第75話 メイレーナVS第1騎士団の魔法剣士

 一方メイレーナは、自分が抑えておくべき相手を見つけると、この後起きるであろう激闘を予感していた。


「あなた、第7騎士団の団長、メイレーナ・ティディスよね?」


「知って貰えて光栄ね。レリア・フットラルさん」


 お互い相手のことは知っていた。

 その理由は、この国での評価が似通ったものであったからだ。


「そりゃ『黒炎の剣姫』なんて二つ名だもの、どちらが上か試したいと思うでしょ」


「あら奇遇ね、私も同じように思っていたわ。『炎剣』のレリア・フットラル」


 そう――。この2人は『火』魔法の適性がSであり、剣の腕前を認められた者。

 互いの噂を聞く度、どちらが上なのかと意識せざる負えないのだ。


「始めましょうか。どちらの炎と剣術が上なのか、はっきりとさせましょう」


 互いに魔力を漂わせ、出だしから本気でぶつかることが窺える。

 剣を抜き構えると、周辺の温度がどんどんと上がっていった。


 先に仕掛けたのはレリアの方であった。

 足元の炎を爆発させると、一気に加速して距離を詰める。更に、剣を振るタイミングでも炎が爆ぜるのが確認できた。

 『火』魔法を遠距離攻撃に使うこととは別に、レリアは移動や剣術の補助として使うことに長けているのだ。これがレリア・フットラルが『炎剣』と呼ばれる所以であった。


(――くっ、速い)


 メイレーナは、レリアの初撃を辛うじて弾く。

 その動きは、何とか間に合ったと表現するのが適切なほど危ないものだ。


「初見で防ぐなんてやるじゃない。でも本番はこれから、『本気になる前にやられました』なんて無しだからね」


 次もメイレーナは受けの姿勢をとることにする。

 それは怖気づいたわけではなく、レリアが噂に違わぬ実力があると認め、自分の優位性を活かすための戦法。

 その戦法は、相手よりも自分の『火』魔法を活かせることになる――


「ふふっ、炎をちらつかせたって無駄よっ」


 接近するレリアを阻むように、メイレーナの周りには黒い炎が漂っていた。レリアはそれを斬り裂き進むと、一撃、二撃と剣を振るう。

 メイレーナは防御に集中してレリアの剣撃を凌ぐと、好機がくるのを待った。


「あっ、熱っ。何なのよっ、この炎」


 メイレーナの黒い炎は、通常の『火』魔法とは一線を画す。簡単に消すこともできなければ、メイレーナの魔力を吸い勢いを増すのだ。

 剣や服の端に触れた黒い炎が徐々に拡がり、レリアを侵食していく。


「初見では防げなかったわね、今度は私の番よ」


 メイレーナの剣が迫ると、今度はレリアが押されることになった。

 レリアは黒い炎が気になり集中を欠き、薄っすらとだが血を流していく。


(くそっ。距離をとらないとっ)


 地面を大きく削るほどの爆発を起こし、レリアは距離をとることに成功すると、『水』魔法と『癒』魔法を急いで使う。

 水と触れた黒い炎は、蒸気を上げ抵抗を見せるが、少しづつ小さくなり消えていった。


「何て凶悪な魔法を使ってるのよ······。私じゃなきゃ火傷で済まないわよっ」


「あなたの剣速だって異常だわ。私じゃなきゃ首が落ちていたもの」


 剣術は互角、『火』魔法を組み合わせればレリアの方が上。代わりに、『火』魔法の性能は

メイレーナの方が勝っていた。

 それでも現在不利なのはメイレーナだ。

 『火』魔法の適性がSである両者は、火への耐性もSと高い。レリアの剣がメイレーナを捉えれば、致命傷は避けられない。


 両者が負けられない、負けたくないと意地を張る。それは自身を抑えることを忘れるほど、勝つことへ執着させていた。


(もう簡単に近寄らせない。本気の黒炎を見せてあげるわ)


 先ほどのような漂う炎ではなく、黒く巨大な炎が姿を現した。その炎は、近寄る相手を呑み込み、消し炭にできるほどの凶悪さを見せる。


(これが本気ね。いいわ、受けてあげる。腕の1、2本奪ってでも、負けを認めさせるわ)


 危険な雰囲気を周囲にばら撒くと、黙っていられない者が2人居る。

 自分達の出番が来たと、その2人は動き出した――

 

✩✫✩✫✩


 時間は少し遡り、タルケとミルティが歩き出した場面。


「ミルティでもプリメリーナは気になるんだね?」


「そりゃね。あまり関わったことがないけど、魔女と呼ばれる彼女には興味があるわ」


 ミルティ・ビヌカネットは、この国で唯一『水』魔法の適性がSであり、誰よりも使いこなす人物だ。

 故に思う、『階級1』で魔法に長けていても貰えなかった魔女の称号が、どれほどのものなのかと。


「興味があるなら丁度いい。プリメリーナが先手をとるみたいだ」


 影が形を成すと、第1騎士団をまとめて相手にする。


「あれが『影』魔法。大勢を相手にするにはうってつけの魔法なのね」


 こうやって、タルケとミルティが他の者を観察しているのは予定通りの行動であった。

 闘いに熱が入り、命を奪うような状況を止めるのがタルケとミルティの役割だ。

 この行動は、犠牲者を出さないという考えに沿ったものではあったが、タルケは翼達に話してはいない。

 更に、内密に動いていることはこれだけではなかった――。


 ――翼とプリムが城へと侵入し、プリメリーナが3人を相手に圧倒する。

 そして、メイレーナとレリアの闘いに熱が籠もった頃。タルケとミルティの出番がやってきたのだ。


「あの黒炎は危険でしょ······。しかも、レリアは突っ込む気満々よ」


「これは完全に本気になってるね。この闘いでも命を賭ける価値が2人にはあるのか······はぁ、この国の民を無駄に散らせるわけにはいかないんだよ」


 メイレーナとレリアが衝突する直前で割って入ること決断すると、2人は勢いよく飛び出していく。

 ミルティはメイレーナへと向かい、タルケはレリアを止めに入る。


「我の魔力を元に溢水せよ」


 ミルティの周囲を起点として水が放たれると、無限に思えるほどの水量が溢れ出す。


 メイレーナは、背後から突然現れた大量の水とミルティを視界に入れると、瞬時に決意した。


(くっ。『階級1』が相手だろうとっ)


 タルケが負けてしまったのかと一瞬考えるが、その思考は後回しだ。

 メイレーナは、元々創り出していた黒い炎にありったけの魔力を注ぎ、炎の勢いを最大限まで高める。

 そして――ミルティの『水』魔法とメイレーナの『火』魔法が衝突した。


 爆発音と共に、水蒸気が辺り一面を呑み込むように拡がっていく。

 大量の水が水蒸気に変わっても、ミルティから放たれる水量は衰えることを知らない。反対に魔力を使い切ったメイレーナの炎は、段々と範囲を小さくしていった。


(はぁはぁ、これが『階級1』······でもまだっ)


 メイレーナは自身を囲む炎が僅かになると、最後の魔力を搾り出す。

 先ほどまで闘っていたレリアの技、爆発を利用した跳躍でミルティとの距離を詰めた。


 水蒸気で視界が悪い中、突如として上空から襲い掛かるメイレーナ。

 予想外の反撃に、ミルティの綺麗な髪が宙に散ってしまった。


「もう十分よ、大人しくしていなさいっ」


 斬撃に合わせ、カウンターで放たれたミルティの蹴りが、メイレーナの首へと直撃する。

 魔力を限界まで使ってしまったメイレーナは、残念ながら意識を保つ手段が残されていなかった。


 一方レリアへ向かったタルケは、簡単に意識を奪うことに成功する。

 大規模な魔法の衝突に見入ってしまったレリアは、タルケの存在に気付くことができなかったのだ。


 こうして、メイレーナとレリアの闘いは決着がつかないまま、終わりを迎えたのであった。

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