第72話 姉妹だから

 翼の話を聞いたタルケは、簡単に答えを出せる問題ではなく、考える時間が必要だと判断していた。


(他にも······、悩むのは後でもできるか)


「話は分かった。僕からも質問していいかな、異世界人の君がそこまでする理由はなんなんだい?」


「理由は、プリムを『奴隷』から解放するってことが一番ですけど······他にも思う所があるんです」


 プリムを『奴隷』から解放すること、メイレーナの考えを変えること、そのために行動を起こしている翼であったが、異世界から来た翼だからこそ思うこともあった。


「この世界に来てまだ少しですけど、元の世界と比べて良いなって思う所がたくさんあるんです」


 魔法や身体強化、強くなれることも魅力の一つだが、今伝えたいのは別のこと。

 階級という制度は、差別しているように思える。だが、実際に会った人達は、差別するような考えを持った人が少なかった。

 逆に元の世界では、差別するなと言いながら、実際は差別する人が多い気がした。


 それに元の世界よりも、やり甲斐もあれば、生活していて楽しく感じることも多い。


「このように感じるのは、王様も国民も、ここで暮らす皆さん全員が、良い国にするために頑張ってるからだと思うんです。だからこそ、『奴隷』なんて無い方が良いと思うし、無くせばもっと良い国になると思ってます」


 翼は本心から思っていることを話すと、段々と熱くなっていた。『良い国にする』翼もその一員になりたいと。


「自分のためでもあり、国のためでもあるってことだね······。分かったよ、協力しようじゃないか」


(白崎翼が悪い人間じゃないのは分かったよ。まぁ僕は、王にとって有益なことをするだけだ)


 この後、翼は話の続きをタルケに聞かせる。プリメリーナ、メイレーナ、プリム、3人の関係。メイレーナの事件、それと落とし所――


「おいおい、次々ととんでもない話が出てくるね。協力するって言った後なのに······」


「ごめんなさい。でもっ、最後には丸く収まるようにします。これだけのことをしなきゃ、丸く収まらないんです」


「分かった分かった。一度協力するって言ったんだ、男に二言はないさ」


「あ、有難うございます」


(前回会った時にも思ったけど、彼はいつでも真剣だな。まぁ、人のために動ける人間は嫌いじゃないよ)


✩✫✩✫✩


 タルケに協力して貰う約束を取り付けた2人は、自宅へと帰っていた。

 その帰り道、プリムが翼にお願いしたことがあると言う。次は私に任せて欲しいと――


「なぁプリム。帰り道で言ってたこと、大丈夫そう? 相談したいことがあったら言ってね」


「はい。『熱い想いが人を動かす』翼様の姿を見て、ちゃんと気付いてるので大丈夫です」


 プリムの言葉に、翼の頬は紅く染まる。

 そして、『熱い想い』を意識すると、人のために動いていたことが、語るうちに自分のためであったと気付かされる。


(僕はこの世界で、『何者か』になりたいのかもしれない······)


「うん、プリムなら大丈夫だよね。次はプリムの、熱い想いをしっかりと見届けるよ」


 ――翌朝、翼とプリムはメイレーナの邸宅へと向う。

 第7騎士団の拠点から、ほど近い場所に建てられた邸宅は、騎士団の拠点と同程度の広さをもつ大邸宅だ。

 それはメイレーナの能力と実績。

 大邸宅を見れば、メイレーナの短い人生が如何に努力してきたのかが分かる。


「大っきいお家······。お姉ちゃんに会わせて貰えますかね?」


「大丈夫だよ、プリメリーナさんが話してると思うから」


 邸宅の門に人が立っている。その人物は、鋭い目つきの『奴隷』であった。


「もしかして、プリム様ですか?」


「あっ、はい。プ、プリム様なんて······プリムでいいですから」


「メイレーナ様の妹君でしょう? プリム様が相応しいですよ」


 『奴隷』の男ハクトゥは、少し待つように言うと邸宅へと入っていった。

 プリムには敬意をもって接していたが、翼のことは、憎悪を含んだ目で、一目見るだけであった。


(あの人『奴隷』だった。プリムの主人だからかな、かなり敵視されてるみたいだ)


 翼は、普段とは真逆の対応を受けても冷静であった。

 身内には感情的になる反面、関係の浅い者には興味がない。そのような性格だと、自分自身も今更ながらに思う。


 ――ハクトゥが戻り、邸宅の中へと案内される。

 現在、案内された一室に居るのは、翼とプリム、プリメリーナ、メイレーナ、ディオンの5名であった。


 軽い挨拶を終え、最初に口を開いたのはメイレーナだ。


「プリム、あなたに会えて嬉しい。でも、母様の言う通り、私の考えを変えるなんてできるの?」


 一足先にメイレーナの元へとやってきたプリメリーナは、『奴隷』を王がどう扱っているかを話して説得した。

 それと同時に、妹のプリムが来るまで我慢するように言い聞かせ、妹が姉の考えを変え、良い未来に導いてくれると話しをしていた――


「私も、メイレーナ様······お姉ちゃんに会えて嬉しいです」


 会話を始めた姉妹。プリメリーナは優しい笑みで見守り、ディオンは不安そうな顔をしている。翼は家族の揃う姿を見て感動し、胸を熱くしていた。


「考えを変えるなんて、そんなとんでもないことは思ってないです。私は······お姉ちゃんにお願いがあってここに来ました」


 プリムがお願いしたいことは二つ。メイレーナが起こした事件を中止にして、翼が考えた作戦に協力して欲しいことだと話す。

 もう一つは、お互いを知るための時間をたくさん作って貰い、もっと仲良くなることだと話した。


「お母さんとも仲良くなりたいし、お姉ちゃんとも仲良くなりたい。やっと出会えた家族なんだから······そう願うのは、ダメですか?」


「プリム······」


 実際は、尊敬する母の説得でメイレーナの心は揺らいでいた。そこに妹のプリムから、家族の時間を作りたいと言われれば、更に心は揺らいでいく。

 それでも、一度進んでしまった道を引き返す決心は······ついていない。


「あの、翼様が考えてくれた作戦、もっと詳しく話してもいいですか?」


「えっ、うん······。お願い」


 王へと願い出る作戦は、犠牲者を出さないでも実行できる実力者が鍵となる。

 プリムが作戦内容を詳しく話し――残るは、必要な人員の話だ。


「ヴァンス様と、タルケ様。昨日、2人の協力は取り付けました。後は、お母さん」


 プリムがプリメリーナの方を向くと、プリメリーナは微笑んだまま頷く。


「残りの1人はお姉ちゃんです。一緒に作戦を成功させたい、お願いします。その後は、家族の時間を······一緒に過ごせなかった時間を、取り戻したい」


 メイレーナは、引き攣った笑みで目を瞑り。


「普通なら、そんな作戦無理だって笑うとこだけど、その面子だとなんでもできちゃう気がするわね。でも······王に話をするのはプリム、あなたなのよね? 本当に説得できるって言うの」


 メイレーナの問い。その問いの答えは、プリムの中に今はなかった。

 王を説得するのはプリムかもしれないし、翼かもしれない。プリムに言えるのは、希望に似た熱い想いだけ――


「できるかなんて、分かりません。でも、私が『奴隷制度』なんて変えてやりますっ。その想いは本当です」


 ヴァンスやタルケを説得した翼よりも、プリムの言葉には熱い想いが込められていた。

 メイレーナの心に突き刺さるのは、『私が変える』という言葉。それは、プリムが自分の妹なのだと、心から思う瞬間でもあった。


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