第40話 ヴァリアンの思い出
王が住む城の地下、ここには特別危険な者を捕らえておく地下牢がある。
タルケがヴァリアンを王の元へと連れて行くと、王の呪術でヴァリアンは魔力を封じられる。その後に連れてこられたのが、この地下牢であった。
牢の中には、寝かされた状態のヴァリアンの姿があり、鉄格子を隔てた向こう側からは、タルケが見つめていた。
――半日以上の時間、タルケはただ見つめている。タルケとヴァリアン、そしてプルメリーナには、半日の時間など一瞬に感じるほどの永い時を、この国で生活した過去がある。
「目が覚めたかい、ここが何処だか判る?」
タルケへ言葉を返す前に、自身の置かれた状況を確かめるヴァリアン。ここが牢獄であることは見て直ぐに理解したが、魔力が上手く使えないことには頭を悩ませて――
「やっぱり王様は偉大なのね、私の魔力も簡単に封じることができてしまうなんて、ほんと自信を失くしてしまうわ」
「僕が世界一尊敬する人だからね。でもヴァリアンが偉大だなんて言うと、明日は嵐かな」
和やかに話しているのは、別に何か思惑がある訳じゃない。
ヴァリアンの心は、この状況でも穏やかなのだ。王に呪いを掛けられ、牢獄の入れられることは人生の終わりを意味する。何もかも終わるということは、嫉妬に狂った日々も終わるということであった。
「なぁ、ヴァリアン。君はどうして止まれなかったんだ、何でも手に入る地位には居たじゃないか······プルメリーナに酷いことまでしてさ」
「止まれなかったか。そうね······」
ヴァリアンが止まれなかった理由。それは、プルメリーナ・サスティヴァの存在が全てであった。
長い長い時間を嫉妬していたことが頭を過る。今回の事件も、階級1へ上り詰めることが目的で、それが唯一プルメリーナを超える方法だと信じていた。
プルメリーナよりも、自分の方が優れていると認めて欲しかった。
「認めて欲しかったのよ、私の存在を――」
「認めて欲しかった。ヴァリアンを認めている人間は居ただろう······誰に認めて欲しかったんだよっ」
ヴァリアンは記憶を遡る。
タルケに「誰に」なんて問われなくても、判っている。認めて欲しい相手との出会いを――
✩✫✩✫✩
ヴァリアンがこの世に生を受けてからの、最初の転機。それは、ヴァリアンに『白』魔法の才能があると判った時だろう。
この時期、『白の一族』に産まれた者でも『白』魔法を使える者は誰一人いなかった。
魔法の適正値も高く、『白』魔法までも使えるヴァリアンは、一族の期待の星となったのだ。
ヴァリアンは日々の努力も重なり、10歳という若さで、魔法の腕なら一族でも上位に入るほどの実力を手にしていた。
そしてこの10歳の時に、3つの一族が揃う会場で出会ってしまう、プルメリーナ・サスティヴァという、本物の魔女に――
この日、『白の一族』の面々は、上機嫌で会場へと入っていく。
その中心に居たヴァリアンも、一族のいつになく楽しい雰囲気に、自身も心を踊らせていた。
(ちょっと緊張しちゃうかな、今日は一族の代表で魔法を見せるんだもんね。でも頑張ってきたし、楽しみの方が大きいよね)
会場へ入ると、『黒の一族』が端の方に数人居るのが目に入る。
この時代、『黒の一族』の人数は減少傾向にあり、存続の危機に瀕している一族なのだと、ヴァリアンも聞き及んでいた。
(あれが『黒の一族』かな。髪の毛を見ればどの一族か判るから便利よね)
この時はまだ、プルメリーナの存在を意識することはなかった。年の近い女の子が1人居るな、と思う程度だ。
遅れて会場へと入って来たのが、『光の一族』だ。その出で立ちは派手で目立っていた。金色の髪が、光を放っているように輝いて見える。
3つの一族が揃い、交流会が始まった――
一族間の交流を目的とした会だけあって、まずは食事を楽しむことになる。立食パーティーのような会場を、大人達がうろうろしながら楽しんでいた。
その姿を見て、ヴァリアンも誰かに声を掛けようかと思い辺りを見渡していると、大人達に「ヴァリアンの出番はまだ先だ」と、止められてしまった。
時間が経過し、場の空気もあたためられると、ヴァリアンの出番が近づいてくる。すると、大人達の雰囲気が変わっていく。
ヴァリアンを他の一族へ紹介しなかったのも、大舞台で始めてお披露目するのが大人達の目的だったのだ。
「ヴァリアン、あなたの素晴らしい魔法を見せてあげなさい」
一族から代表者が1人、優れた魔法を披露していく。最初に披露するのは『白の一族』からであった。
人々が円になると、代表者はその中心へと向かい名乗りを上げる。
「皆様、『白の一族』代表のヴァリアン・ミリーノです。10年と短い間ですが、研鑽してきた魔法、是非とも楽しんでください」
予め決められた口上を終えると、ヴァリアンは魔法を披露する。
まずは、『雷』魔法を床一面へと創り出す。次に『火』魔法を『雷』魔法の上に幾つか創る。すると、『雷』魔法は薔薇のつるに見え、『火』魔法は薔薇の蕾のように見えてきた。
(ふぅ、ここまでは大丈夫。次からが本番よ)
ヴァリアンが『火』魔法へと集中すると、蕾が段々と開き、綺麗な紅い薔薇が咲き乱れた。
(良しっ、魔法操作は完璧。最後は出力を最大にして)
紅く咲き乱れた薔薇では終わらせない、ヴァリアンは『白の一族』の代表なのだ。
ヴァリアンが魔力を込めると、赤い炎はより高温となり、白い炎へと変わっていく。すると、紅い薔薇から白い薔薇が咲き乱れた景色へと変わっていくのであった。
目を瞑り集中するヴァリアンに、大きな拍手が聞こえてくる。魔法の披露が成功したことを実感すると、ゆっくりと魔力の供給を減らし、無事に披露した魔法を消していくのだった。
一族の元へ戻ると、ヴァリアンの魔法を皆が褒めてくれる。
大人達が浮かれていると、既に円の中央には黒髪の少女の姿が見えた。
「『黒の一族』代表のプルメリーナ・サスティヴァです。今宵は舞踏会、皆様と踊れることを光栄に思います」
プルメリーナの合図で、一族の皆が音楽を奏でる。
唐突に始まった舞踏会、会場がざわめいていると、プルメリーナは魔法の準備を終えていた。
「さぁ皆様、私と踊って頂きます。準備は宜しいですか?」
プルメリーナの周りには、高められた黒い魔力が渦巻いている。
その魔力を使い、プルメリーナが発動させたのは『影』魔法。『黒の一族』固有の魔法であった。
プルメリーナから黒い影が伸びると、その場に居る人々の影へと繋がっていく。そして人々の影が膨らみ形を成したと思うと、影はプルメリーナを形作った。
だが、その場に1人影が形作らない者がいる。その者へは、直接プルメリーナが近より手を差し伸べて誘うのだ。
「私と踊って頂けますか?」
プルメリーナが、直接踊る相手に選んだのはヴァリアンであった。
ヴァリアンも、自分だけ特別扱いされているようで嬉しくなる。
この時、ヴァリアンは恋でもしたかのように惹かれてしまった。
黒いドレスに身を包み、操るのは見たこともない魔法。そして、この場に居る者を大いに楽しませている華麗なる踊り、その全てが、プルメリーナ・サスティヴァの魅力であった。
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