第88話 ツェンクの解答
皆がツェンクの言葉に耳を傾け、どんな話を始めるのかと注目していた。
「『魔物の国』と同盟を結ぶには、やっぱり神獣様の許可が必要不可欠になるだろうね」
ひとまず予想していた通り、ツェンクから神獣の話題が出る――
そして皆が疑問に思う、ツェンクと神獣ヤグマザルグの関係。その出会いと、許可を得た経緯をツェンクは語り始めた。
「神獣様は、山に入った者をある程度察知できる。そんな能力があるみたいなんだ――」
ツェンクが、数人の仲間と『魔物の国』へ初めて向かった時の話。
『魔物の国』へ辿り着く前に、突然姿を現したのが神獣ヤグマザルグであった。
「最初は強力な魔獣が現れたと思ったんだ。次は言葉を話すから、『魔物の国』の住人だと勘違いしてしまってね」
魔獣と勘違いしたツェンクは、仲間を守るため自身の能力を解放する。それを見た神獣ヤグマザルグが、声を掛けてきたのだと話は続いた。
「神獣様は話の通じるお方でね。何をしにやって来たのかを俺達に問うと、立ち入ることを禁じている理由を聞かせてくれたんだ」
遠い昔、迫害を受けた一族が住まう国。それが『魔物の国』であり、その者達を守るよう使命を受けたのが神獣ヤグマザルグだと聞く。
そして立ち入りを禁じた理由は、過去の迫害が繰り返されることを恐れた結果なのだと、神獣ヤグマザルグは言った。
「そう言われても、直ぐに引き下がるわけもなく、俺は神獣様に食い下がった。絶対に迫害などしない、友好的な関係を築きたいんだとね」
食い下がるツェンクに、神獣ヤグマザルグは1つの真実を伝えることにする。
それが、ツェンクだけが『魔物の国』へ出入りできる理由でもあった。
「俺と『魔物の国』の住人が、同じ先祖の元から産まれたと神獣様は言ったんだ」
ツェンクと魔物。その共通点はどこにあるのかと、この場に居る者達は同じ疑問を頭に浮かべる。
その答えは何かと考えると、今日聞いた話から皆が同じことを導き出した。
「同じ祖先だと分かる理由は、ツェンクさんの能力『黒い角』ですか?」
翼が今考えているのは、自身の能力が『白いつばさ』だということ。
『黒い角』同様、『白いつばさ』も魔物の一部なのかと考えると、自身が鍵だと言われたのにも納得ができる。
「正解だ。神獣様は俺の気配からも何か感じるらしいんだけど、『黒い角』がより先祖の力を受け継いでいる証なのだと、そう言っていたな」
「あのっ、僕は『白いつばさ』を出せるんですけど、それも魔物の力を受け継いでるってことですかね?」
翼の問に、一瞬ツェンクは首を傾げる。
少し考えると、勘違いさせてしまったことに気がついた。
「魔物の力ってわけじゃないんだ。俺も詳しく聞いてないんだけど、大昔の先祖から産まれたのが、角がある一族とか魔物とかに別れたらしい。君も同じ祖先って可能性は有るかもしれないな」
この話は、神獣ヤグマザルグに直接聞かなければ詳しい情報は得られない。
そう締め括ると、会話は別の質問に移るのであった。
「ツェンクさん、私からも良いかしら? 帝国のこと、分かる範囲で全て教えて貰えるかしら」
「分かりました――」
ツェンクの知る『ザッドォルグ帝国』という国は、貧富の差が激しいことが印象に残っていた。
賑やかな中心部と、孤児などを多く見かける外縁部。豊かな国とは到底思えないのがツェンクの感想だ。
「幾つもの国と、長い間戦を続けていたのだと聞いているわ。そんな国で生活する民は、本当に可哀想ね」
「そうですよね。民の生活より、優先して軍事面に力を入れていたんだと思います」
軍事面に力を入れていたことを聞くと、軍事力がどれほどのものなのかが気になる所だ。
今度はリュースが、兵士の数はどれぐらいなのかと質問する。
「数は分かりません。多くの兵が戦場に出ていたと思われます······それでも、街中で兵士の姿はよく目にしました」
続いて質問するのはメイレーナだ。
兵士の数が分からないのであれば、今度は実力者のことが気になった。
「俺も戦闘には自信が有ります。そんな自分でも、絶対に勝てないと思ったのは皇帝陛下ですね」
実際に闘う姿を見た訳では無いが、対峙しただけで実力差を理解する。そんな人物が帝国を支配していた。
そのツェンクの感覚は、間違ってはいない。
「闘ってる姿は見てないので、能力とかも未知数なんですけどね······。あともう1人、俺の右腕と左目を奪った男、奴も強かった」
翼とプリムが最も気になっていた人物、その話題が出た。
期待する情報は、『黒いつばさ』を持つ男がどんな人物で、どんな能力を使うのか――
「男は『黒いつばさ』創り出した。それが能力の最初の段階だと、俺も似た能力だから直ぐに理解したよ。その後更に、自身の周りに何か結界のようなものを出現させたんだ」
『結界のようなもの』この言葉を聞くと、翼の能力を知る者は1つ確信する。翼とは何かしらの関係があるのだと。
「速さや力は俺の方が少し上。だが、技量は俺の何倍も上だったな。それと、色々な魔法を凄まじい威力で使ってきたよ」
戦闘開始は接近戦から始まり、早期の決着を望むも返り討ちにされ距離を取る。
その後は、遠距離から魔法が降り注ぎ二度と近づけない······これが、ツェンクと男の戦闘、その全てであった。
「結局のところ、男の能力は何だったんでしょうか?」
「まぁ予想でしかないんだが、俺と同じ強化系の能力じゃないかと思っている」
ツェンクの場合は、身体能力を大幅に上げることができる。対して男は、身体能力と魔法、その両方が強化されていたようにツェンクは感じていた。
「強化無しであの動きに、魔法の素質もあったのかもしれないが······能力を発動させていたのは確かだし、他に効果らしきものは見当たらなかったしな」
「あの、魔法を無効にしていた可能性はないですかね?」
「魔法を無効? それは無いかな。俺も魔法で応戦していたけど、無効化されてる感じはなかったよ」
能力の発動状況は翼と酷似していたが、効果は全くの別物。
これ以上は、現状で知り得る情報から答えを導き出すことはできなかった。
「ツェンクさん、もう1つ質問。帝国はいつ攻めてくるか予想はできる?」
「仮に希望的な話を言うなら······帝国は長く戦をして、疲弊している国。また直ぐに戦争を始めるのは得策じゃないと、皇帝陛下が考えてくれれば時間はあるのかと。いや――」
ツェンクは、言ったそばから自身の言葉を否定した。
最初に訪れた時よりも、帝国は疲弊しているように見える。だが、そんな理由で皇帝が立ち止まるかと言ったら、答は否だ。皇帝陛下が、そんな常識的な人間には思えなかった。
「すいません。やっぱり俺には、予想も付きません」
帝国の情報を聞くと、皆の表情は険しいものになった。神獣ヤグマザルグに関しては、翼なら可能性が有るかもしれない。
後悔が無いように、早く動き出さねばならなくなった――
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