様と慕う家族のような存在だ。


 そのビクレイも、プリムが10歳の時に出荷されることが決まった。

 その出荷先が異世界人であり、ビクレイにとって不幸の始まりだったのだ。


 プリムが13歳、第7プラント内ではお姉さんになり始めた頃、ビクレイが返品されて戻って来る。

 出荷される前は、綺麗な腕に綺麗な瞳が2つずつあったのに······一つずつになって帰ってきた。


「ビクレイ姉様っ、腕と目がっ······」


 プリムはビクレイを見つけると、駆け寄り抱きついた。

 今までも傷ついて戻って来た『奴隷』を見てきたが、プリムにとってビクレイは特別で、正直受け止められないほどに痛々しい姿だったのだ。


「ただいまプリム、大きくなったじゃない。この後、皆の前で話さなきゃいけないからさ、その後ならいっぱいぎゅってしてあげるよ」


 返品された『奴隷』には、大きな役割が与えられる、それは自身が経験した恐怖を、他の『奴隷』達に植えつけること。


 『奴隷』にとって、この国に感謝する法律が一つだけある。それは『奴隷商は『奴隷』に手出ししてはならない』という法。

 その代わりに、戻って来た『奴隷』達が恐怖を与えることになる。それは、言うことをきかせる為に奴隷商が考えた策略であった。


「おいっ、これからビクレイが話をするぞ、全員集まってちゃんと聞けよ」


 マグズが『奴隷』達に集合を掛け、一段高くなった場所へビクレイが立つと、辛い3年間の話が始まる――


「皆ただいま、これから私が経験した3年間を話すわね」


 異世界人を初めて見た時の印象は、優しそうな人であったと言う。

 最初の半年、まるで自分を妻の様に扱ってくれて、楽しい生活をおくれていたのだが、些細なことで口論になった時に異世界人が一度手をあげる。


「私も調子に乗ってしまったの、この頃の私は『奴隷』じゃなく人だと思ってて、口ごたえもするし対等に接していたわ······」


 『青い果樹園』で教育された、『奴隷』としての振る舞いを忘れていたのが良くなかった。

 その時は反省して謝ると、従順な『奴隷』として心を改めた。


「その時から、もう優しい人に戻ってくれることはなかったの······」


 ストレス発散の捌け口にされ、暴力を振るわれる日々が続くと、私よりも異世界人が壊れていくように思えた。

 「何なんだこの世界はっ」などと叫び、怯えている日もあれば、「俺が王になってやる」と息巻いている日もある。


 異世界人に何があったのか、それはビクレイには判らない。

 その日は虚ろな目で家に戻って来た、そして「実験をする」と言って私を部屋から連れ出したのだ。


 私の腕に刻まれた『奴隷紋』この国の王から与えられる呪いが、実験の対象であった。

 腕を切り落とす事で、『奴隷紋』を無効に出来るのか? それが目的であり、立証できた実験であった。


「その後も、狂った様に暴力はエスカレートして、この目も失ったの。でも、ある日を境に異世界人が戻って来ることがなくなったわ」


 この先はビクレイの予想になるのだが、狂った異世界人は、国に背いて処刑されたのではないかと思っている。

 毎日その様な言動を叫んでいたので、あり得る話だと最後は締めくくった。


「ビクレイ終わりかっ? お前ら聞いたな、教育されたことをちゃんと守らないからこんな罰を受けたんだ。それを十分覚えておくんだぞ」


✩✫✩✫✩


(ビクレイ姉様と同じかもしれない、異世界人を信じたらダメなんだ······)

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