第30話 新たな任務

 『トゥーレイ王国』の諜報部が集めた国民の情報は、魔導具に集積される。その情報は、事件があった場合などに限り、調査員に公開されていた。


「次に調べるのは、えっと······ミ、ス、ティ、アっと」


 魔導具に名称を入れ個人情報を引き出しているのは、とある事件を調査することになったビネットであった。


「おっ、出てきたよぉ」


 魔導具に出てきた情報は、ミスティア・ウィルネクトという名称と、15歳という年齢。そして、父親がヴァンス・ウィルネクトという名称の人物であること。


「あっ、まぢか。見覚えがあると思ったら、ヴァンス様の娘さんだったか······」


 魔法の適性値や現在の職業なども情報として載っているのだが、父親のインパクトが強すぎてビネットは見るのを止める。


「こら、ビネット。私にも気づかずに何を調べているんだ」


「に、兄さん。い、いつから居たのさ?」


「出てきたよぉ、ぐらいか。今回の任務とその人物は関係なさそうだな」


 ドーガはミスティアの情報を見て、ビネットが魔導具を個人的に使用していることに気が付くと、批判するような顔つきで見ていたのだ。


「また真面目病がでたんじゃない? 一昨日帰ってきた時にはいい顔してたのに」


「真面目病ってのはなんだ······それより、諜報部の情報を私的に利用するのは誰だって咎めるだろう、見つかったのが私で良かったと思え」


 今回は全面的にビネットに非があった。ビネット自身もそれは分かっているため、これ以上駄々をこねずに謝ることにする。


「まぁいい、私も事件の内容は聞いてきた。それで、手掛かりになりそうな情報はあったのか?」


「『漆黒の魔女』の情報と、精神攻撃を得意としてる人物の情報は調べたよ。どちらの線もありえるよね?」


 2日前に起きた事件、新人監査官が何者かに殺害されていたのだ。

 丁度異世界人の案内が終わる時期だったことから、その調査を任されたドーガとビネット。この任務は、案内人の仕事とは比べられないほど危険な可能性がある。


「そうだな、手掛かりがない今は特定などできないからな。うちの新人を殺害した理由は何なのか······」


 新人監査官の死因は、はっきりとは判っていない。だが、外傷が見当たらないことから、何らかの精神攻撃によって精神を破壊されたものだと推測されていた。


 精神攻撃の使い手として、ドーガとビネットのボスは『漆黒の魔女』を警戒していた。そのため、調査対象に『漆黒の魔女』も入っているのだ。

 仮に『漆黒の魔女』が犯人であった場合、監査官を狙う動機もあれば、復讐という目的もある。


「とりあえず、二手に分かれて調査しようよ。私は精神攻撃についてと、その術者を調べるから、兄さんは『漆黒の魔女』の目撃情報を当たってみて」


「それは良いが、1人で無理はするなよ。この事件には本物の殺意があるんだぞ、我々だって経験不足は否めないんだからな」


 2人は、広く浅く情報を集めることから始める。手に入れた情報はお互いに共有して、有力な手掛かりを求めていくことにした。


 ――ビネットはドーガと別れ一人になると、下準備を始めるため、魔導具屋へ向かっていた。


(私からしたら兄さんの方が心配だって、人との距離感が解らないで恨みとか買わないでよ)


 考えごとをしているうちに、魔導具屋へと到着していた。

 魔導具屋へ来た目的は、万が一標的にされた時に、精神攻撃から身を守る手段を探してのことであった。


「店主さん、こんにちは。捜し物があるんのですが、精神攻撃を防ぐ魔導具って取り扱いあります?」


 店主は一度店の奥へ入って行くと、2つの魔導具を持ってきてくれた。

 1つは、精神攻撃を肩代わりしてくれる魔導具。もう1つは、精神への攻撃を遅延させる魔導具だ。


(完全に防げる魔導具はないのね、まぁお守りだと思って、2つとも買っていこ。兄さんの分も合わせたら4つか······)


 2種類の魔導具を買い外へでる。気休めと言っても、魔導具は安くない。買った値段分は仕事をしてくれよと思いながら、次の場所へと向うのであった。


✩✫✩✫✩


 その頃、翼とプリムは自宅の庭で訓練を行っていた。

 国の外へ出て魔獣を狩った経験は、自分達の実力でも通用することを知れた。それが自信にも繋がったのだが、慎重な翼の提案で今日1日は訓練にあてることになったのだ。


「やっぱりさ、探索系の魔法が使えるようになったら便利だよね。今日はミスティアさんに教えて貰ったエアサークルを練習したいんだ」


「はい。でも私、『風』の魔法に適性があるか解りませんよ」


 以前プリムは、『火』『水』『雷』『土』の4属性の適性がBあるのだと話していた。その他は、適性値を測ったことがないのだ。


「『風』は測ってないんだっけ。でも『癒』は僕より上手く使えてたし、『風』も期待できるんじゃないかな」


 やってみてのお楽しみだと言うと、翼が『風』の魔法を使ってみる。

 気を付けるのは、弱い風をイメージすることだ。お金のない今は、間違っても自宅を破壊したり、近隣への迷惑はかけられない。


「ふぅ、風は起こせたけど、円にしたり維持したりは難しいな」


 翼の『風』魔法は、自身から弱い風が吹くだけで、ミスティアのエアサークルにはほど遠かった。


「私もやってみます」


(ミスティア様がやってたのは、えっと、最初は自分の近くに風を創って、それを拡げていったんだ)


 プリムは目をつぶり、昨日のミスティアを思い浮かべる。

 すると、プリムの周りの草が揺れ始めた。


(草が揺れてる? うん、目をつぶっていても感じます)


 プリム自身から風が出ているのではなく、少し離れた位置に風が発生していた。その現象は、魔法を練習するうえで二段階目に行うことであったが、プリムは自然とやれているのだ。


(もう少し拡げてみようかな、円を大きくイメージして)


 ゆっくりと風の円が拡がると、翼の身体を風が捉える。


(ん? 草じゃない感触)


 そこでプリムが目を開ける。


「やっぱり翼様だっ、エアサークル使えるかもしれません」


「プリム凄いじゃないか、魔法は僕なんかよりも才能があるよっ」


 『トゥーレイ王国』では、恐ろしい事件が段々と拡がろうとしていた。

 それを知らない翼とプリムは、楽しみながら毎日一歩ずつ前に進んでいく。

 進んだ先に待ち受けていることなど、この時は知る由もなかった――

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