第74話 魔女の実力

 解散してから程なくして、タルケから情報が入ると、第1騎士団が警護に当たる日が判明した。

 メイレーナの邸宅で集まった日から一週間後、その日が作戦決行の日付となる。


「ミルティさんも来るように仕向けたらしいよ。流石タルケさんだね」


「タルケさんは仕事が早いです。ふぅ、作戦決行は一週間後ですか······その日までどのように過ごします?」


 翼とプリムは話し合うと、魔獣ハンターの仕事は休み、訓練をして過ごすことにした。

 作戦決行の日まで身近な人に知られないように気をつけ、万全の状態で挑む。それと、王へ話す内容を、じっくり時間を掛けて考える。


✩✫✩✫✩


 そして、一週間という時間はあっという間に過ぎていき――


「翼、プリム、心の準備は大丈夫か?」


「「は、はい」」


 城に最も近いヴァンスの屋敷に集合して、目的地へ向けゆっくりと歩き出す。

 翼とプリム、プリメリーナ、メイレーナ、ヴァンス、タルケの合計6人、予定通りのメンバーで行動開始だ。


「そうだ、翼に重要な役目があるんだ。最初に揉めるきっかけを作ってほしい」


 向かっている道中、翼にタルケが案を出した。

 自分が王に話があると声を掛ければ、すんなり通されてしまう可能性がある。そこで翼には、『奴隷制度』を変えて貰いに来たと、堂々と発言させることを提案したのだった。


「わかりました。すんなり通れるのも悪くない気はしますが······」


 争いを起こすのは、王が『奴隷制度』を変えるきっかけを作るためだ。それでも、『すんなり通れる』と言われてしまうと、迷いが生まれるのも仕方がない。


(今更迷うわけにはいかないぞ、もうすぐ着くんだ······気合を入れろっ)


 城に近づくにつれ緊張が高まっていく。

 翼の視界に城へと続く階段が見えてくると、下の広場に大勢人が集まっているのがわかった。更に近づいていくと――


「ミルティが来いって言うから警護に参加してたが、こりゃ面白い組み合わせだな」


 大勢居る人の中には、第1騎士団の団長バグルオ・ディッセンドの姿があった。

 凶悪そうな笑みで歯を鳴らし、翼達を吟味するように観察する。


「ふぅ。僕達は、王様に『奴隷制度』を変えて貰うために来ました。もし邪魔をすると言うなら、力ずくで通ります······覚悟してください」


「なんだぁ? それよりお前は誰だ、舐めた口を叩くと捻り潰すぞっ」


「バグルオ、お前の相手は俺だ。因みにこいつは翼、今は俺達のリーダーってとこかな」


「ヴァンス。お前と闘えるのは面白ぇ。何だかよくわからねぇが、乗ってやろうじゃねぇか。まぁ、後で事情も説明してもらうがな」


 バグルオがヴァンスとの一騎討ちを受けると、開けた場所へ移動していく。

 自身の部下、第1騎士団には「絶対に通すんじゃねぇぞ」と声を掛けて。


「それじゃぁ、僕の相手はミルティだね。ヴァンス達とは反対側へ移動しようか?」


「わかったわ······。でも、プリメリーナが居るなら言っといてくれれば良かったのに、是非とも手合わせしたかったわ」


 第2騎士団はこの場にはいない。団長であるミルティ・ビヌカネットは、タルケに言われ個人的にここへ来たのだ。

 タルケの誘いに渋々頷くと、後をついてこの場から離れる。


 万人が見れば、主役だと思うであろう『階級1』が居なくなり、残された者達は困惑する。

 だがそれも、殺気立つ者が増えてくると理解する。これが、第1騎士団の練度の高さだと。

 

「やっぱり第1騎士団は恐いわ。プリムと翼くんは少し待ってね。直ぐに道を切り開くから」


 第1騎士団を恐いと言うプリメリーナであったが、相手から見れば恐いのはプリメリーナの方であった。

 禍々しい魔力がプリメリーナの周りに広がり、どんどんと濃くなっていく。


「メイは自分の判断で動いてくれる? そろそろ始めるわね――皆さんも準備は宜しいかしら?」


 プリメリーナの魔力が瞬時に拡がり、第1騎士団全員を包み込む。

 これが戦闘開始の合図になった。


(す、凄い······これが『影』魔法)


 広がった魔力が一度地面へと吸い込まれ、第1騎士団一人ひとりの影が形を成していく。

 影の軍勢を倒さなければ、プリメリーナの元へはたどり着けない。そんな状況を簡単に作り出した。


「プリム、行ってきなさい。翼くん、プリムをお願いね」


 プリメリーナが作ってくれた好機に、翼とプリムは直ぐ様駆け出した。

 階段を勢いよく上がっていけば、城の門はすぐそこだ。


「――行かせないっ」


 プリメリーナが創り出した影を、早くも破った者が4人。その1人が『火』魔法を放つ。

 巨大な火の球が翼とプリムに襲い掛かっていくが――翼も油断などしていなかった。


「ちっ。特殊能力ね······」


「あなたの相手は私がするわ。これ以上、妹の邪魔をしないでくれるかしら」


 メイレーナが魔法を放った相手の前に立ち塞がる。これで、翼とプリムに狙いを定めるの難しくなった。

 だが、諦めない者がもう1人――


「おらぁっ、行かせるかよ」


 今度は魔法ではなく、槍が襲い掛かる。


「むぅ、門までもうすぐなのに。エアシールド『破』」


 翼が創り出した結界の外側に、プリムのエアシールド『破』が創り出された。

 そこへ、風切音を響かせた槍が凄まじい勢いで衝突する。


「――――くっ」


 エアシールドに触れた槍は、勢いは衰えても貫通することには成功していた。

 だが、その槍は2人まで到達するのみに終わる。翼が貫通することを想定し、しっかりと剣で弾いていた。


「もぅ、一瞬ドキッとしたわ······。貴方達の相手は私、もう娘の邪魔がてきるとは思わないでね」


 槍を投げた男は、これ以上余計な動きはできないと悟る。目の前に居るプリメリーナの圧が、動けばただでは済まないと告げているのだ。

 そのため、城への侵入を防ぐのは諦めるしかなかった。80名の団員の内、自由に動けるのは僅か4人。今も76人の団員達は影と闘い、既に拘束された者も見受けられる。


「王に危害を加えるわけじゃないんですよね? 団長には怒られますけど······『漆黒の魔女』と手合わせできるというなら、それも仕方ないか」


 男の名はビャクル・レクセクト、第1騎士団の副団長であった。

 残りの団員2人も駆け寄り、プリメリーナを囲む形をとる。


「ビゼ、ドゥリック。まずは俺1人でやるが、俺1人じゃ無理だと判断したら勝手に参戦しろ」


「男らしいのか、男らしくないのか。面白い人なのはわかったわ」


 プリメリーナの発言に怒りを顕にしたビャクルは、「馬鹿にするなっ」と叫び戦闘を開始した。

 ビャクルの言葉の意味は、プリメリーナと闘うことへの敬意と、第1騎士団の名誉、二つが混ざりあった結果であり、決してふざけた言葉ではないのだ。


 ビャクルは接近すると、得意とする槍捌きで挑む。

 上段から斬りかかり、躱されれば下段から突き上げる。更に、突きの連打と攻撃は止まらない。だが――


(あ、当たらねぇ。凄ぇのは魔法だけじゃないとは聞いてたが······仕方ねぇ)


 プリメリーナの手には、いつの間に創ったのか、不吉な黒い大鎌が握られていた。

 大鎌に横薙ぎの一撃を弾かれると、ビャクルは一度距離をとる。


「見事な槍捌きね。さすが第1騎士団の副団長を務めるだけあるわ」


「俺のことをご存知で?」


「槍使いのビャクルさん、だったかしら」


 ビャクルは「知って貰えて光栄です」と言いながら、ビゼとドゥリックに合図を送っていた。

 まだまだ手の内を隠していそうなプリメリーナを倒すため、仲間の力と自身の能力、次仕掛ける攻撃に全てを賭ける。


「悪く思わないでくださいよ······」


 ビャクルの言葉を合図に、ビゼとドゥリックが背後から仕掛ける。

 2人の剣が左右から迫ると、プリメリーナは大鎌をもう一つ創り出し、柄の部分で受け止めた。そこへビャクルが上段から斬りかかるが、プリメリーナは交差した二本の鎌で見事に受けてみせる。


(良しっ、計算通りだっ)


 ビャクルの手は元々持っていた槍ではなく、別の槍が握られていた。

 これがビャクルの特殊能力、触れた物を増やすことができる『増殖』であった。


「もらったぁっ」


 大鎌の隙間を狙い、槍がプリメリーナの胸へと吸い込まれる――

 第1騎士団の3人が確信した瞬間、回転したプリメリーナの膝蹴りがビゼを捉える。次はドゥリックの顔面を蹴り飛ばし、更に拳がビャクルを吹き飛ばした――


「影縛り」


 3人が吹き飛び、地面へ辿り着くより前にプリメリーナの追撃が襲う。

 黒い影が蠢くように3人へ向かうと、体へと巻き付いていく。そして、落下した衝撃と同時に、地面へと張り付けにするのであった。


「ふぅ、久しぶりに本気で動いたわ。痛い思いをさせてしまって、ごめんなさいね」


 まだ本気だとは到底思えないが、これが『漆黒の魔女』と呼ばれる、プリメリーナの実力であった。


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