第58話 回転のやり方
翼が情報収集に出掛けている間、プリムはエアシールドを習得するために1人訓練に励んでいた。
「おぉ、速いです」
風をシールドと呼ぶには回転速度が足らず、色々と工夫はしたものの、中々回転速度を上げることができなくてプリムは困っていた。
そして前日、翼にイメージができているか問われると気付いたことがあった、プリムはそこまで速い回転を見た記憶がないのだ。
現在プリムが見ているものは、回転をイメージしやすくするために翼が作ってくれた物。
木の棒に紐が付けられ、紐の先端には石の重りが付いている。木の棒を両手で挟み、コマのように回転させれば、石の重りも高速で回転する仕組みになっていた。
身体強化が可能なこの世界では、こんな簡単な仕組みでも上手く回転させられた。
(う〜ん、これを真似するのは······でも、速さは感じます)
実際に身体強化した力で回された木の棒は、かなりの速さで回転していた。真似をするということは、プリムも回転しなければならない······それは無理だとしても、速さだけはイメージしやすくなった筈だ。
(えっと、今見たことをイメージしてっと)
今までは、自分の目で見た風を自分が動かしてるイメージであった。それと、風の量を増やしたり、風の厚みを調整しても回転速度は少ししか変わらなかったのだ。
だが、今回は大きく違っていた。
(う、あ、危なっ。と、と、止めなきゃっ)
今回、プリムは高速回転を見ただけだ。魔法はイメージが大切なのは確かであったが、それだけ、ただ一回見ただけでイメージ通りの魔法を発現させるなど普通はできない。
「こらっ、普通お庭でそんな魔法は使わないぞっ」
「あれ、ビネットさんとドーガさん――」
奴隷商襲撃事件が起きてから数日、事件の詳細を調べたビネットは、ドーガとプリムの今後のことについて話し合った。
その結果、プリムと常に行動を共にしている翼には、色々と理解して貰うことが先決だという結論が出てここへやって来たのだ。
「こんにちは。翼はどこ、家の中かな?」
ビネットが問い掛けると、プリムは今日の予定を説明する。翼が情報収集に出掛けていることや、自分がオリジナル魔法の特訓をしてることを。
「さっきの凄い風がオリジナル魔法ってことかな。でも、あの規模の魔法は庭でやることじゃないよ」
ここでビネットは、自然に翼と2人で話す計画を思いついた。
「ねぇ兄さん、プリムちゃんが魔法の練習を存分にできる場所知らない?」
「知らないことはないが、ビネットも知ってる場所だぞ」
ドーガが言っている場所とは、上流区画に設けられた魔法の訓練場であった。そこは勿論ビネットも知ってる場所なのだが、そうではない。言いたいことは別にあるのだと睨みつけ、空気を読んでくれないドーガに溜息が出そうになる。
「兄さんがプリムちゃんを連れてってあげなよ。翼が帰って来てプリムちゃんが居ないとさ、心配しちゃうでしょ。だから私がここで待っててあげるから、ね」
「お、おぅ、そうだな。良い場所に連れて行こうじゃないか」
「プリムちゃんは頑張ってね。魔法が完成してたらさ、翼が帰って来た時にびっくりするんじゃない?」
「そうですね、さっきコツが掴めた感じだったんです。完成してたらびっくりしますよ」
ビネットは、プリムを言葉巧みに丸め込むと、翼と2人で話せる環境を作り出した。後は、プリムより先に翼が帰って来てくれるのを祈るだけだ。
(良しっ、2人で出掛けて行ったね。それにしても、情報収集って······翼とプリムちゃんも何か気付いてるの?)
――階級7の区画から、歩いて30分ほどで到着した訓練場。
訓練場はかなり広い敷地になっていて、ここには『癒』魔法を得意とした人間が数人配置されているため、安全に訓練できるよう配慮された場所であった。
「プリムさん、ここなら好きなだけ魔法が使えますからね。私もお手伝いするので、何かあれば遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。でも、とりあえずは1人でやってみます」
訓練を開始すると、庭で創り出した魔法をイメージして、もう一度同じことができるか試してみる。
すると、隣で見ているドーガが驚くほどの魔法が、プリムとドーガの周りに創り出された。
(やった。回転の速さは上手くできました、次は逆回転です)
最初に創り出した風の内側、その位置に風を配置し回転を加えていく。
(ふぅ、集中です······)
2つの風が回転し、オリジナル魔法の完成かと思ったが······そこまで甘いものではなかった。
ここからがエアシールドの難しい所、維持することができないのだ。
「ふぅ、ふぅ、はぁ······うぅ頭が」
額に大量の汗を浮かべ、辛そうにするプリム。その姿を見たドーガが、休憩をとるように促した。
休憩の間、ドーガがこの施設の中にある売店で水を買ってきてくれた。その水を飲むと少し落ち着く。
息も整ってくると、ドーガにもどんな魔法を創ったのか説明するのであった。
「ほぅ、中々難しいことにチャレンジしているんですね。頭に負荷が掛かるのは、別々の回転を意識しているからでしょう。ある程度無意識に継続できれば、負荷が減るのかと思うのですが······」
ドーガは、自分なりに考えたアドバイスを贈るしかできない。だが、それが正解なのか答えは判らないでいた。
「それか、もっと規模を小さくして練習してはどうだろう?」
「あっ、それいいですね。小さい方が把握し易いので、継続できる気がします」
ドーガのアドバイスで、手のひらサイズのエアシールドで試してみる。
すると、規模を小さくしたことで、本当に負荷が減ったことが判った。これならばと、プリムは訓練を再開させるのであった。
――数時間の練習で、プリムはエアシールドのコツを掴みつつあった。
高速回転させた風には意識を向けず、魔力の供給のみで維持が可能。それが分かると、習得まであと少しだ。
「ドーガさん、ちょっとお願いしてもいいですか?」
プリムは少し離れると、練習の成果を発揮する。プリムの周りに二重の風が展開され、「攻撃してみてくだい」とドーガへお願いした。
(威力の弱い魔法なんか簡単に弾きそうですね、剣で斬り掛かってみるか······)
ドーガは攻撃の手段を考えると、腰に差した剣に手を掛ける。斬り掛かかかるのはプリム自身ではなく、プリムが創ったエアシールドだ。
「プリムさん、行きますよ」
剣を振るう力加減をどうすべきか一瞬迷うが、ドーガは全力で振るうことを選択した。
そして、上段に構えエアシールドに近づいていくと、全力で剣を振り抜く――
「············」
ドーガは唖然として自身の剣を見ていた。
痺れる手でも弾き飛ばされることには何とか耐えたのだ······だが剣の先端が変形している。
「おぉ、何て凶悪な防御方法なんだ······」
「へへっ、ドーガさん。これがエアシールド『破』です。やりましたよ、完成です」
プリムは拳を握り締め、完成された魔法の名をドーガへと伝える。
その顔はとても誇らしげで、可愛らしい笑顔が眩しく思えるほど、輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます