第39話 大事な人のために
翼とドーガは全速力で走り続け、荒い呼吸と汗だくな姿で、病院の前まで辿り着いていた。
扉を前にして、ドーガはプリムを降ろすと呼吸を整える。
「白崎様、どうかお願いします。先ほどの能力でビネットを救ってください」
病院に入り、ビネットが寝かされた一室へと足を運ぶ。そこに居たビネットは、少し苦しそうな表情をしてベットに横になっていた。
「あぁ妹よ、頑張ってるな。白崎様――」
翼が頷き、能力を発動しようと集中する。背中から白い『つばさ』は出現するのだが、魔法を無効化していた球体は現れなかった。
(あれ、ど、どうしたらいいんだ? 『つばさ』は背中から解放するイメージで出るんだけど······)
最初に球体を出現させた時は、ヴァリアンの魔法で意識を奪われる寸前であった。自分でもどのように出現させたのか判らない、本当に意識せずに出現させていたのだ。
その後、出現した球体はそのまま維持し、解除してからは出現させていないのだ。
焦る翼を見て、ドーガは何も言わなかった。ただ妹の、ビネットの無事を祈って目を瞑る。
「ビ、ビネットさん······えっ、ど、どうなってるんですか?」
一方プリムは、病院の外での会話を含め、ビネットの現状は何となく理解したが、今何が行われているのか、全く持って理解できないでいた。
翼の能力を知らなければ仕方のないことだ。
「妹は今頑張っているんだ。悪い魔女に心を支配されるのを、必死で止めようと藻掻いている。君も一緒に祈って欲しい」
ドーガがプリムへと言葉を掛けると、プリムはビネットの手を握り強く願う。付き合いは決して長くはない、それでも大切な時間は多く過ごした。
色々と助けてくれたビネット、自分のために厳しいことを言ってくれるビネット、優しい姉のようなビネット。そんな存在が、目の前で苦しんで命の危機に陥っている。
そう思うと胸が苦しくて、泣くつもりなんてないのに涙が込み上げてくる――
(プリム······)
翼は心の中で、ビネットを苦しめる原因を取り除くことを意識していた。色々な視点から、取り除けと強く想ったが球体は出現しない。
そうやって焦っていた翼であったが、プリムの涙を見ると一度冷静になった。
(ふぅ。助けたい、僕だってビネットさんにはたくさんお世話になったんだ。借りを返す約束だってしてる······絶対に助ける)
「ビネットさん、絶対に助けるからっ」
強く、強く願った瞬間、『つばさ』が光ると翼を中心に能力が出現した。
その光は、勿論ビネットを包み込む。
少しすると、見守っている3人の目に、ビネットの苦しそうな表情が和らいでいくのが判った。
「白崎様、プリムさん、先生を呼びに行ってきます」
ビネットの様子に安堵したドーガが、柔らかな表情で部屋から出ていく。
「翼様、ビネットさん助かりますよね。それに、いつそんな力を手に入れたんですか?」
「色々大変だったんだ、それは帰ってからゆっくり話すよ――ビネットさん、穏やかな顔で息をしてるね。これなら大丈夫なんじゃないかな」
――先生に診てもらい、後は意識が戻るのを待つだけだと言われると、3人は一度病院から出ることにする。
「今日は本当にありがとう。この恩は、私の生涯を掛けてでも必ず返す。でも今日は妹の傍に居てやりたい、後日自宅に伺わせて貰うよ」
「ドーガさん、大袈裟ですって。僕だって助けて貰ったんですよ、恩返しするなら僕の方です。それに、ビネットさんを助けたいのは僕達も一緒です。ドーガさんのお陰で助けられたんですからね、ありがとうございます」
「あのドーガさん、明日また来てもいいですか? ビネットさんと話がしたいです」
「勿論だとも。妹はプリムさんを気に入っているからね、喜ぶだろう。おぉそうだ、幾らでも殴っていいと約束していたことを思い出したよ。気にせずに拳をぶつけたまえ」
「えっ、そ、そのことはビネットさんと相談してからにします······それでいいですか?」
「あ、あぁ。そっちの方が恐い気がするが、全て受け止めよう」
ドーガの発言に2人が笑い出し、つられてドーガも笑顔になる。
今日目覚めた瞬間には、こんな穏やかな気持ちになれるなんて予想もしていなかった。これが奇跡というものなのかと、ドーガは感謝して翼とプリムを見送るのであった。
✩✫✩✫✩
置いてけぼりになった、タルケ、ミスティア、ルッコスの3人。
ドーガに代わりを頼まれたミスティアは、どうしたものかと困り果てていた。
「ヴァンスの娘さんだね、僕は王国監査官のタルケだ。うちの者が勝手を言ってすまなかったね、その男も僕が連れて行くから気にしないでくれ」
「ん、判った」
タルケの言葉に、これ以上面倒事に巻き込まれないで済むと、胸を撫で下ろしたミスティアであったが、タルケが「後日話を聞かせて貰うよ」と言うと、あからさまに嫌な顔をするのであった。
「2人、どうした?」
「ん? ドーガと異世界人の子か。あぁドーガの妹がヴァリアンの犠牲者でね、もう永くないから最期を看取りに行ったのだろう」
翼の能力を知らないタルケは勘違いしている。だがその考えは、タルケがこの短時間でヴァリアンの魔法について検証した結果でもあった。
白蛇が放たれ、その後ヴァリアンの意識を奪ったタルケは、魔法の使用者が意識を失った後を良く見ていた。
白蛇は直ぐに消えることなく、タルケの『光』魔法で貫いても足掻くほど、執拗に攻撃対象への執念を見せていたのだ。
(ん、それ違うけど。まぁいいか)
「君の父ヴァンスとは知った仲だからね、ヴァンス経由で連絡させて貰うよ。その時は協力お願いします、それではまた」
タルケが立ち去ると、ルッコスがようやく口を開く。
「あの、ミスティア様。すいません、ミスティア様を守ることができませんでした」
ルッコスも必死に闘っていたのだが、遠目でミスティアのピンチは確認していた。それでもザンを相手にすることで精一杯だったルッコスは、闘いに勝てても喜ぶことはできなかったのだ。
「ん? ルッコス良くやった。騎士倒したの偉い」
ミスティアは、嘘偽りなくルッコスを褒めている。『奴隷』などと思ってもいない、対等な仲間へ掛ける言葉であった。
そして称賛の言葉を聞いたルッコスは、巡り会えた喜びと共に、自分の中で強く誓いを立てた。
この人の元へ買われて良かったと感謝し、主を生涯護ることを誓った『奴隷』は、この国の誰よりも、騎士の心を持ち合わせているのであった。
一方ミスティアと別れたタルケは、深い溜息をついていた。
(まず王への報告とお願いか。はぁ、王の手を煩わせてしまうな。その後は尋問か······ヴァリアン、何で君は満足できなかったんだよ)
こうして、20年前から続く事件の犯人は捕らえられた。
だが、タルケの心境は暗い。罪を犯した者も、無実の罪を償わせた者も、昔からよく知る人物なのだ。
自身の罪は何なのだろうと、答えを探しながら帰っていった――
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