第41話 憧れと嫉妬

 プルメリーナの手を取ったヴァリアンは、少し照れくさそうに微笑んでから、プルメリーナのエスコートで踊り始める――


「どうして、どうして私を選んでくれたの?」


 音楽に乗せ優雅に踊るのも楽しかったが、見たこともない魔法を使う女の子が、自分を誘ってくれたことに興味が湧く。

 それに、同年代の少女が相手なら、尚更お喋りしたいと思うのが普通であった。


「それは、ですね······お友達になりたかったから、です」


 数分前、ヴァリアンへと手を差し伸べる姿は、まるで王子様のように格好良かった。王子様とは言わないとしても、綺麗で格好の良いお姉様、そんな印象であったのだ。

 それが、今目の前に居るのは普通の少女だ。


「お、お友達っ。私もなりたい、是非お友達になりましょう」


 印象が変わったことなど、ヴァリアンにとってはどうでも良いことであった。この少女とお友達になりたい、その思いで頭がいっぱいなのは、ヴァリアンも普通の子供だという証拠だ。


 音楽が鳴り止むと、プルメリーナの出番は終わりを迎える。


「あの、これ。あげるね」


 プルメリーナが別れ際に、『影』魔法で黒い薔薇を創りヴァリアンへと渡す。


「えっ、ありがとう。薔薇創れるんだ······」


「とても白いあなたには、黒い薔薇が似合うかと思って。それに、さっきの白い薔薇が凄く綺麗だったから、そのお返し」


 ヴァリアンは、最後に挨拶をするプルメリーナを見つめながら考えていた。


(素敵な子だな。格好良くて大人っぽいと思ったら、可愛くって子供っぽいんだもん。それに魔法の腕も凄いよ、私もプルメリーナちゃんみたいになりたいな······)


 ――ヴァリアンの中にある、プルメリーナとの出会いの記憶。この記憶だけは鮮明に思い出せた、素敵な少女と友達になった日、初めて他人へと憧れる気持ちを知った、特別な時間。


 この後の記憶は曖昧だ。『光の一族』の代表がタルケであったこと、『光』魔法を使ったパフォーマンスは凄かったが、どこか下品に感じたこと。

 そして、その帰り道。大人達の言葉がとても不快であったこと。


「固有魔法ばかり使いおって、ヴァリアンも『白』魔法を使っておれば負けておらんわっ」


「影と踊るなんて気持ち悪かったわよ、『影』魔法なんてほんと不吉よね」


「滅びる一族が目立ちやがって、一族総出でのパフォーマンスなんか趣旨と反するだろう」


 嫌でも、大人の声が頭に入ってくる。


(『白』魔法は秘密だって、伯父さんが言ったんだよ。『影』魔法、私は素敵に見えたのに。踊り楽しかったよね、交流会なんだからいいんじゃないの? それに私って······負けていたんだ)


 会場では終始良い気分だったのに、家に着くまでには嫌な思い出へと変わってしまった。


 ――この日以降、子供の2人が会う時は訪れなかった。だが時折聞くプルメリーナの噂と、大人達の不快な音だけが記憶に残る。


 ヴァリアン自身も大人になり、プルメリーナとの再会は必然的にやってくる。

 その時には、既にプルメリーナは魔女と呼ばれ自分よりも高位な存在になっていた。

 周りから慕われ、認められるプルメリーナを見ると気付くことがあった。自分の中にも、あの日見た大人達のように、黒い感情が渦巻いていることに。


(私だって頑張ってきたのに······貴女ばかり)


 友達との再会を喜ぶよりも先に、嫉妬の闇に呑まれていく――


✩✫✩✫✩


「私も嫌な大人になったものね。認めて欲しいってのは間違い、隣に居たかったが正解かしらね······もう私にも判らないわ」


「············」


「まぁ簡単に言えばね、プルメリーナより上に立ちたかったのよ」


 ヴァリアンは、開き直った訳ではないが起こした事件の真相を語りだした。

 プルメリーナより上に立つ、最終的な目的は自身が階級1になること。そのために、階級1を持つヴァンスを狙ったのだと言う。

 そして、自身の特殊能力『白』魔法が精神攻撃だと話し、ヴァンスの精神を不安定にするのが目的で、娘であるミスティアを襲っていた。


 ビネットの件は、真相へと辿り着く前に口を封じた。その前の犠牲者は、共犯者が口を滑らせ過去の犯行を知ってしまったから殺害したのだと言う。


「プルメリーナの目撃情報があったからね、私が精神攻撃で殺害したわ。またプルメリーナに罪を着せようと考えたの」


 ヴァリアンは、話していてふと気付く。善悪の区別がつかないほど、狂っていた自分に。


「これが真相よ、過去の話もする?」


「あぁ、頼むよ······」


 20年前の事件が起きた時、そこに居た人間は、プルメリーナを除き全て共犯者であった。

 プルメリーナを怒らせ、全員で制圧する。ヴァリアンが話した計画は単純なもので、少しでも鬱憤を晴らせれば良いと思わせていた。

 だが実際は、第8騎士団長のルーシル・フェルクトルをヴァリアンが『白』魔法で殺害し、プルメリーナに重い罪を着せたのであった。


「他の共犯者は私に騙されたようなものよ。許されないだろうけど、罪は軽くならないかしら?」


「どうだろうね、今の話はちゃんと伝えるよ。後は王の判断かな」


 共犯者の名前も漏らさず語り、タルケが白状させなければならなかった情報は、ヴァリアンが自ら話して聞かせた――


「僕から質問してもいいかい? プルメリーナの目撃情報は君が作った嘘ではないのか?」


「あなたにとっては残念だろうけど、目撃情報の件は関わってないの。プルメリーナが復讐に来てたら、本当に恐いわね」


 先ほどまで、淡々と語っていたヴァリアンの表情に変化が見える。プルメリーナが復讐に来るのが嬉しいのか、いやらしい笑みが零れてしまった。


「そんなに嬉しそうな顔をしないでくれよ、僕が恐くて眠れなくなってしまうだろう」


「私は階級1には到底及ばなかったけれど、プルメリーナは違うもの。あの日のダンスのように、今度はこの国の全ての人と踊ってくれるわ。その場に居ることができない私は、選ばれることができないけれど。代わりにタルケ、あなたがきっと選ばれるわよ」


「もう止めてくれ、プルメリーナの話はここまでにしよう。最後に、君も知ってると思うが、大罪人にも選択肢が与えられる。『奴隷』になるか死を選ぶかだ。ヴァリアン、君はどちらを選ぶんだい?」


「決まっているじゃない、こんなに罪深い私が生きていて良いと思うかしら······私は喜んで死を選択するわ」


「そうか、罪深いのは覆らないけど······王に問われる日までに、君の考えが変わることを僕は祈っておくよ」


 ヴァリアンが起こした事件は解明され、ヴァリアンの運命も残すは王の裁決のみとなった。


 自身の罪と運命を受け入れたヴァリアンよりも、悲しげな表情でこの場を去るタルケは、ヴァリアンの運命が変わることを祈ることしかできない。

 虚しい想いだけが、この場に残されていた。

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