第87話 不安と疑問を抱え

 リスディック王の話が一段落すると、何人かが息を吐いた。

 帝国の存在をリアルに感じたことで緊張を高めていたのと、気になる話が幾つもあったのが呼吸を忘れさせる原因だ。


「こんなにツェンクさんの話を聞くのは私も初めてね。所で、当の本人はどこに居るのかしら?」


「自宅で療養中のはずだ。『癒』魔法で傷口は治っても、本当に大きな傷痕が残ってしまったからね。それでも話ぐらいは聞かせてくれると思うが······私からも連絡はしておこう」


 神獣ヤグマザルグの情報をツェンクに聞く。これがミカレリアに来た目的であったが、他にも色々と気になることが増える。

 この後、詳しい話は本人に質問するように言われると、この場を立ち去ることになった。


 予定では、ツェンクに話を聞くのは『魔物の国』へ向うメンバーだけのはずであったが、他人事で済ませられない話を聞いた今、全員がツェンクの話に興味を惹かれる。

 帝国の話は聞いておかなければと、この場に居る皆でツェンクを訪ねることにするのであった――


✩✫✩✫✩


「翼君。王様の話を聞いてどう思いました?」


「帝国が本当にあるんだなって、そう思ったかな。あと気なるのは、『黒いつばさ』。やっぱり、僕と似た能力は気になっちゃうかな」


「私もそれが気になったんです。王様も詳しく話してくれなかったし、翼君と関係あるのかなって」


 ツェンクの自宅を知る者に案内を頼み、今は移動している最中だ。

 皆とは少しだけ離れ、翼とプリムは久しぶりに2人だけで会話をしていた。気になるのは、お互いどんな気持ちでいるのか――


「どうなんだろうね。ツェンクさんにどんな能力だったのか聞けば、少しは分かるかな······。あのさ、プリムは怖くない?」


「何がですか?」


「帝国の人達と闘うこと。人と命のやり取りをするのはさ、魔獣とは違うじゃん」


「確かにそうですよね。今は闘うために強くなりたいって思ってますけど、実際その時が来たら······闘えるのかな」


「戦争なんか良いことなんて無いと思うんだ。国同士が協力した方が、絶対に良い生活ができるのに」


 帝国からの侵略に抗う。そのための行動を開始したばかりなのに、ほんの少し現実に近付いただけで、正解がなんなのか解らなくなる。

 疑問を持つことが悪いとは思わないが、プリムは翼の言葉に少しだけ不安を覚えた。


「そうかもしれませんが······闘わなきゃ、住む場所も大切な人も守れないんですよね?」


「僕もそう思ってはいるんだけどね。人を傷つけない、もっと良い方法があるのかなって。何ていうのかな······考えるのを止めたら駄目な気がしてさ」


 『もっと良い方法』。トゥーレイで王様に直談判をした時の行動は、『犠牲者を出さずに』このことを翼が重要視していたなとプリムは考える。

 そう考えた時――その考えで上手くいった経験が、いざという時に悪い結果を招くかもしれないと、頭に過った。


(翼君は優しい人です。ちゃんと翼君のこと分かってる人が、側に居て支えなきゃ······)


「あのっ。やっぱり私も、翼君と一緒に『魔物の国』に行きますよ」


「えっ、急にどうしたの?」


「翼君を1人にしたら心配です。それに、道中私のエアサークルは役に立ちますからね」


「1人って、ビネットさんとリュースさんも居るんだよ。まぁプリムが一緒に居たら心強いけどさ、ちょっと考えさせて······」


 プリムが翼を心配するように、翼もプリムを心配している。

 だからこそ、プリムの提案を受け入れるわけにはいかなかった。


 プリムが言葉の意味を問い詰めようと口を開くと、一行はツェンクの自宅へと辿り着いてしまった。

 すっきりしない気持ちのまま、翼との会話は一時中断することになった――


「此方がツェンクさんのご自宅です」


 案内してくれた者が言うツェンクの自宅は、大きな商会を運営しているだけあって立派な建物であった。

 玄関の扉を叩くと、商会の人間が「お待ちしておりました」と言って出迎えてくれる。既にリスディック王からの連絡を受け取っていたようだ。


「この部屋にツェンク様が居られます。ツェンク様っ、入りますよ」


 部屋に入ると、山積みされた書類と格闘しているツェンクの姿があった。


「いらっしゃいませ。プリメリーナ様、出迎えもせずにすいません······。思ったよりも大勢で来られたのですね」


 療養中だと聞いていたツェンクは、忙しそうに仕事を熟していた。

 旅から帰ってくると、書類の山を整理するのがお決まりの流れではあるのだが、苦戦しているのが見て分かる。


「ツェンクさん、お久しぶりね。傷を負ったとは聞いたのだけど、右腕を失くしてしまったのね。それと眼帯を付けてる左目は治るのかしら?」


「残念ながら眼球を失ってしまって······。でもまぁ不自由にはなりましたが、生きて帰って来れただけ良しとしますよ。あの、この部屋ではちょっと狭いので、部屋を移動しましょう」


 この人数で話すには窮屈な部屋から、大きな客室へと部屋を移す。

 飲み物なども用意され、ゆっくりと会話できる環境が整った。


「何から話しましょうか?」


 まずは自己紹介から始め、リスディック王から聞いたことを伝える。

 プリメリーナが翼に話すよう声を掛けると、疑問に答えて貰う時間が始まった。


「えっと、聞きたいことはたくさんあるんです······まず1つめ。僕達は『魔物の国』と同盟を結ぶために来たのですが、良い方法があれば教えて貰えますか?」


「あぁ、帝国の侵攻を阻止するにはって話だね。······その話をする前に、まずは謝罪をさせて欲しい。帝国に情報が渡ってしまった件、本当に申し訳御座いませんでした」


 ツェンクは謝罪のあと、知り得た情報は全て話すことを先に言っておく。それと、自身も侵攻を阻止することに全力を尽くすことを誓う。


 そして、「君達が何処まで知っているのか」と言ったあと、1つ目の質問に応え始めるのであった。


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