第54話 2人の誓い

 『青い果樹園』からの帰り、翼が屋台を見つけると、食事をしていこうとプリムを誘う。

 ここは、広場に幾つかの屋台が連なる、一般階級の人間が気軽に利用している食事処であった。


(こういう場所もあるんだな、プリムが喜ぶような食べ物があるといいんだけど)


 いつの間にか時刻は昼を回っていた、朝食も食べないで飛び出した2人は、悩んでいてもお腹は減っていた。


「えっと、僕はいつでも味方だからさ。腹ごしらえして一緒に考えようか」


「はい。頭が回らないのはご飯を食べてないからですね······うん、そうですよね。いっぱい食べて元気出します」


 何の肉か判らない串と、たくさんの具材が入ったスープ、パンのようなものにローストビーフのような肉が挟まったものを買い、外に設置されたテーブルへと持っていく。


「知らない食べ物を買うのも、たまにはいいよね」


「匂いは美味しそうですよ、ちょっと楽しみですね」


 から元気だとしても、話をしてくれたことに翼は安心する。プリムも無言で考えるより、翼と会話をしていた方が落ち着いて答えが出せるような気がしていた。


 買った物にあれこれ言いながら楽しく食事ができると、プリムは少し元気が湧いてきた。

 自分は割と単純なんだなと思い、可笑しくなる。


「どうかした?」


「いや、何でもないです。お腹がいっぱいになったら元気が出たなって、そう思っただけです」


「そっか、それは良かった。ちょっと飲み物を買ってくるよ」


 翼が席を立つと、プリムは今後のことを考え始める。本来ならば、『奴隷』である自分のことなど気にする必要はないのに、翼はプリムのことを優先するだろうと予想ができた。


(お母さんにも、お姉ちゃんにも会ってみたいけど、少し恐い気もするな。お姉ちゃんは第7騎士団の団長って言ってたから、会おうと思えば会えるんだろうけど······)


 会ったら本格的に事件に巻き込まれる、そう考えると会うべきじゃないと思ってしまう。


(ミスティア様との約束もあるし、今は魔獣ハンターのランクを上げなきゃいけない······やっぱり、翼様に迷惑はかけられないよ)


 飲み物を買ってきた翼は、プリムの顔がまた少し暗くなっていることに気が付いた。


「はいっ、お待たせ。なぁプリム、1人で考えるのも大事なことだけどさ、僕には相談していいんだからね。それにね、僕が一緒に考えたいって思ってるから」


「ありがとうございます。それじゃぁ、もう少し考えが纏まったら翼様に相談します」


「うん、分かった」


 飲み物を飲み終わると、帰ることにした2人。

 帰り道に門が見えてくると、プリムが「折角だから狩りをしよう」と提案したが、集中できない状態では危険だと考えた翼が「今日は止めておこう」と断るのだった。

 その後は、会話が弾むわけもなく家までたどり着くと、翼は日課の訓練、プリムは家の掃除に、自然と取り掛かかっていた。


(プリムなら家族に会いたいってきっと思ってるよな、僕に迷惑が掛かると思って言えないのかな?)


 剣を振っていても、考えごとに意識が向くと動きが止まってしまう。


(男の僕だと相談しづらいとか、多少はあるよな。ビネットさんに相談しようか······う〜ん、でも頼り過ぎだよな)


 考えに詰まると、剣を振るう。もう訓練がメインなのか考えごとがメインなのか分からなくなっていた。


(アドバイスをするにも情報が少ないんだよな。有名人でも僕は知らない人ばかりだし······それはプリムも同じなのかな?)


 翼は、プルメリーナやメイレーナ、この国で有名な人物の情報ぐらいは知っておきたいと考える。

 その情報を知るには、やはりビネットに聞くことが手っ取り早いと思ってしまう。


(はぁ、やっぱり僕は頼りないよな。どうしたら、プリムの力になってあげられるんだろう)


 一方、プリムも掃除に身が入らない時間が続いていた。


(私が結論を出さないと前に進めないんですよね。あぁ、翼様にも迷惑になっちゃいます)


 プリムは、帰る間にも考えたことがあった。

 それは大きく2通りの選択肢に絞ったもので、1つは居場所が判るメイレーナへ会いに行くこと。もう1つは、マグズが言っていた「プルメリーナが必ず会いに来る」という言葉を信じて待つという選択であった。


(お姉ちゃん······メイレーナ様に会えれば、ビクレイ姉様の話も聞けるかもしれない。でも何だろう、会うのは今じゃない気がするんですよね)


 何で今じゃないと思うのか。まずは、その答えを考えてみる。

 少し前にも考えた、ミスティアとの約束のためにもハンターランクを上げる。それも理由の1つだと思うが、他にも何かある気がするのだ。


(メイレーナ様は第7騎士団の団長、私はただの『奴隷』。凄く身分に差があるから、会いたくないって思うのかな?)


 自分がただの『奴隷』だからと考えるのは、自分らしくないと思う。これも違う、『奴隷』だから劣っている何て考えたことはなかった。


(同じ『人』としてだったら、メイレーナ様と私、何が違うのかな······)


 地位の差は仕方がないとして、他に違う所を考える。


(メイレーナ様ってどんな人なんだろう、第7騎士団の団長ってことしか知らないんだよね。でもきっと、凄く頑張ったから団長になれたんだと思う)


 何となく答えが見えてくる――


(私は生きるだけで精一杯だった、でも今は頑張り始めたよね。翼様と2人でだけど、頑張ってるって言えるもん)


 プリムは、『まだ頑張り始めたばかりだから、ちゃんと成長できてから会いたい』これが答えだと辿り着いた。

 自分らしい、前を向いた答えに辿り着けると、心が晴れた気がする。


(良しっ、早く掃除を終わらせて夕食を作るぞ。その後、翼様に相談しよう)


 ――夕食を食べ終わると、プリムは考えたことを翼に全て話してみる。


「うん、プリムは頑張ってるよ。それにしてもプリムは凄いね、1日も立たない内にそんな考え方ができるなんてさ。本当に尊敬するよ」


「尊敬だなんて、もう褒め過ぎですよ。明日からは魔獣ハンターのお仕事、頑張りましょうね」


「うん、一緒に頑張ろう」


 プリムの答えを聞いた翼は、情報収集をして少しでも力になれることをしようと心に誓う。

 プリムは、家族と会う日がいつなのか解らなくても、それまで精一杯頑張って、今よりも成長した姿を家族に見てもらおうと心に強く誓うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る