第42話 魂の痛み

 翼が能力を発現した翌日。いつもの起床時間がきても、翼はソファーから起きることができないでいた。


(痛っ、な、なんだ、変な痛みがあるぞ。それに······もの凄くダルい)


 この家に住んでから1ヶ月は経過していたが、ベットを購入する余裕がない翼は、ソファーで眠る生活を続けていた。

 寝転がった姿から起き上がることもできず、どの部分が痛いのかも良くわからない。せめて痛みはどこなのかと、自分の身体に意識を集中する。


(翼様は起きてるかな。今日はビネットさんの様子を見て、手押し車も取りに行かないといけないですよね)


 2階から降りてきたプリムが、今日の予定を考えながらリビングへと入っていく。

 するとプリムの視界に、まだソファーで寝ている姿の翼が映る。


(翼様が起きてないのは珍しいです。ここに住んで初めてかもしれませんね)


 まだ寝ていると勘違いしたプリムは、音を立てないように台所へと向かっていく。冷蔵の魔導具からフルーツジュースを取り出すと、テーブルへと持っていった。


(たまには翼様の寝顔を見るのもいいですよね、昨日はたいへんだったし私もゆっくりしようかな)


「うわっ」


 油断していたプリムが、思わず声をあげた。翼の寝顔を見るつもりが、普通に目があってしまったのだ。


「あっ、おはようプリム。ちょっとさ、起きてたんだけど全身が痛くて」


「えっ、どこか怪我をしていたのですか?」


 翼自身も今さっき思い返していたことを、プリムにも伝える。

 昨日の戦闘中は、運が良かったのか打撃を受けることはなかった。考えられるのは、白い蛇に精神を攻撃されたことだけだ。


「そんなことがあったんですか······私のせいで翼様を危ない目にあわせちゃいました、ほんとにごめんなさい」


「プリムは悪くないよ。結果を見れば良いことだらけなんだし、逆に褒められることをしたんだって」


 元々今日は、ビネットの様子を見るために病院に行く予定だ。そのついでに翼も見て貰うことにするのだが、直ぐに動くのは無理そうだ。

 午前中はゆっくりして、午後から病院へ行くことにした。


「掃除ありがと。なんとか支度できたから、ご飯食べたらビネットさんの所に行こうか」


「はい、もし辛かったらおんぶしてあげますから。遠慮しないでくださいね」


 ――翼は、プリムの申し出は受けずに自分の足で歩き出した。痛みよりも、恥ずかしさの方が勝ったようだ。

 少しだけだが後悔もあった、歩く度に神経を刺激されるような痛みが襲ってくる。


(ふぅ、やっと着いた。これ治らなかったら辛いぞ)


 病院に入るとビネットが居る個室へと向う、その後に翼のことを診て貰う予定だ。

 ドアをノックすると、中から女性の声が聞こえてきた。


「どうぞぉ〜」


「失礼します。ビネットさんっ、意識戻ったんですね。あぁ、良かったですぅ」


 個室へ入ると、プリムがビネットに駆け寄り安堵の息が漏れる。

 ビネットは、その姿を見ると愛おしくてしかなかった。手が自然とプリムの頭を撫で、助かったことに感謝していた。


「兄さんがね、今日プリムちゃんが来るって教えてくれたの。でも、もっと早く来るって思ったのになっ」


 病院へ来るのが午後になってしまった理由を説明すると、ビネットはやっと翼へと意識を向けた。


「それなら早く先生に診て貰おうよ。私は助けて貰ったのに、翼に何かあったら意味ないでしょ」


「そうですね。ビネットさんの元気な姿が見れたし、僕は先生の所に行ってきます」


「ねぇ、翼。これからは友達として翼って呼ぶことにしたから、いいよね?」


 翼は頷くと、先生の所へ行くために部屋から出る。その姿を見届けると、ビネットは自分の言葉に顔が赤くなっていないか不安で、プリムの顔を見れなかった。


「ビネットさん。ビネットさんは痛みってないんですか?」


「う、うぅん、大丈夫だよ。ちょっと怠いかなってだけ」


「翼様と症状は違うんですかね。翼様は、身体中の神経がチクチク痛いって感じらしいんです」


 翼の症状を聞いて、思い当たる節があったビネットは、「たぶん大丈夫だと思うけど、先生の診断を待とうか」と言って話題を変えた。


「まさかさ、私の意識がない内に事件が解決して、しかもプリムちゃんと翼まで巻き込まれてるなんか思わなかったよ。何があったか、その辺教えてよ」


「私がいけなかったんです。争ってるのを見つけちゃって――」


 プリムが覚えたエアサークルのことを話すと、ビネットは凄く驚いていた。

 その後も、会うことがなかった1ヶ月の時間で、何があったかなど2人の話題は途切れることなく続いていくのだった。


 一方翼は、待合所の椅子に座り大人しく自分の番がくるのを待っていた。

 それなりの時間を待つことになったが、やっと翼の順番が回ってくる。


「あれ、ビネットさんの所へ昨日来られた方ですよね?」


「はい、白崎翼です。実は今朝から身体が痛くて――」


 翼が症状を説明すると、昨日の件と合わせて考えたミルスタットは、直ぐに原因を思いついていた。


「白崎さん、昨日は特殊能力を多用したんじゃないですか?」


「多用と言うか、初めて使えるようになって、昨日は2回使った感じですね」


「そうですか。白崎さんは、名前からして異世界から来た方ですよね? じゃぁ、特殊能力と合わせて痛みの原因をお話します」


 ミルスタットが知る限りで、特殊能力がどのように使われるかを翼に説明する。


 『火』魔法など一般的に使用できる魔法は、身体の中にある魔力を変化させて使用するのだが、特殊能力は一般的な魔法より一工程多い。

 魂に宿る能力を引き出し、身体の中にある魔力を使用して特殊能力の発動へと変化させる。『魂に宿る能力』これを引き出すことが一工程多い理由であり、万人に使うことができない理由でもあった。


「特殊能力が『魂に宿る能力』だってことは理解して頂けましたか?」


「は、はい。何となくですけど、イメージはできます」


 目に見えない魂の存在を、理解できたとは言い難い翼であったが、イメージだけは膨らませて話の続きを聞いていく。

 ミルスタットが続いて話すのは、痛みの原因が魂にあるというものだ。


 魂を鍛える手段はほぼ解明されていないと前置きをしてから、唯一解っているのが特殊能力を使うことだとミルスタットは話し出した。

 そして、特殊能力を使えば使うほど、能力の発動時間や効果も成長していく、そのような研究結果が出ているのだと言う。


「痛みの原因ですが、えぇと、筋肉痛はわりますよね。原理は同じだと思ってください。魂も鍛えれば破損して、治りと共に強くなる。白崎さんに起きている痛みの正体は、これだと思います」


 但し、過度のトレーニングで筋肉を痛めるのと同様、翼の状態は魂が怪我をしている可能性も考えられる。今は安静にして、ゆっくりと魂を鍛えれば、特殊能力を上手く使えるようになるのではと付け加えた。


「そのうち治るってことでいいんですかね?」


「3日もすれば、痛みはひくと思いますよ。私も数人しか診たことがないので、個人差はあるかもしれまさせん。もし症状が良くならなかった場合は、もう一度来てください」


「分かりました。今日はありがとうございます」


 特に治療することもなく診察が終わると、ビネットとプリムが居る部屋へと戻っていく。部屋に近づくと、扉の外でも楽しそうな話し声が聞こえてきた。


「あっ、おかえり。翼どうだった、魂痛ってやつなんじゃない?」


「魂痛、あぁそれなのかな。筋肉痛みたいなものだって言われました」


「やっぱりね、これから翼はどんどん強くなると思うよ。うんうん、能力値も良くて特殊能力も有能なら、将来有望なのは間違いなしだね」


 翼は、ビネットの言葉を聞くと何だか照れくさくて「そんなこと無いです」と謙遜する。でも、本心では嬉しくてたまらなかった。

 痛みの原因が強くなれることに繋がると聞いて、嫌な痛みが心地良く思えてくるほど喜んでいたのだ。


 この日は、ビネットの病室で長い時間を過ごすと、帰ってからも無理をせずにゆっくり過ごす。

 朝の不安は解消され、希望が一段と大きくなって明日がやってくる。翼は、そんな良い気分で眠りにつくのであった。

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