第67話 家族への想い
翼は、自身が幼少期の頃を思い浮かべる。
母親がまだ元気で、明るい雰囲気に包まれていた家族の風景を――
「僕のお母さんはね、勉強や運動を頑張れって言ってくれる、優しいお母さんだったかな。いつも美味しいご飯を作ってくれていたし、子供のことを一番に考えてくれる。思い返すと、お母さんが一番の味方だったって思う」
プリムに話をしていて、母親が元気に暮らせているのかと心配になってしまう。
この世界に来たということは、自分は元の世界から消えたのか? できれば消えたと信じたい、浴槽で冷たくなった姿など見せたくないと心の中で強く後悔する。
「翼様のお母さんは、優しくて素敵な人なんですね。私のお母さんも優しいといいな······」
「きっと優しい人だと思うよ。愛してる、抱きしめたいって手紙に書いてあったんだからさ。そうだっ、家族と言えばね」
幼少期を思い返す中で、翼には強く印象に残っている思い出があった。
この世界では見ることがない、ペットを飼っていた思い出だ。
「ペットって分かるかな? 動物を家で飼うんだけど······この世界では見たことがないから、そういう習慣がないのかもしれないけど」
「ペットですか······うぅ、想像できないです」
「なんて言えばいいのかな······人に懐くプラティオン。いや、もっと可愛らしい感じなんだけど······」
「可愛らしい魔獣······やっぱり想像できないですよ、もっと詳しく教えてください」
うまく例えられなかった翼は、ペットの思い出を一から話すことにした。
元の世界で飼っていたのは、犬という動物であったこと。犬にも種類がたくさんあり、柴犬と別種の間に産まれた雑種であったこと。見た目が茶色の毛で覆われ、可愛らしいオスの犬であったことを説明する。
「僕が名前を付けたんだけどね。『リクオウ』って名付けなのに、いつの間にか『リキ』になっちゃっててさ。今でも何でって疑問なんだよね」
翼以外の家族が『リキ』と呼ぶと、翼も『リキ』と呼ぶようになっていた。
『リキ』が赤ちゃんの時に家に来て、翼もミルクをあげる。段々と成長していくと、毎日散歩に連れていった思い出が大半を占めるのだが、一番印象に残っていることは、また違うこと。
「やんちゃな性格でさ、よく家から脱走するんだよ。そうなるとね、家族みんなで探しにいってさ、捕まえるのに一苦労って感じでね」
「犬を飼うって難しそうですね······脱走するってことは、やっぱりどんな生き物も自由がいいんでしょうか?」
「今考えればそうなんだと思う。でもね、大事な家族だと信じてたし、仲良しでもあったんだよ······」
犬を飼っていた話をプリムにするのは、ここまでにする。
数年間一緒に生活していた大切な家族。翼とリキのお話は、最後にリキが脱走して戻らなかったという悲しい別れが待受けていた。
母親の話も、自分のせいで精神を病んでしまったことまでは話さない。なるべく楽しい思い出だけをプリムに伝え、家族が良いものだと安心させてあげた。
(昔を思い返すと、リキと別れてから僕は変わった気がするな。大切な人を失うのが怖くて、距離をとるようになったんだ。でもプリムと出会えてから、少しづつだけど失くしたものを取り戻せてる気がするな)
前向きな考えとは裏腹に、元の世界で動物を飼うことが、『奴隷』と主人の関係に似ている。そう考えると、翼は段々と混乱していく······プリムをペットのように考えているのか? 『そんなことはない』と自問自答しながら、この話を考えるのは終わりにした。
✩✫✩✫✩
――手紙を読んだ日から3日後、遂にプリムが母と会える日がやってくる。
この3日間、草原で狩りをすることや、訓練をして過ごしていた。森での狩りや、情報収集などはせず、無事にプリメリーナに会えることを優先したのだ。
「ふぅ~、緊張します。翼様、クマルさんは家に来るのでしょうか?」
「どうなんだろう。落ち着かないし、家の外で待っててみようか」
手紙には、クマルが3日後に会いにいくと書いてあったが、時間までは書かれていなかった。朝早くから起きた2人は、落ち着かない時間を長く過ごしていた。
外へ出たプリムは、通路を何度も人が来ないかと見渡している――
「つ、翼様。き、来ました。クマルさんです」
クマルもプリムを見つけると、小さくお辞儀をする。プリムの様子に、待たせてしまったことに気が付くと早足で近寄っていく。
「申し訳ありません、待たせてしまったようですね」
「待ってはいましたけど、謝らないでください。クマルさんは悪くないですから、私がお母さんに早く会いたかっただけなので」
「それは、早速良い返事が貰えましたね。プリメリーナ様も、会える日を楽しみにしていましたよ」
プリメリーナは、『トゥーレイ王国』から西へ行った所で待っているとクマルは伝えた。
逸る気持ちは落ち着かせて、まずは国の外へと向かわなければならない。
門までの道のりが長く感じる。そんな道中を経て、ようやく門へと到着すると、クマルが自身の秘密をプリムへと打ち明けた。
「少し止まって貰えますか。ここで、私の特殊能力についてお話しておきます」
クマルの特殊能力は、自身の姿を消すこと。それと、触れた人間も任意で消すことができる。
他国の人間が、何度も街を行き来することが難しい『トゥーレイ王国』。姿を消せるクマルだからこそ、この国で自由に動けていた。
「うわっ、凄い能力ですね」
「私の姿が消えても近くにはおりますので、門を出たら西へ向かってください。人気がないことが確認でき次第、また姿を現します」
――国の外へ出て西へと向かっていると、クマルが能力を解除する。
その後も1時間程度歩くと、1台の馬車が視界に入った。
「プリム様、あの馬車にプリメリーナ様が乗っております」
クマルの言葉に、プリムは息を呑む。
母に会える嬉しさと、初めて会える緊張に、プリムの心は高鳴っていた――
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