第86話 ツェンク・リャンエン
リスディック王が、どこか申し訳無さを滲ませながら、ツェンクから聞いた情報を皆に話す。
「2日前に、旅に出ていたツェンクは戻って来たのだが、大きな傷と共に······帝国が勝利した情報を持ち帰ってくれたのだ」
最も重要な情報。『帝国が勝利した』ことを皆へ伝えると、これから会うことになるツェンク・リャンエンが、どのような人物なのかも教えておく。
長くなると前置きし、皆が誤解を生まないように、知っていることをできるだけ詳しく語り出した――
✩✫✩✫✩
ツェンク・リャンエンは、翼と同じく異世界から来た人物であった。
現在の年齢は翼より少し上の26歳、男性。違うことと言えば、この世界に来たのがまだ赤子であったことだ。
ミカレリアの冒険者が、赤子のツェンクを拾って来たのがリスディックとの初めての出会い。3代目ミカレリア王、リスディックの父親が引き取り、それからリスディックとは兄弟のように共に育った。
「兄さん、俺は伝説の商人になる」
拾われた時、纏っていた衣服に付いていた名札から、ツェンクはツェンク・リャンエンと皆に認識された。
10歳を超えた頃、ツェンクにもミカレリアの名を継ぐ話が出る。悪い話では無いはずだが、何かを察したツェンクは、王宮を出る決断をしたのだ。
「ツェンク······まだ子供のお前が、王宮を出るなんて言わなくていいんだぞ」
「兄さん、俺は世界中を見てみたいってのもあるんだ。それに、伝説の商人になったら心強いだろ。兄さんが王様になったら、絶対に力を貸すからさ」
王宮を出たツェンクは、冒険者協会に登録すると、魔獣の素材を売って生活をした。
そして、冒険者協会では多くの仲間と巡り合い、魔獣を狩る生活は、ツェンクの強さを磨いていく。
そんな生活が10年ほど続くと、ツェンクの周りには人が集まり、自然と一つの商会が出来上がった。
「なぁツェンク。俺達の商会をミカレリアで一番にするってまじで言ってるのか?」
「勿論。俺の夢は伝説の商人だからな。ミカレリアで一番なんか通過点にすぎないぞ」
通過点とは言ったものの、ミカレリアには多くの商会があり、古くから力を持つ商会も幾つかある。
そんな商会を差し置いて一番を手にするのは、同じやり方では到底敵わない。
「良しっ、魔物の国と取り引きをしよう。その後は山を越え、他の国とも契約を結ぶんだ」
この日から1年で、神獣ヤグマザルグと出会い、『魔物の国』とも友好を結ぶ。
そしてツェンクは、山を越えた先にある、人の国を目指して旅を続けた。
やりたいことを叶え、順調に思えるツェンクの歩みも問題はある。『魔物の国』へ入ることや、山を越えること、許可されたのはツェンク1人だけ。危険な旅路を1人で越えなければならない。
それでもツェンクは、個人の武で乗り越えた。そして――帝国へ入ることにも成功する。
(聞いていた通り、帝国は戦の真っ只中だな。まずはどんな武器が売ってるのか調査していくか)
帝国で扱われている武器や防具を調査し、自身が持ち込んだ商品と見比べる。
通常の武器は帝国産の方が質が良いが、魔獣の素材を利用した特殊な武器は、武器屋で売られている所を見ていない。
(こりゃいい。普通の武器は買付れば利益が出るし、此方の武器は高値で売れるぞ)
ツェンクは、山を越えた未知の国から来たことを宣伝し話題を集め、貴重な品だと言って高値で交渉する。
――帝国の商人に幾つか商品が売れた頃、ツェンクは皇帝陛下に呼ばれることになった。
「貴様が山の向こうから来た商人か?」
「は、はい。ツェンク・リャンエンと申します」
皇帝が商品を見せてみろと言うと、ツェンクは残っていた全ての商品を床に並べる。
帝国の人間が剣を手に取り皇帝へと運ぶと、皇帝は何かに気付いたのか、顔に笑みを浮かべた。
「ほう、魔力を吸う剣か。吸った魔力は······剣に纏えるのか。こうかな?」
1メートルほどの小さな剣に、皇帝が魔力を纏わせる。すると、天井に突き刺さるほどの魔力を剣は纏ってみせた。
「天井に穴が空いてしまったな······。ハッハッ、これは良い剣だ」
皇帝がツェンクの商品を気に入ると、言い値で全て買い取ることを約束する。
そしてツェンク本人にも、特別な贈り物を用意した。
「これは私からの礼だ。これを見せればこの国で貴様を止める者はいない、自由に商いするといい」
ツェンクが受け取った物は、皇帝の署名が入った1枚の用紙。帝国で商売することを認める証明書を、皇帝の署名入りで受け取ることができたのだ。
「また他国の商品を売りに来てくれ。それと、貴様の国がどんな国か聞かせてくれるか?」
――こうしてツェンクは、皇帝と友好的な関係を築くことができた。
5年間で3度訪れた帝国······その度にツェンクは、皇帝と色々な話をする。
そして、皇帝は情報を手に入れた。
ツェンクの実力を知り、『商業国家ミカレリア』の情報も得る。他にも、『魔物の国』や神獣ヤグマザルグの話も聞いた。
皇帝にとって一番興味が惹かれた情報は、『トゥーレイ王国』の王、その名が御堂京之介と知ったこと――
3度目の訪問で、唐突に友好的な関係は終わりを告げる。ツェンクが、ミカレリアへと帰る間際の出来事であった。
「遂に長きに渡る戦は終わりを迎えた。ツェンクよ、私の専属で商人をする気はないか?」
「有り難いお言葉ですが、俺が仕えるとしたら既に決まった人がおります」
「ほう、それは誰だ?」
「私を拾い育ててくれたミカレリア王。その後を継いだ兄、リスディック・ミカレリア王です」
ツェンクの言葉を聞くと、皇帝の顔がより真剣なものへと変わった。
「仮初めとはいえ、命の恩に家族の絆か。それには敵わんか······。さらばだ、ツェンク・リャンエン」
意味ありげな別れの言葉に、ツェンクは嫌な予感がする。冷静を装いツェンクからも別れを告げると、足早に外へと向うのであった。
「ツェンクを帝国から出すな。奴は強い、ただの商人と侮るなよ」
――皇帝が住まう王宮を出ると、身を隠すように裏路地を選んで移動していく。
帝国で買付した商品を預けたままだが、受取る時間はない。
ツェンクの中で、嫌な予感は大きくなる。
「ふぅ、やっと追いついた。そんなに急いで何処に行くんだよ」
「······どちら様ですかね? 俺は自分の国に帰るだけですが」
「君と直接会うのは初めてか。僕は『天地八族』の『地翼』、帝国で将軍を担っている1人さ。君を帰すなと命を受けて来たんだ、悪いけど諦めてよね」
追ってきたのが1人という現状に、ツェンクは内心ほっとしていた。
どんな相手だろうが、1人であれば倒して逃げ切れる自信がある――今はそう考え、先手を取ることにする。
ツェンクの頭部に黒い角が現れると、素速く相手との距離を詰めていった。
翼が『つばさ』を解放し特殊能力を使うように、ツェンクは『角』を解放することで特殊能力を引き出せる。その効果は、自身の能力を格段に上げるという強化系の力。
ツェンクの黒い角を見た瞬間、『地翼』を名乗る男も、自身の背中に黒い翼を解放した。
この男も、翼やツェンクと似たような能力を有しているのであった――
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「長々と話して悪かったね。ツェンクはこの男に敗北はしたが、何とか逃げ切ってミカレリアに帰って来てくれた」
話が終わると、リスディック王は伝えたかった要点を大きく2つに纏めた。
1つは、ツェンクは帝国の情報を持ち帰ってくれたが、帝国にも此方の情報を伝えてしまったこと。もう1つは、それでもツェンクは味方であり、信頼できる弟であること。
「誤解を生まないよう、伝えておきたかったのだ。ツェンクは味方だとね――」
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