第90話 一時の別れ
翼とハクトゥが話しをしていた頃、プリムはビネットの元を訪ねていた。
「ビネットさん······ちょっと、相談にのって貰えませんか?」
「うん、いいわよ。何となく見当はつくけど、どうしたのかな?」
プリムは、翼とした会話についてビネットに話をする。相談したいのは、どんな選択が本当の正解なのか。
でも、本当に聞きたいことは別にもある。それは、翼への気持ち――
「翼君の考えてることは、だいたい分かるんです······。私のこと心配して、お母さんと一緒に居るのが一番安全だって考えたんだと思うんです」
「あぁ、翼の考えそうな感じね。でも、元々プリムちゃんは魔法の訓練をする予定だったんでしょ」
プリメリーナの元で魔法の訓練をすること、それについては最初から皆が賛成していた。
自分自身も先のことを考えれば、それが最善だと分かってはいても······。
「訓練して凄い魔法が使えるようになっても、その前に何か悪いことが起きたら······意味がないから」
「うんうん。正直、私も戦力的に3人じゃ不安だったわ。でもツェンクさんが同行してくれるって聞いて、その不安は解消されたと私は思うな」
1人で帝国まで行くことが可能なツェンク。それだけ聞いただけで、相当な実力者だと予想できる。
実のところビネットは、他の人間に応援を頼むか迷っていた。応援を頼むなら、メイレーナが実力的にも頼もしいと考えていたが、それ以上の適任者がツェンクであった。
「ねっ。ツェンクさんが居れば、道中も何とかなると思わない? 魔物さんと面識もあるから、変に揉めることもないと思うし」
「そうですね······。それでも何かあった時は、翼君が無茶をしそうで」
「そこは私が居るじゃない。プリムちゃんほどじゃないかもしれないけど、私も翼のこと分かってるつもりよ。いつでも私は、翼の味方として行動するしね」
先日、翼とリュースの意見が食い違った時、間に入って翼の味方をしていたビネット。それを見たプリムは、『翼君を分かってる人』にビネットが当てはまることを目の当たりにした。
自分が着いて行かなくても、翼には心強い味方が居る。それは良いことだと、考えなければならないのに······。
「あのっ。ビネットさんは············翼君のこと、どう想っているんですか?」
(あら、もしかしてこれが本題かしら?)
ビネットは少し考える。
翼やプリム、2人のことは大切な人だと分かっている。だからこそ、どんな返答をするか迷うのだ。
「そうね······。プリムちゃんには正直な気持ちを言っておこうかな」
ビネットは、案内人として翼と出会った日から思い返す――
最初の印象は、全く興味を惹かない男の人。冴えない服装と、覇気のない表情、完全にハズレだと単純に思ったことを。
「今思えば、失礼なこと考えていたわね。私も兄と変わらない、2人に出会って変われたんだと思う」
最初の転機は、翼が身だしなみを整えた時。
案外タイプかも。この時も単純にそう思い、興味が湧いた。
そして、関わる内に興味を惹かれたのは、男性としての魅力ではなく、純粋さ。
「周りにはいないタイプだったからね。プリムちゃんのことも、同じ理由で興味を持ったのよ」
この時は、翼よりもプリムの方が気になる存在になっていた。
それはなぜか。ビネットが求めていたのは、彼氏よりも妹という存在であったから。
「でもやっぱりさ、自分を救ってくれた人って、王子様みたく思っちゃうじゃない?」
命の危機を翼に救われた日。この事実を知った瞬間、ビネットは翼を男性として意識する。
将来性も考え、有りかもしれないと。
「タルケ様以外の男性で、素敵だと思ったのは久々だったかな。でもね、直ぐに考え直すことになったわ」
その理由は、翼が他の女性のために必死に頑張っていたから。
それに――ビネットが好む物語は、純粋な恋愛。その主人公は、純粋な心で歩んで欲しいと願う。
「もし今の関係で、私と結ばれることにでもなったら······素敵だと思ってるところを失うことになるんだよね、そんなのつまらないでしょ」
ビネットの話をちゃんと理解しきれず、プリムは困惑していた。
翼を男性として好き。考え直したと言っても、本当に好意を持っていることは伝わってきた。
「結論を言うとね、翼を好きになった時期もあるけど、今はそうじゃないってこと。プリムちゃんから取ったりしないってことだよ」
「えっ、は、はい······」
「過去の気持ちから話したのはね、プリムちゃんと対等に接したいからなの。普通に接していたつもりでも、『奴隷』だからって、心のどこかで思っていたと思うから」
ビネットは、プリムに自分の気持ちを話せてすっきりとした顔をする。
これで、翼への想いが本気になる前に、ちゃんと断ち切れると。
「ビネットさん······ありがとうございます」
自分の気持ちを、大人は簡単に割り切れる。
そんな簡単なものかと、半信半疑な気持ちではあったが、本音で話してくれたビネットを信じることにしたプリム。
翼の話は別として、『人』として接してくれることは本当に嬉しく感じていた。
「ほらっ、翼と会える時間が少なくなっちゃうよ。出発まで少しでも多くさ、一緒に過ごしておいた方がいいんじゃない」
ビネットの言葉に頷き、もう一度お礼を言ってからプリムは部屋から出て行った。
そんなプリムを見て、自分の恋は始まらなかったなとビネットは思う。
同時に、2人の関係が発展することを楽しみに思う心境は、とても複雑なのであった。
(この展開は、プリムちゃんから告白するのかな······)
✩✫✩✫✩
ビネットの部屋から出たプリムは、その足で翼が居る部屋へと訪ねることにした。
翼の元にはハクトゥが居り、その後は3人一緒に行動することに。
昼食や、ツェンクの元で武器や防具を選ぶことを経て――2人になれたのは、もう日が暮れ始める夕刻時であった。
「いつの間に、あんなにハクトゥさんと仲良くなったんですか?」
「ここに来るまで一緒に訓練してたからね、その時ハクトゥは良い人だって知ったんだ」
2人で話せるのは、夕食の時間までの少しの間。限られた時間に、プリムは伝えたいことをちゃんと言えるのかと緊張を高める。
「ハクトゥさんは、一緒に行くことになるんですよね。ちょっとずるいなって、思ってます」
「べ、別にさ、ハクトゥのが役に立つとか、そんな理由じゃないんだよ······」
プリムは心の中だけで、(そんなこと分かっています)と思っていた。
だが、思ったことを口に出せず沈黙すると、言いたいことを上手く切り出せないまま、時間だけが経過してしまう。
――焦る気持ちを呑み込むため、一度深く息を吐き。想いが伝わる、そんなきっかけになる言葉を頭で描いて、プリムは勇気を出す。
「また会える日まで、どれぐらい時間が掛かるんでしょうか?」
「どうかな······。最低でも2ヶ月か3ヶ月は掛かる、かな」
「あのっ、なるべく早く帰って来て欲しいです。私············会えないの、寂しいです」
「う、うん。えっと、僕も、寂しいから。早く帰ってこれるように、頑張るよ」
『寂しい』と言えたあとの2人は、顔を真っ赤にして視線を外していた。
これ以上の想いは伝えることなく、このあとは、お互い何を頑張るのかなどを話してから戻ることになった。
今は、お互い同じ気持ちだと確かめられただけで満足する。一時の別れは、お互い寂しい気持ちだと分かち合って――
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