第29話 現れた魔獣

「ぷっ、へっぴり腰」


「あれは······この前居たプリムと、その主人ですかね」


 翼とプリムの跡をつけながら様子を見ていたのは、ミスティアと『奴隷』のルッコスであった。

 先に発見したのはミスティアだが、その後も気にする様子を見せるのはルッコスだ。動きがあまりにも不自然過ぎて、心配せずにはいられないのだった。


「ん、心配?」


「え、まぁ。あの姿を見せられたら心配もしますよ、誰かに引率して貰った方がいいのではないでしょうか」


「ん······ルッコスはここで見守っていて」


 ルッコスの発言を聞いたミスティアが、何かを思いついたようで、風のようにこの場を立ち去っていく。

 残されたルッコスは、翼とプリムに気付かれないように跡をつけるのであった。


 ――国を出て三十分ほど立ったであろうか、何も話さずに歩いていたが、プリムが一度声を掛ける。


「ふぅ、翼様。ちょっと、ちょっとだけ休憩しませんか? 緊張しすぎたのでしょうか、なんだか苦しくて······」


 国を出た後は風景に感動していたのだが、魔獣を意識すると、プリムも風景を楽しむどころではなくなっていた。

 魔獣と出会えば命のやり取りが始まる。そう考えた途端、呼吸の仕方も難しいと思うほど緊張してしまったのだ。


「だ、大丈夫? えっと、どうしよう······それじゃ背中合わせで休憩しようか」


 翼とプリムが足を止めていると、ルッコスの元にミスティアが戻って来た。魔獣の頭を手で鷲掴みにして、ミスティアは不敵な笑みを浮かべている。


「ミスティア様、な、何をするつもりですか?」


「実力見て、判断。いくよっ」


 ミスティアが捕まえてきたのは、翼とプリムが今後狙う獲物にする予定のプラティオンだ。そのプラティオンを翼の方へと投げ放った。


 翼が居る位置より少し離れて着地したプラティオンは、翼の姿を認識すると敵意を持って動き出した。

 魔獣は、人と遭遇すると襲いかかる習性を持っている。理由は解明されていないが、それが動物と魔獣の違いだ。


「プリムっ、ま、魔獣だ。少し離れてっ」


 翼の正面から襲いかかるプラティオン、翼は背中に居るプリムへ声を掛けると、前に出て迎え撃つ。


 プラティオンは、1メートルほどの体長に、鋭い牙を持つのが特徴だ。

 翼との距離が、あと3歩程度の位置から飛び掛かると、首元へ狙いを定め噛みつく気であった。


「ま、魔獣ですかっ」


 翼が魔物との識別のための声を掛けられたのは、プラティオンの動きが思ったよりも速くないと感じたからであった。

 全身に身体強化を巡らせるということは、眼球も強化される。それは動体視力が何倍にも強化され、プラティオンの動きを完全に見切っていた。


(返事はないぞ、攻撃していいんだよな)


 一瞬の思考のあと、翼は上段に剣を構える。そして、近づいてきたプラティオンに向け全力で振り下ろした。

 思ったよりも手応えがなく、プラティオンは真っ二つに斬り裂かれる。初めての戦闘は呆気なく翼の勝利に終わるのだが――


「うっ、うわぁっ」


 空中で斬り裂かれたプラティオンの血が、翼へと降り注ぐ。予想していなかった翼は、反応が間に合わなかった。


「つ、翼様っ。大丈夫ですかっ」


 大惨事に見舞われた翼へプリムが駆け寄ると、そこへミスティアの「水球」と発する声が聞こえてきた。


「おいっ、だ、大丈夫か?」


 びしょ濡れになった翼とプリム。駆け寄り心配するルッコスと、それを見て笑うミスティアが近くに居た。


「あっ、ルッコスさんにミスティア様」


 プリムの言葉を聞いて、翼は直ぐに目の前の2人が誰なのかを思い当たった。

 プリムがルッコスの話題をよく出していたのを思い出す。


(『奴隷』のルッコスさんと、主人のミスティアさんだったかな。良しっ、ちゃんと挨拶しなくちゃ)


「はじめまして、白崎翼です。宜しくお願いします」


「ん? 何を宜しくする?」


「いや、あの、僕達は新人なので。あ、挨拶です」


「············」


 ミスティアが、翼は何を言ってるのか判らないという表情をしていると、そこへルッコスが助け舟を出した。


「白崎様、遠目で随分と警戒している姿を見かけたので声を掛けさせて貰いました」


「そうですか······ありがとうございます。初めて国の外へ来たので、いつ魔獣が来るかと警戒していたんです」


 ルッコスが警戒している姿と言うと、ミスティアは先程の翼を思い出したのか「ぷっ」と吹き出している。


「今の動きを見る限り、草原に居る魔獣ならそこまで警戒しなくても大丈夫だと思います。ミスティア様もそう思いますよね?」


「ん。警戒、エアサークルでいい」


 ミスティアが自身の周りに風を創り出すと、小さな円から大きな円へと徐々に大きくしていく。


「えぇと、ミスティア様がエアサークルの手本を見せています。風の魔法で生き物を察知する方法です」


 ミスティアが父親から教わったエアサークルは、一般的に使われる魔法ではないのだが、風の適正が高ければ使えないこともない魔法であった。


「ん、練習。ルッコス行く」


 ミスティアが歩き出すと、ルッコスは翼とプリムに「失礼します」と言い、その後を着いていく。


(ミスティア様が他人に接するのは珍しいな。お父上から教わった魔法まで教えるなんて、2人を気に入ったのか?)


「ルッコス、安心」


「はい。異世界人は能力が高いって噂は本当でしたね」


 ミスティアは、翼とプリムを気に入っていた訳ではない。ルッコスが珍しく心配しているのを見て、協力しているだけであった。

 翼以外にも、『奴隷』などと思わない、大事な友として接している人がここにも居たのであった。


 ミスティアとルッコスが立ち去り、緊張の糸が切れた2人は帰ることにする。


「魔獣を持って帰らないとね······」


「そうですよね······血、血だらけですけど、わ、私達は魔獣ハンターです」


 こうして、魔獣ハンターとして初めての狩りは無事に終わった。

 まだまだ未熟な2人は、これから大きく成長していくのだ。

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