第89話 友達

 ツェンクから聞いた情報で、確かめておきたいことがまだある。

 それは帝国や神獣ヤグマザルグのことではなく、ツェンク自身のこと。ツェンクの実力を知らなければ、本当の意味で情報を理解できたことにはならないからだ。


「プリメリーナ様と手合わせして貰うのが、ツェンク殿の実力を知るには一番かと」


 この言葉は、リュースから出る。

 先を急ぐのであれば、最適で効率よく動きたい。それは誰しもが理解するが――


「リュ、リュースさん。ツェンクさんは怪我してるんですよ······あまり無理なお願いはやめませんか」


 リュースは翼から非難の言葉を受け、翼は甘い考えの持ち主なのだと実感する。

 これが、知り合って日の浅い2人の、初めて意見が別れる場面となった。


「無理など言ってる場合じゃない。そうですよね、ツェンク殿」


「そんなふうに言ったら······」


(あらら、何か昔の兄さんを思い出すわね。ここまでは良い関係で来れたけど、この展開は私の出番って感じかな)


「リュースさん、ちょっといいですかね。私は翼の考え方を推したいと思います」


 ビネットが会話に割り込むと、翼の考え方にどんな利点があるのか、そんな説明を始める。

 まずは「私達の任務で重要なのは、『魔物の国』と同盟を結ぶことですよね? しかも、一筋縄ではいかないって分かってるほど、難しい任務です」と、旅の目的を話してから。


「翼のピュアなところ、人を思いやれるところ、それが凄く大切なことで、人を動かす鍵だと私は思うんです。だから、翼は2つの鍵を持った存在なんですよ」


 魔物と同じ祖先を持つ可能性が有る。それと同じぐらい、翼の性格が魔物と友好な関係を築くうえで必要だとビネットは語る。

 だからこそ、「翼の意見はなるべく尊重したい」と付け足した。


「根拠は兄さんですよ。真面目だけが取り柄のドーガ・クビラヘルが、翼やプリムちゃんに出会ってから別人のように変わったの、リュースさんも知ってますよね?」


「············」


 思わぬ所から反論を受け、リュースは何と言葉を返すか迷っていた。

 その沈黙に、ツェンクが助け舟を出す。


「まぁまぁ、リュースさん。俺の実力なら、道中にでも見せられると思いますよ。俺も『魔物の国』に行くのに同行させてください」


 少し険悪な雰囲気も、ツェンクが着いてくると聞けば幾分和らいだ。

 更にツェンクは、武器や防具も商会から用意すると提案し、希望を大きく魅せる。


「そこまでしてくれるんですか?」


「勿論だ。俺も全力を尽くすと誓っただろ」


(帝国の恐ろしさを一番理解しているのは自分だ。それに、皇帝陛下は必ず攻めて来ると、俺は確信しているからな)


 ツェンクは、頭の中で誓った理由を思い浮かべ、それは言葉に出すことはしなかった。

 今は明るい未来を共に手に入れることだけを、皆と共有するために。


「それじゃぁ話はこれぐらいにして、今日はゆっくりと休みましょうか。また直ぐに出発する翼君たちは、特に休養が必要なのだから」


 話を切り上げたプリメリーナが、王宮へ戻り休息の時間を無理やりにでも与えることにする。

 翌日も、武器や防具を選ぶ以外は休むことを約束させ、出発は明後日の朝にすると決めるのであった。


✩✫✩✫✩


 王宮へ戻ると、豪華な食事が振る舞われる。食事が終えると、一人ひとり個室へと案内され休むことになった。


 ――扉を叩く音で翼は目を覚ます。


「まだ寝てたのかよ、ちょっと話したいことがあるんだけどいいか?」


 翼の部屋へと訪ねてきたのは、ハクトゥであった。

 『商業国家ミカレリア』へと向かっている道中から、ハクトゥは考えていたことがあったのだ。


「お、おはよう。あれ、今は何時ぐらいかな?」


 ハクトゥが「もう昼だ」と答えると、翼は急いで着替えることにする。

 身支度を整えつつ、何だかんだ疲れが溜まっていたのかと考えながら、ハクトゥに用事は何かと聞いた。


「俺もメンバーに加えて貰いたくてな、駄目か?」


「ん? メンバーって、『魔物の国』に行くメンバーってこと?」


「あぁ、そうだ」


「急にどうして······僕が決められるわけじゃないけど、理由を聞いてもいいかな?」


「まぁ、一番の理由は、何か役に立ちたいってことなんだけど。他にも思うことは色々あるんだ」


 『何か役に立ちたい』この思いは、国を追放された罪を償いたいという思いからきていた。

 他にも、メイレーナの元を離れ、新しい世界を見てみたいなど、ハクトゥにとって前へ進むための勇気ある決断でもある。

 それと――


「あと、今は翼が弱いからってのも理由だぞ。『魔物の国』に無事辿り着けるのか考えたら、正直厳しい道のりじゃないか?」


「そりゃ足を引っ張るとは思うけど······」


 ミカレリアに来る道中で、お互いある程度の実力は把握していた。

 ハクトゥに弱いと言われても、納得できるだけの実力差を翼は感じる。


「わりぃ。言い方が悪かったな······『今は弱い』ってのは、これから強くなれるって意味だから。そんな暗い顔すんなよ」


「ハクトゥってさ、物事をはっきり言う性格だよね······。でも、遠回しに言われるより、いいかな」


 急速に2人の仲が深まったのは、ハクトゥが言いたいことを、翼へとはっきり伝えてくることが大きい。

 翼もそんなハクトゥの物言いは嫌ではなく、寧ろ自分も言いたいことを言いやすい相手だと思っていた。

 何より意識してなくとも、お互い友と呼べる相手を望んでいた。


「あれだ、俺、会話とか得意じゃないからよ。変なこと言ってたら、いくらでも文句言ってくれ」


「別に変なことは言ってないかな。それに、物事をはっきり言えるところは、ハクトゥの良いところだと僕は思うよ」


 ハクトゥが共に行動したい理由を理解すると、翼は「リュースさんに相談してみるよ」と返事をする。

 本心では、ハクトゥが一緒に来てくれたら心強い。それに、友達と一緒なら楽しい旅になるじゃないか。

 そんな感情に、自然と笑みがこぼれるのであった――

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