第71話 忠誠を誓う者

 王国監査官の建屋。その目の前で立ち、高い建物を見上げている翼とプリム。

 プリムは、隣に居る翼から大きな音がしてびっくりした。翼は建屋へと入る前に、両手で顔を叩き気合を入れているのであった。


(大丈夫って自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり考えちゃうな······)


 下手をすれば、このまま捕まって『奴隷』になるかもしれない。

 考えないようにしていたことが頭をよぎる。そんな場所にプリムを連れて行って良いのか、そう考えていると、隣からも破裂音が聞こえてくる。


「痛たっ。私も気合入れました」


 2人なら大丈夫。

 プリムの行動を見た翼は、弱気などこの先には連れてはいかないと、前を向いた。


「良しっ、行こうか――」


 建屋の中へ入ると、人が数人見受けられる。その中にビネットとドーガの姿はなく、翼はとりあえず一安心した。

 ビネット達と協力して情報収集を行っていた翼であったが、ミスティアと同様、これから先の計画には参加させられない。

 何が起きても自分の力で切り抜けられる。そんな強者しか、翼は巻き添えにできなかった。


「すいません、白崎翼と申します。タルケ・ハンクラインさんにお会いしたいのですが、会うことは可能でしょうか?」


「え〜と、タルケ様とお知り合い?」


「二回だけ会ったことは有るんですが、知り合いと言っていいほどではないです」


「そうなんだ······。タルケ様に確認してきますので、そちらでお待ちください」


 監査官だと思われる人物は、勢いよく階段を駆け上がって行った。

 翼とプリムは、その人物を見て緊張が少しほぐれる。とりあえず言われた通り、ソファーが並べられた待合室で、一度待機することになった。


「翼様、さっきの人、良い人そうでしたね」


「うん。もっと堅苦しい場所かと思ったけど、そうでもないのかな?」


 王国監査官。その響きだけでも、誰も近寄りたいとは思わない。そんな風に思っていたが、今の人物やビネットのことを考えれば、堅苦しい組織ではないと想像ができた。


 待つこと数分、またも勢いよく階段から降りてきた監査官が、笑顔で翼とプリムの前までやってくる。


「タルケ様が会ってくれるって。それに、白崎さんのこと知ってましたよ」


「有難うございます。あの、お名前を伺っても」


「僕は、王国監査官のミック・レーイングです。宜しくです」


「ミックさん、有難うございます」


 挨拶が済むと、ミックに着いて階段を上っていく。

 その間もプリムは話すことはせず、大人しく着いてくるだけであった。


(プリム、顔がキリッとしてる気がするな)


 プリムには話し掛けていない、ミックの目線は翼だけを見ていた。

 話しやすそうなミック。以前のプリムなら話し掛けていそうなものだが、黙って着いてくるのは成長した証だ。

 臆した表情などではなく、真っ直ぐに上だけを見つめて――


「こちらにタルケ様がいます。後は白崎さんのタイミングで」


 案内を終えたミックは、一仕事終えた顔で階段降りて行った。

 翼はもう一度自分に活を入れて、タルケが居る一室の扉を叩く。


「開いてるよ、どうぞ」


「失礼します。あの、先日はお世話になりました」


「ん、何の話かな? まぁそこに座りなよ」


 向かい側の椅子へ座る2人を、タルケは観察していた。

 表情は堅く、何か大事な話があると察することはできても、見当がつかない······。


「突然会いに来てしまってすいません。僕達にとって、凄く大事な話があるんです。聞いて貰えますか?」


「話を聞くのは問題ないけど、話を聞くだけじゃないんだろうね」


 ヴァンスに話した時とは違い、タルケ相手には慎重に言葉を選ばなければならない。

 タルケの言葉に「はい」と返事をしてから、「短い期間で、色々なことを知った」と最初の言葉を切り出した。


「タルケさんはご存知かもしれませんが······奴隷に刻まれる紋様が、実は王様の優しさだったことを聞いたんです。それと、王様にもリスクがあることを」


「優しさ······? そんな話、誰に聞いたって言うんだ」


(リスク······王の『呪術』にリスクがあるのは僕も知ってるけど、優しさってどういうことだよ?)


「聞いた相手は······プリメリーナさんです」


「な、プリメリーナ······。君達はプリメリーナに会ったと言うのか、それは冗談じゃ済まされない話だ。ちゃんと理解して言ってるんだろうね?」


 明らかに動揺するタルケ。忠誠を誓う王と、古い友人······そんな話の切り出し。翼は、タルケの興味を惹くことには成功していた。


「勿論理解はしています。もう少し、プリメリーナさんに聞いた話を説明します――」


 なぜ、プリメリーナが紋様の効果を知っているのか。

 それは、『奴隷』になり囚われの身であった時に、プリメリーナが解析したことだと伝える。


「もっと詳しく知りたければ、プリメリーナさんに直接聞いて貰えればと思います」


「あぁ、プリメリーナなら解析できるかもしれない······それも驚きだが、プリメリーナに会うことなんてできるのか?」


「えっと、プリメリーナさんに会うことはできますけど······その前に」


 翼は話を戻したかった。タルケの協力を得るには、王にとって有益な話をしなければならないからだ。

 プリメリーナの話はその後で、それが翼が考えていたストーリーであった。


 王が『奴隷』も国民だと認めていること。それと、国を創るのに、昔は『奴隷』という罰が必要だったかもしれないが、現在は必要がない。そう思っている理由も含め、翼は熱く語ってみせた。


「王様がリスクを抱えてまで、『奴隷制度』を維持する必要はないと思うんです」


(······こ、こいつ。国を変えるために僕の所に来たってことか)


「僕に。王に意見しろと······そんなことを」


「王様が、『奴隷制度』を変えたくても変えられない。そう思ってる可能性はありませんか?」


 タルケが殺意に似た感情を顕にしたが、翼の問いかけで、冷静さをなんとか保つ。

 王への忠誠、役に立ちたい。常にその思いはタルケの心にあった――。それでも、王の気持ちを考慮して行動していたかと問われれば、少し気持ちが揺らいでしまう。


(王が国を変えたい······自分以外の人々を考え、『奴隷制度』を変えられない。そんなことを思っているのか)


「ふぅ。分らない、僕は王じゃないからね。だけど、興味深い話ではあるよ」


「それじゃぁ、王様が『奴隷制度』を変えたいと仮定して話をします。どうすれば、王様が決断できるかって話です」


 『奴隷制度』を変える、変えなくてはならない。翼が考えた作戦、王にそう決断させるには、『奴隷制度』を変えないと国に揉め事が起きる。それも、最大戦力が半分に割れるほどの揉め事が。


「この作戦に、タルケさんの力を借りたいんです。でも本気で揉めるわけじゃなくて、僕達が王様に話をしている時間だけ、争う振りをしてくれれば」


(プリメリーナと僕が囮にでもなるってことか? まぁ大概の相手なら2人で十分だけど、それで成功するとでも思ってるのか)


「あの、他にも協力してもらう人は数人居るんですが、今は伏せさせてください」


 ここまでで話の半分。

 王のために問題を起こす、更に情報の全ては開示しない。そんな状況で、なぜタルケが怒らないのか。

 それは、タルケが迷っている証拠であった。だがそれでも、良い返事は聞けていない。


 そして、作戦を話したからには、タルケの協力は必ず得なければならなかった――

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