第43話 手近な目標

 痛みはあまり変わらなくても、元気よく朝の訓練をする翼。原因が分かると、痛みよりも身体を動かしたい想いの方が勝っていた。


(肉体を動かすのは大丈夫そうだ。それにしても魂痛か、やっぱり異世界だと変わったことが起こるよな)


 最初のうちは、身体強化はせずに筋肉トレーニングや体力作りをしていた翼であったが、魔力を使うと変化があるのかを試すためにも身体強化を使ってみる。

 身体強化した状態での訓練も問題なくできた所で、プリムから朝食を食べようと声が掛かった。


「どうですか、身体の調子は?」


「身体強化もできたし、大丈夫だと思う」


 翼が大丈夫だと言うと、プリムは安心して、ビネットから聞いた話を、とっておきの情報として話し始めた。


「魔獣ハンターの話なんですけど、良いことをビネットさんに教えて貰ったんです。聞いてくれます?」


 ビネットの情報とは、今の季節が繁殖期だと考えられている魔獣が、森の奥から草原付近まで狩りの範囲を広げることで、草原の近くでも遭遇することができるという情報であった。

 しかも、その魔獣が高値で売れるらしい。

 この情報は、魔獣ハンターをやっていれば誰でも知ることができるのだが、翼とプリムにはとっておきの情報だ。


「へぇ〜、普段は森の奥に行かないと狩れない魔獣か。いつもよりは危険度が下がるって感じかな?」


「そうかもしれませんね。でも翼様、一獲千金の匂いがしませんか?」


「確かにね。でも僕達は森の中に入れないんだよ、まずはランクをもう1つ上げないと」


 元々草原の魔獣では手応えがなかったことで、プリムは魔獣に対して警戒心が薄れていた。

 翼はプリムの心境を感じ取り、自分が安全を確保しなければと強く思う。だが、積極的に上を目指すプリムと慎重に行動する翼、実にバランスの良いコンビであった。


「良しっ、今日も狩りに行って早くランクをあげようか。繁殖期に間に合うかわからないけど、ランクが上がったら狙うか考えよう」


「はいっ。それじゃ、まずは手押し車を回収しましょう。でも、見つからなかったら弁償ですかね······」


 手押し車のことは忘れていた翼。意外としっかり者のプリムと、意外と抜けている翼、そういう所も相性の良いコンビだと言えるのであった。


 ――2人は朝食を食べ終わると、ランクをいち早く上げるために、国の外へと魔獣を狩りに向う。

 そして国の外へとやってくると、1日以上放置している手押し車が、まだ同じ場所に残っていることを願って草原を進むのであった。


「翼様、ありましたよっ。良かったです、これで弁償は免れました」


 エアサークルでいち早く見つけたプリムが安堵の溜息をつくと、翼が来る途中で考えたことを話し出した。


「よかった。それじゃ、今日からは全力で魔獣を狩っていこうか。でも一つ約束して欲しいんだけどさ、お互い辛くなってきたら正直に話すこと。どうかな?」


「分かりました。それじゃぁ私は、たくさん魔獣を見つけるのを頑張りますね」


 翼が全力で魔獣を狩る、と言ったことには幾つか意味があった。

 1日で狩れる量が分かったら、ランクが上げられるまでの日数も計算できる。そして、ランクがいつ上がるか分かれば、繁殖期で草原の近くに来てる魔獣を狩るのに間に合うのかも判断できる。

 後、繁殖期がいつまで続くのかはハンター組合で聞いてみる予定だ。

 それと、自分達の限界を知っておきたいのもあった。先日の闘いもそうだが、予期せぬ出来事に巻き込まれたりと危険はつきまとう。その時に自分の限界を知らなければ、危険を回避することができないと翼は考えたからだ。


 ――プリムがエアサークルで魔獣を見つけ、翼が魔獣を倒す。いつもの連携を夕方まで続けると、合計で18体の魔獣を狩ることができた。1日で18体は、2人の最高記録だ。


「今日はここまでにしようか。プリムはどう、疲れとか魔力に異変とかない?」


「全然大丈夫ですよ。魔法も使いっぱなしじゃないので、まだまだ使えると思います。身体の不調で言うなら、凄くお腹が空きました」


「確かにお腹は減ったね······明日からは、お弁当を持参しようか」


 お腹が減ったのは、単に昼食を食べていないのと、良く運動すればお腹が減るものであって、普通のことだ。

 翼は、自分達の限界を知るには、もっと過酷な状況が必要だと考えると、喜ばしいのか残念だったのか、複雑な気分になっていた。


 ――狩った魔獣の売却と、手押し車を延長分の料金を含めて返却して家に帰る。

 家に帰る途中、ハンター組合へ寄ることを翼がプリムへと話していた。


 ハンター組合へと入ると、受付にいつもの女性を発見する。

 魔獣の情報を聞きに来た翼は、受付へと真っ先に向かって行く。


「すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですが······」


 繁殖期で森の奥から出てきている魔獣について話を聞けるか質問すると、色々な情報を教えて貰えた。

 魔獣の名称はバッディオ、成体は2メートルほどの大きさで、四足歩行、背中には棘が生えており、尻尾の先端は丸くなっている。

 背中の棘は鋭く危険なことと、尻尾の先端は硬く、武器のように使ってくる。この情報も付け加えて教えてくれた。


「森から出て来ないとは言いきれないからねぇ、この時期は要注意だよっ」


「因みに、繁殖期っていつからいつまでなんですか?」


「え〜とねぇ、2週間後辺りから1ヶ月間かな。門にもバッディオ注意の看板が立てられるから、すぐ判ると思うよぉ」


 話を聞き終わり、お礼を言って組合を出ると、翼は頭の中で計算をする。


(1日18ポイントなら、10日で180ポイントだから、17日ぐらいでランクを上げるポイントは稼げるな······)


「ねぇプリム、今日のペースなら17日ぐらいでランクを上げられそうだからさ、とりあえずバッディオの繁殖期間には間に合いそうだよ」


「そ、そうですか。間に合うのは良かったんですけど······あのぉ、バッディオって魔獣の話を聞いたら、なんだか恐くなりません?」


「まぁそうだよね、今まで遭遇した魔獣とは危険度が全然違うと思うし······最初に話していた通り、バッディオを狙うかどうかはランクを上げながら考えようか?」


「はいっ」


 プリムの勇敢なのに臆病な所も、翼は良いなと思っていた。自分だって同じだ、怖くても勇気を出して先に進みたいと思う。

 2人なら、お互いを励まし合って前に進める。それはゆっくりでいいと、目の前にある目標を一歩ずつ達成していこうと、そんな風に思える1日であった。

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