第76話 『トゥーレイ王国』の王

 ――プリメリーナの合図で、翼とプリムが階段を駆け上がる。


「行こう、プリム」


「はいっ」


 翼は階段を駆け上がりながらも、『つばさ』を解放して警戒は欠かさない。

 それとプリムにも、直ぐにエアシールドを発動できるように声を掛ける。

 そして、警戒していたことが功を奏し、炎と槍を防ぎ切った2人は、無事に城へと侵入することができるのであった。


「城の中には入れたけどさ、王様以外居ないって本当かな?」


 タルケの情報を疑うわけではなかったが、騒ぎが起きている今、城の中にも警護の人間がいてもおかしくない······。

 寧ろ人が居ない方が不自然だと翼は思っていた。


「そうですよね······。ちょっとエアサークル使ってみますね」


 森の中で使ったことを思い出しながら、遮蔽物を意識して探っていく。

 ゆっくりと探っていったが、動くものや人らしき形も見当たらない。


「大丈夫そうですけど······」


「ここで足踏みしてもしかたないよな。行こうか」


 王が居るのは最上階、そこまでの行き方は難しいものではない。目の前の階段を上がり、一番上を目指すだけだ。


 階段を上がっていくと、本当に何もなく目的の部屋へと辿り着いた。

 そして、深呼吸をして扉を叩く。別に翼とプリムは賊などではない。今更かもしれないが、礼儀正しく王の前に立ちたいと考えて返答を待った。


「開いているよ、入りなさい」


「失礼します」


 声を発して、扉を開ける――

 先に入った翼が、一歩跨いだ所で固まってしまった。


(つ、翼様?)


「よく来たね。私も会いたいとは思っていたんだ、同郷だと聞いた時からね」


 翼の視界には、着物を着た男の姿が映っていた。そして着物から露出した肌には、入墨のような模様がびっしりと入っている。それは顔も例外ではない。


「ど、同郷······」


「それと失礼かもしれないが、話は映像を見ながらになる。構わないかな?」


 翼が固まったもう一つの理由。まるで映画を見ているかのように、外の映像が映し出されている。王はそれを見ながら、翼へと話し掛けていた。


「は、はい」


(こ、この人が王様なんですね。顔とかも凄いことに······奴隷紋がたくさんです)


「私に願いがあって来たのだろう? とりあえず話を聞こう。まぁでもその前に、一つネタばらしは必要だな」


 王は大事なことを翼に伝える。

 外での闘いが、『奴隷制度』を変えるため、翼が仕組んだ偽りの闘いだと知っていると。


「えっ、どうして」


「タルケから大筋は聞いているんだ。あと、君達の想いも本物だってね。だから嘘偽りのない言葉で話してほしい」


 嘘を混ぜた言葉などを聞いたなら、翼やプリムの想いは軽いものになってしまう。

 そうならないためのネタばらし。これは王の優しさでもあった。


「あのっ、私から話してもいいですか?」


 動揺の連続で頭が真っ白になっている翼とは違い、この機会に想いの全てをぶつけたいと、プリムは一歩前に出る。

 『奴隷制度』を変える。本当の意味で願っている強さが、プリムの心を守っていた。


「あぁ、聞かせて貰おう」


 まずプリムが伝えたいのは、『奴隷』と呼ばれる『人』がどんな人物なのかだ。

 面倒見の良いビクレイは、小さい子をあやすのが得意で、泣いてる子もすぐに笑顔にできる。

 手先が器用なカルミアは、細かい作業を上手にこなす。特にカルミアが描く繊細な絵は、見た者を感動させる魅力があるのだ。

 運動神経が良いハティヤは、どんな時も良く働く。それに、誰かが困っていれば助けてくれる優しい性格。


「皆、素晴らしい『人』なんです。国の役にだって立つはずです」


 プリムは一呼吸おいてから、一番言いたかったことを王へ伝える。


「そんな『人』達が『奴隷』で、おもちゃみたいに思われる制度なんて······絶対に間違ってます。『奴隷制度』なんて、無くしてください」


 外の映像が激しさを増していく中、プリムの言葉は王の心を刺激する。


 タルケから話を聞いた王が、翼の計画に乗ったのには理由がある。この国の人間、特に強者達の闘う姿を見ておきたかったからだ。

 それでも現在――王の目線はプリムへと向いていた。


(あぁ、純粋な想いが一番刺さる······。この子が言ってることが正しい、それでも今は)


「少し昔話をしよう――」


 王は翼とプリムをしっかりと見つめ、『奴隷制度』を創った理由を語り始めた。


「私がこの地に辿り着いて数年。やっと力を持った一族を纏めることができ、人が多く集まって来た頃」


 ヴァリアンやメイレーナ、大きな事件があったとしても、現在の『トゥーレイ王国』は過去に比べ平和と言えた。

 個々の力が大きいこの世界では、一度の揉め事で、生死を厭わない喧嘩まで発展してしまうことがあったと言う。


「私や纏め役が仲裁に間に合えば良かったんだが、全ては無理だ、時に間に合わず命を失う。だから人の命を奪うことが大きな罪だと認識させ、罪には罰があると植え付けた。罪には罰が必要、私達の世界では常識だろう?」


 翼への問いかけ。罪には罰があるのは理解できるが、理解するには難しいこともある。


「僕は、子供を産ませ、その子供まで『奴隷』にするのはやり過ぎだと思うんですが······」


「その気持ちは判る。だが、私達が居た世界より、この世界は子孫を遺すことを重要視していたんだよ」


 犯罪を犯した者が最後に望むこと。それが、子孫を遺すことだった。

 その願いを受け入れ、王は他の問題も解決することになる。この世界の住人が、中々妊娠できない理由も発見した。そして、王の能力も含め、解決手段をいくつか用意できたのだ。


「子供を遺せることで、罰が弱くなってしまった。だから子供まで、『奴隷』にせざる負えなかったんだ」


 この言葉には、王の後悔が窺えた。

 翼は自分の考えが合っていた。そう思うと、王に想いを伝えるのは今だと話し始める。


「それなら尚更、こんなに平和な国に『奴隷』なんて必要ないと思います。人を傷つける仕組みが無くなれば、もっと良い国になると思うんです。僕も、僕にできることを協力させて貰うので、『奴隷制度』は無くしてください。お願いします」


「平和な国か。そうだな、平和な国であったなら、君達の意見を受け入れても良かったかもしれない」


 王は翼とプリムから視線を外し、又も外の映像を見始める。

 そして、今話した過去より更に過去、王がこの世界に来てから経験した、嫌な記憶。

 その惨劇を語り始めた――

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