第82話 やり残しがないように

 まず向うのは『商業国家ミカレリア』、そこまでの道のりは大所帯であった。

 翼、ビネット、リュースの魔物の国へ行くメンバーと、プリム、プリメリーナ、メイレーナの家族、ヴァリアン、ハクトゥ、クマル、他にも奴隷商から奪った『奴隷』40名が『商業国家ミカレリア』へ行くメンバー。合計49名で移動することになる。


 重要な使命を受けてから数日。大人数の食料や移動手段など、旅の支度に数日の時間を要した。

 それと、この国でやり残したこと。少しでも罪を償ってから出発する。


 ――翼とプリムは、集合場所に指定されたメイレーナの邸宅へ向かっていた。


「翼様、やっぱり別行動って変な感じがしますね」


 タルケから聞いた、プリメリーナから魔法を教わる話。

 プリムは母へと確認すると、「プリムが良ければ教えたい」そう言われたのであった。


「うん、同じ家に住んでたから尚更かも······。そうだ、もう僕のことを様をつけて呼ぶ必要なくなったよね」


「そうですね。でも、翼様って呼ぶの嫌いじゃないんですよ」


「様はやめようよ。ずっと思ってたけど、僕達は対等なんだからさ」


 出会った当初も、翼は呼び捨てで良いと言っていたのだが、『奴隷』だからと断られていた。それを変えることが、『奴隷』から解放された今ならできる。


「それじゃぁ、翼君って呼ぼうと思います。どうですか?」


「呼び捨てでもいいんだけど、プリムが呼びたいように呼んでくれたら。うん、いいかな」


 皆が集まれば、2人だけで過ごす時間は当分訪れない。お互いいつも通りに接してはいたが、心の中では大切な時間だと思っていた。


「翼君っ。出発前に言っておきたいことがあります」


「は、はいっ。なんでしょうか?」


 突然プリムが勢いよく名前を呼ぶと、翼は緊張から敬語になっていた。

 大切な時間に何を言われるのかと。


「翼君は、普段慎重なのに、一度決めたらやり遂げようと無茶をする時があります。それと、油断してる時は言わなくていいことも言っちゃったりします。この先、どんな危険が待ってるのか分らないです······だから、また会えることを優先に、行動してほしいんです」


 プリムの言葉は、直すべき翼の欠点であった。

 それでも翼は嬉しく思う、心配して言ってくれたのが分かるから。それに、自分のことをよく見ててくれたんだと感動していた。


「うん。約束するよ、ちゃんとやり遂げて帰ってくるって」


 どれだけ時間が掛かるのか、無茶をしないでもやり遂げることができるのか――今はまだ分らない。

 だから約束は、『やり遂げ帰る』この言葉しか出てこなかった。

 でも、それが一番大切なこと。プリムもそう考え頷くと、これ以上は何も言わない。


「プリムのことは心配してないかな。出会った頃に比べると、大人になったっていうか、凄く成長したって思うからさ」


 奴隷商から外へ出て、色々な人と接する機会を得たプリムは、自分が思うよりも心が成長している。

 間近で見ていた翼は、誰よりもそう感じていた。


「そ、そうですか。大人っぽくなってるんですね······嬉しいです」


 話している内に、メイレーナの邸宅へと到着する。

 庭に大勢の人の姿が見え、プリムは赤い顔で駆け出していった。

 ――数日の間に、『青い果樹園』で共に育った者達との再会は果たしている。プリムは、大勢の中からビクレイの姿を見つけ安堵した。


 プリムがビクレイ達の元へいくと、翼はメイレーナの姿を探す。だが、大勢の人が集まる中には、家主であるメイレーナと、プリメリーナの姿が見えなかった。


✩✫✩✫✩


 その頃、プリメリーナとメイレーナは、奴隷商『青い果樹園』へと向い、マグズの元を訪ねていた。


「2人揃って、しかも堂々と来てくれるとは思わなかったのぅ」


 マグズは、プリメリーナが訪ねて来たことを吉報だと捉えていた。

 この先良い関係を築くため、人目に触れないよう自室へと案内する。


「あの······私はメイレーナ・ティディスです。あなたの奴隷商を襲撃したのは、全て私が計画し、実行しました。大変、申し訳ございませんでした」


「立派に育ったのう。お主に襲われるとはわしも思わんかった······商売とは奥が深いと、色々と考えさせられたぞ」


 メイレーナは、マグズのことを覚えてはいなかった。『青い果樹園』で過ごした記憶は殆どなく、母への罰など悪い印象から憎しみを膨らませただけ。

 対してマグズは、メイレーナのことをよく覚えている。能力が高く、プリメリーナが初めて産んだ女児。

 然るべき人へ渡るよう情報を流したのは、何を隠そうマグズの仕掛けであった。


「私は国を追放されます。『奴隷』への想いは変わっていませんが、私のやり方は間違いだったと気付かせてくれた人がいました。罪が消えるなど思いません、奴隷商も憎んでます······」


 複雑な感情が、言葉もちぐはぐにさせてしまう······。

 メイレーナは、持参した物をテーブルへ乗せ、話を続けた。


「私の全財産です。襲撃時、犠牲者が出ていると聞いています······使い道はお任せしますので、受け取ってください」


「こりゃ大金じゃのぅ、犠牲者の遺族に渡るよう手配はしよう。それと奴隷商を憎むか······そりゃ、わしの判断は間違えじゃないということじゃな。プリメリーナもその件できたんじゃろ?」


 マグズの問いにプリメリーナは首を傾げる。

 マグズの伝言、『真実を隠したことへの貸し』と『『商業国家ミカレリア』への紹介』。このことを、翼とプリムはプリメリーナに伝え忘れていた。


「ん? まさか聞いておらんのか······。プリムと白崎さんには必ず伝えるように言っておったというのに」


 何も伝わっていないことを察したマグズは、奴隷商を廃業することと、商人として再起した際に、『商業国家ミカレリア』と良い関係を築けるようプリメリーナに打診する。


「わしの感は結構当たるんじゃ。この先奴隷商は廃れていくじゃろう、襲撃を受けたことで他の奴隷商より先に気付けた。それに、ミカレリアとパイプを作れれば、わしが成功すること間違い無しだ」


 前向きな発言を聞き、プリメリーナは安心する。それと同時に、マグズには商才があるのだと再度気付かされた。

 全ての情報は知らなくとも、僅かな情報だけで先を読む。その力は、商売をするのに必要なもの。プリメリーナも心の中で、マグズの成功は間違い無しだと同意していた。


「プリムが伝言を忘れたお詫びで、一つ情報を残していきますね」


 この先、帝国からの侵略戦争が起きる。

 これが王の予想であり、この国は迎え撃つ準備に力を入れる。

 これだけの情報でも、マグズは何をすべきか上手に判断する。

 そう思うと、プリメリーナは帰ることにするのであった。


 大金と情報。これで罪が消えるわけではないが、今できる最大限の謝罪をした。

 『トゥーレイ王国』でやり残したことがないよう、メイレーナも前へと進む――

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