第59話 信頼と心配

 ビネットの願いが通じたのか、翼はプリムよりも先に家へと帰って来た。

 そこにはプリムではなく、ビネットが帰りを待っている――


「おかえり翼······。って、どうしたのよその顔っ」


「えっ、ビネットさん。た、ただいまです。あれ、プリムは?」


 怪我の理由を話すことは、自分がしていることも話さなければならなくなる。翼は、急な事態に慌てていた。


「ほらっ、ちょっと目を瞑って······」


 暖かい。顔が優しい暖かさで包まれると、痛みが引いていく。

 帰る途中に、翼は自分でも『癒』魔法を使ってみたのだが、何だか上手くいかなかった。案外自分は不器用なのだと自信をなくしてしまう。


「はい、おしまい。情報収集して来たんでしょ、どうだったの成果は?」


「あっ、知ってたんですね······」


(やっぱり何か大事なことを知ったのかな、それは私に言いづらいこと?)


 歯切れの悪い翼を見て、何か隠していることに気付くと、ビネットは少し切なくなる。何でも話せるほど信頼関係が築けていない、話してくれないのは、そういうことになってしまう。


(はぁ、子供みたいに拗ねてもしょうがないよね。まずはこちらの情報を開示して、翼が相談しやすい環境を作りますか······)


「プリムちゃんは兄さんと出掛けてるの。実は翼に大事な話があってさ、まずは聞いてくれる?」


「あっ、はい······」


 ゆっくりと話せるよう椅子へと座るが、ビネットの雰囲気がいつもとは違い、真剣な話なのだと、翼は身構えていた。


「早速本題、奴隷商の件なんだけど······その犯人とプリムちゃん、深い関係があるかもしれないの」


 どこから話そう、ビネットは少し考えてから話しを切り出した。

 最初はプルメリーナ・サスティヴァ、『漆黒の魔女』と呼ばれている人物を知って貰う。

 どれだけ優れた人物であったかを語り、20年前の事件、そして失踪。と話しは続いていった。


「それでね、翼が大活躍したヴァリアン様の事件があったでしょ。そのヴァリアン様が20年前の事件も犯人だったの、プルメリーナ様にはなんの罪もなかったんだよ」


「えっ、そうなんですか」


(ふ〜ん、ここはそんなに驚くんだ。プルメリーナ様のことは知ってたけど、冤罪だったことは知らなかったのね)


「それで今回の事件、奴隷商を襲撃したのがプルメリーナ様って話になるんだけど······」


 次は、『青い果樹園』で聞き込みをした情報を話し始める。

 犯人は複数居ると予想できたが、姿を現したのがプルメリーナだけであったこと。

 『青い果樹園』とプルメリーナは関係があり、犯行に及ぶ動機もある。そのため、タルケを含む監査官や騎士団がプルメリーナの行方を本気で追っていること。


「それでね、そのプルメリーナ様がプリムちゃんの母親だと考えられるの」


「············」


(反応なし、ってことは知ってたのね。翼は奴隷商に行って話を聞いてきたのかな、あのマグズって男、口は軽そうに見えなかったんだけどな)


「翼にだけ先に話したのは、どうにかプリムちゃんが傷つかないようにしたくて。一緒に考えてくれる?」


「も、勿論です······」


(ビネットさんもプリムを心配して来てくれたんだな、僕の知ってることも全部話した方がいいのか······信用はできるけど、困らせちゃうよな)


 何かに悩む翼の姿を、ビネットは黙って待つことにした。隠し事があるのなら相談して欲しい、そう思いながら。


(はぁ、随分長く悩んでるよね。まだ言えないの······も、もしかして、既にプルメリーナ様と繋がってるとか)


「あのっ、僕が知ってることも聞いて貰っていいですか?」


 翼は悩んだ結果、ビネットには隠さず話すことにした。今もプリムのために行動しているビネットは、いつか真実へとたどり着く。だったら今話しても良い、一番信頼できる人でもあるのだと、そう考えた。


「実は、奴隷商の人から色々聞いたんです。プリムの母親のことや、奴隷商を襲った犯人のこととか······」


 翼はマグズから聞いた話しをビネットにも詳しく話した。


 そして、2人は新たな事実を知ることになる。

 翼が知らなかった内容は『プルメリーナが冤罪であったこと』、ビネットが知らなかった内容は『メイレーナ・ティディスが真犯人だと思われること』『それと、メイレーナ・ティディスがプリムの姉であること』この事実を知ったことで、考え方や行動に少なくない影響はでるのだ。


「ビネットさん······ビネットさんに言った方が良いのかを悩みました。監査官なのに真犯人とかプリムの姉とか言ったら困らせちゃうと思ったんです」


「そっかそっか、思ってたより凄い内容だったから、隠してたのは許してあげよう。これでプリムちゃんのために何をするべきかを、一緒に話し合えるね」


 ――2人が何をすべきか考え始めて時間が少し立つと、ビネットが口を開いた。


「私が考えた最善の結末、ちょっと聞いてくれる?」


 やはり鍵になるのは、プリムの母親であるプルメリーナであった。

 犯人だと思われている状況を打破するには、奴隷商に姿を現した理由を正当化しなければならない。


 そこでビネットが考えたストーリーはこうだ。

 何らかの手段で襲撃があることを知ったプルメリーナは、犯人ではなく犯人を止めるために姿を現した。今は犯人だと思われているが、この事実を立証する。

 それを立証するには、プルメリーナ本人にも認めて貰わなければならない。


「プルメリーナ様が納得してくれたら、次はタルケ様にも納得して貰う。そうすれば、プルメリーナ様がこの国で生活できるようになるでしょ」


「そうなれば良いですけど。子供のために自分が犯人だと思わせたのに、納得なんてしないんじゃ······」


「メイレーナ様が犯人だってバレなきゃいいんだよ、今は奴隷商の男しか真犯人のことは知らないんだからさ」


 「実際行動に起こすかは別として」、と前置きしてからビネットが話した内容は、かなり過激なものであった。

 真犯人を知るマグズをこの世から消し、今後新たな証拠が見つかった場合も、監査官の立場を利用してビネットが証拠を消す。


「娘が捕まらないのなら、プルメリーナ様も納得してくれる······う〜ん、ちょっとリスクが高いし現実的じゃないか」


「現実的とかじゃなくて、罪を重ねる方法は絶対ダメですよ。いつか痛い目に合います」


「それじゃ、翼はどこまでなら許容できるの。メイレーナ様を見逃すのはどう?」


「えっと、メイレーナ様はプリムの姉なんで、捕まってほしくないとは思います······」


「捕まってほしくない、か。犠牲者が出てるし、罪は軽くないのよね」


(翼もプリムちゃんも純粋、やっぱり悪いことはしない方がいい。2人の心も守る作戦を考えなくちゃ······)


「あの、ビネットさんはメイレーナ様のことどこまで知ってるんですか?」


「一般的な情報しか知らないかな、『黒炎の剣姫』と呼ばれ『火』魔法と剣技が得意。若くして第7騎士団の団長を務める、実力派。後は『奴隷』をよく買う、お金持ち」


「やっぱり一般的にはそう思われてるんですね」


 翼は、元第7騎士団に居た人間から聞いた話をビネットに伝える。

 その相手がゼレクトで、情報を教えて貰う条件が喧嘩で勝つことだったと話している時に、外から楽しそうな声が聞こえてきた。


「プリムちゃんが帰ってきちゃったわね。翼、もう少し話を詰めてからプリムちゃんには話したいかな、どう?」


「はい、賛成です。一緒に考えてくれて有難うございます」


 プリムの姉、メイレーナに関しては解決の糸口も見つからない。だが、プリムの母親、プルメリーナに関してどうしたいのかは結論が出た。

 翼は、プルメリーナに普通に暮らせるようになってもらい、プリムと一緒に暮らして欲しい。

 そうなれば、きっとプリムは喜んでくれる。翼は新たにできた目標へ、全力で取り組むことを決心するのであった。

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