第68話 母からの相談

(あの馬車の中に、お母さんが居る――)


 馬車を視界に入れてから、中々一歩を踏み出すことができないでいたプリム。隣に居る翼は何も言わず、心の準備が整うのを待っていた。


(あっ、馬車から人が出てきた······ど、どうしよう)


 馬車の中に居ても、プリメリーナはプリムが近くに来たことに直ぐに気が付いていた。

 クマルには馬車の中で待つと伝えていたのだが、やっと娘に会える喜びで馬車から降りてきたのだ。


(お、お母さんなのかな······凄く綺麗)


 黒いドレスに身を包むプリメリーナの姿は、誰であっても目を奪われる美しさであった。

 そんな女性が、ゆっくりと自分の元へ近づいてくる。


(まずは、挨拶だよね。ちゃ、ちゃんと言わなきゃ)


 プリメリーナは、プリムの近くまでやってくると優しく微笑む。

 一目で緊張してると分かるプリムを、只々愛おしく想うまま、言葉よりも先に抱きしめていた。


「会いたかったわ、プリム。来てくれて有難う」


「お、お母さん。私も会いたかった」


 母に抱きしめられる――

 それは思っていた何倍も暖かく、考えていたよりも、心が母を求めていたと主張する。

 会ったら何を話そうか······直前まで悩んでいた問題などなかったかのように、大粒の涙が溢れてきた。


 会話よりも、お互いの温もりを確かめ合っている2人。

 その姿を見ると、翼も自分の母を想わずにはいられなかった。


(お母さんか、僕はもう一度会うことができるのかな······会えたら謝りたい。いや、抱きしめて有難うって言いたいな)


 また一つ目標ができた。この世界にきて、心を揺り動かす出来事が翼を刺激する。

 身体能力や魔法だけではなく、心も間違いなく成長できているのだった。


 ――プリムがひとしきり泣いた後、プリメリーナはプリムと翼を馬車の中へと入るように促した。

 周辺の警戒はクマルに任せて、ゆっくりと話をするためだ。


「翼くん、プリムが出会った人があなたで良かったわ。本当に有難う」


「そ、そんなっ。僕が助かったと言うか、救われたって言うか······有難うって言うのは僕の方なんです」


 この後は、プリムが翼と出会ってからの数ヶ月をゆっくりと話す。

 翼も、不安に思う時や、新しいことへの挑戦など、2人だったからこそ頑張れたのだと感謝を伝えた――


(うんうん、翼くんは信用できそうね)


「2人に相談があるのだけれど、メイのことはどこまで知ったのかしら?」


 プリメリーナの問には、正直に全てを話す。

 基本的には、奴隷商のマグズから事件の情報を聞いたことが大半を占めている。それ以外にメイレーナを個人的に調べていたこと、『奴隷』に対して強い感情を抱いていると知ったことも話した。


「メイの感情はね、『怒り』が凄く強くて······私の話も聞いてくれないのよ。相談はね、メイを止めたいって話なの」


 プリムがようやく家族に会えても、ゆっくりと家族の絆を深めていくことが難しい。もう1人の家族、姉であるメイレーナの問題を解決しなくては始まらない。

 会ったこともない姉だとしても、問題を抱えているのなら力になりたい、プリムの考えもプリメリーナと同じだ。


「私にできることなら何でもしたいです。でも······何ができるのかな、話をするぐらいしか思いつかなくて」


 メイレーナが母の言葉すら聞かないと知って、自分の言葉で止めるのは難しい。そう思ってしまう······。

 力になりたくても、具体的に何をすれば良いのかが分からず、落ち込んでしまった。


「『奴隷』として過ごしたプリムの話なら聞いてくれるかもしれないけど、今すぐメイの考えを変えるのはやっぱり厳しいわね······翼くん、何か良い案はないかしら?」


「あの······事件のことを知ってから、僕も良い方法がないか考えていました。思いつくのは、メイレーナさんとは違うやり方で、『奴隷』をこの国から無くせないかってことです······」


 プリムを『奴隷』から解放する。この目標を持つ翼は、メイレーナが起こした事件も一つの手だとは思ってしまう。

 だがプリムとの会話の中で、『やり方が間違っている』ことに気付くと、他にどんな方法があるのか日々考えていたのだ。

 明確な答えにはたどり着いていないが、この国には何か違和感を感じる。それが『奴隷』を解放する糸口になるのではないかと、翼は考えていた。


「僕の勘違いかもしれないんですけど、この国は『奴隷』なんて求めてない気がして······特に王様が決めたルールに疑問を感じるんです」


 プリムが奴隷商で酷い目に合っていないことが、一番疑問に感じたことだと話す。

 プリムと共に生活して、本当に心の綺麗な少女なのだと翼は思う。それは、時折話題に出る奴隷商での生活が、そこまで酷くないことの裏付けになっていた。


「そうね······私もその疑問は正解だと思うの。それなら、私が知ったことも話しておくわ」


 これからプリメリーナが話すのは、王が使う能力について――

 『奴隷』に刻まれる紋様、奴隷達が『奴隷紋』と呼び、呪いだと思っていたもの。その効果をプリメリーナが解明した話。


「私が囚われの身だった時、身体に2つの紋様を刻まれたの。毎日やることもなく暇だった私は、暇つぶしに紋様の効果を調べ始めた――」


 魔女と呼ばれたプリメリーナだからこそ、紋様の効果を解明することができた。

 紋様の一つは、予想通り魔力を封じる効果が有り、その紋様を見本として、もう一つの紋様も解析していく。


「全ての『奴隷』に刻まれる紋様、その効果はね······過度な痛みが襲った時に効果を発揮する。少しだけ痛みを和らげてくれるもの――お守りみたいな効果だったのよ」


 しかも紋様を刻む行為は、術者本人にも何らかのリスクが生じるのだと言う。


 話を聞いたプリムは目を見開くほど驚き、翼はどこか納得しているような顔をしていた。

 翼の中で、『奴隷』を無くす案が現実的になる。


「それならっ、王様に直接お願いするのは駄目ですかね······」


「つ、翼様? それは流石に······」


 翼は単純に「お願いする」と言ったわけではない。その理由もちゃんと説明する。

 サティア先生から教わった授業で、『奴隷』とは罰を与えるために創られたのだと教わった。きっと当時は、国として機能させるには重い罰が必要だったのだと考え、平和に暮らしている現在に必要はなく、変わる可能性は十分にある。そう考えての発言であった。


 だが、翼が知る『奴隷』という制度が創られた理由を話すと、プリメリーナが別の理由を補足した。


「重い罰を与えるっていうのは合ってるわ。でもそこまで単純じゃない······王の考えは、能力の高い人間を育てること、国民が自分の役割に積極的に取り組むこと。そして、強い国にすること。その政策に『奴隷制度』が関わってるのよ」


 プリメリーナの言葉は、翼の考えを図らずとも否定するものであった。

 それでも翼の表情は曇ってはいない、勝算はあると言いたげに、具体的な考えを話し始めるのであった――

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