第57話 あの日の仕返し

 ゼレクト・マーベラル、彼はヴァリアンが起こした事件には関わっていない。

 第4騎士団に入ったのもまだ2年前の話であり、気性の荒いゼレクトは幾つかの騎士団を渡り歩いていた。


「ちっと聞こえてきたんだがよ、第7騎士団の団長を探ってんのか?」


「えっ、あの······探ってるってほどじゃないですけど、どんな人物か知りたくて」


「それじゃ、俺に勝ったら教えてやろうじゃねぇか。退屈してたからよ、暇つぶしには丁度いいな」


 ヴァリアンが起こした事件の後、第4騎士団は解体され、現在ゼレクトはどの騎士団にも所属していない。

 昼間から酒場に居るのはそのためだ。そして翼に絡んできたのも、日々のストレスを発散させるのが目的でもあった。


「あの······勝ったらって、何をするんですか?」


「そりゃ喧嘩だろ。見た感じ、あの日よりは闘えるんだろ? それに第7騎士団のことを俺に聞けるのはチャンスだぜ、俺は第7騎士団に居たことがあるからな」


 翼は喧嘩と聞くと腰が引ける。それでも、あの日のことを思い出すと怒りが込み上げてきた。

 この男はプリムに手を上げたのだ、情報を手に入れるのが目的だが、勝てなくても一発ぐらい殴ってやりたい。


「やります。僕は、あの日のこと許してないですから······」


 翼が睨みつけると、ゼレクトも殺気だっていく。今にも殴り掛かりそうなゼレクトを見て、酒場のマスターが慌て出した。


「おいおいお二人さんよ、店の中で喧嘩は止めてくれよ」


「んだこらっ、一般階級が指図してんじゃねぇよ。てめぇも喧嘩に参加するか?」


「や、やめろよ。マスターは関係ないだろ、喧嘩するなら表に出よう」


「ちっ」


 翼が外へ出て行くと、ゼレクトも翼の後を着いて外へ出た。

 酒場のマスターが、喧嘩などしそうに見えない翼を心配そうに見つめていた。


(うん大丈夫、そんなに酔っ払ってはないな。全力だ、最初の油断してる間に一発は絶対に入れてやる)


 人通りの少ない裏路地へと入ると、翼とゼレクトは向かい合った。


「武器と魔法は無しだ。無職の俺が騒ぎを起こすと後々面倒くせぇからな、それでいいだろ?」


「いいですよ、勝敗はどうつけますか?」


「降参するか、気を失うかだ。その目なら大丈夫だと思うが、直ぐに降参なんかするんじゃねぇぞ」


 ――闘いが始まっても、翼は自分から近づくことはしなかった。

 ルッコスと闘った時に気付いたのだが、高い身体強化が可能である翼は、動体視力が異常に良くなる。それを利用して、ゼレクトが攻撃してきた所を相打ち狙いで一撃くらわせるつもりであった。


「馬鹿みてぇに突っ込んで来ないのか? それなら今回は、俺から行くぞ」


 ゼレクトがゆっくりと歩き、翼との距離を詰める。その距離があと3歩の所で、ゼレクトは一気に加速した。

 翼は加速したゼレクトでもちゃんと視界に捉えている。そして右の拳が振るわれる瞬間、翼の右の拳も動き出した。


 拳が当たっても眼はつぶらない。ゼレクトの拳の方が、少しだけ早く翼の頭に辿り着く。そして、翼の拳がゼレクトの鼻っ面に直撃した。


「――がっ、いったぁぁ。ここまで強くなってやがったか······面白ぇじゃねぇか」


 3メートルは吹っ飛んだゼレクトが立ち上がると、鼻血を吹き出しながら笑っていた。


(良しっ、プリムにしたことの仕返しはできたぞ。後は勝負にも勝てれば完璧だ)


 前回殴られた時も、先ほど殴られた時も、勿論ゼレクトは手加減をしていた。実力に差がありすぎれば、殴るだけでも直ぐに死なせてしまう。

 翼の成長を見る限り、本気を出しても直ぐに死ぬことはなさそうだと、ゼレクトは新たに判断した。


 ――ゼレクトが折れた鼻に『癒』の魔法を使うと、又も翼へ向って行く。その動きを見て、翼は同じように迎え撃った。

 もう一回相打ちを狙う、先ほど通用した攻撃が、油断してなくとも普通に通用するのかを確かめたかったのだ。


 速度も威力も格段に上がったゼレクトの拳。それを頭で受け、さっきと同じタイミングで翼は拳を繰り出した。

 だが、翼の拳は空を切る。最初とは違い、頭に受けた衝撃で上体が崩れると、翼の攻撃は速度も落ち狙いもずれる。そんな攻撃を躱すことなど、ゼレクトには簡単であった。


 更にゼレクトの攻撃は続いていく、左の拳が上下に連続で繰り出されると、顔や腹に命中する。

 次は、強烈な蹴りが翼へと襲い掛かった。なんとかガードは間に合ったが、吹き飛び壁へと衝突した。


(ぐっ、この人······強い)


「おいおい、もう終わりじゃねぇだろうな。最近身体が鈍ってんだよ、早く立って掛かってこいやっ」


 翼は立ち上がると、一度深呼吸をしてから拳を構える。

 今度は自分から仕掛けるつもりだが、格闘など未経験の翼は攻撃手段が限られてしまう。


(普通に殴ったり蹴ったりしてもダメだろうな······それこそ素人のフェイントなんか無意味だろうし、良い手はないのか)


「掛かってこねぇのかよ、まだやる気はあるんだろう?」


「············くっ、行きます」


 何も思いつかなかった翼は、がむしゃらに突っ込んでいくしかなかった。一撃でも多く当てる、勝てなくても気持ちで負けるわけにはいかないと――


「――はぁはぁ、もう流石に立てねぇか。俺の勝ちだな」


「ぐっ、うぅっ。ダメです、僕の勝ちと言うか、あなたの反則負けですから······」


 闘いに勝機を見出すことはできなかったが、情報を聞き出すための最後の手段は残されていた。

 ただの喧嘩ではあったが、最初に決めたルールで、武器と魔法は無しと言ったのはゼレクト本人だ。


「傷を癒やすのに、魔法使いましたよね。だから反則負けなんです」


「はっ、そんなのは······ちっ、そういう意味で言ったんじゃねぇんだけど、くそっ仕方ねぇか」


 魔法を使えば周辺を破壊してしまう。そういう意味で魔法は無しだと言ったゼレクトであったが、ぼろぼろになるまで闘った翼を見て、反論はできなかった。

 言い出されたタイミングも完璧だったと観念して、約束通りメイレーナについて知ってることを話し始める。


「一般的に噂されてんのはよ、剣も魔法も一流で、美人だが気が強い。それと『奴隷』をよく買ってる所から、私欲で動く人間。簡単に言えば、見た目はいいが性格は悪いって感じだ。まぁ、この噂は半分間違いなんだがな――」


 ゼレクトは少し過去を振り返ると、第7騎士団での経験を語り出した。


 ゼレクトが第7騎士団に入り数年が立った頃の話。

 入った当初から一つ気に入らないことがあったゼレクト。それは、メイレーナの『奴隷』が、騎士団で普通の『人』のように訓練に参加していたことであった。


 ある日ゼレクトは、人が少ないことを見計らって『奴隷』に絡んでいく。

 この国では、階級が低い者は逆らえず、この『奴隷』も文句を言えば直ぐに謝るだろうと簡単に考えていた。

 だが、『奴隷』は謝るどころか喧嘩腰で言葉を返してくる――


 謝らせて鬱憤を晴らすつもりであったが、喧嘩を売ってくれるのは逆に嬉しい展開だ。

 しかもこの『奴隷』が思ったよりも強く、喧嘩は熱を帯びていく、そして段々と本気になっていった。


 そこに現れたのは、『奴隷』の主人であるメイレーナ・ティディスだ。

 そしてメイレーナは、ゼレクトの後ろから近づいていくと、声も掛けることなくゼレクトの足を剣で突き刺したのであった。


「あん時は痛かったぜ、切り落とされないだけマシだったがよ」


 ゼレクトの性格上、剣で突き刺されて黙っていられるわけがなかった。相手が団長であったとしても、普通なら止まらない。

 ゼレクトが後ろを向き「おいっ、何してんだ」と言った瞬間、背中から恐ろしいほどの殺気が当てられる。

 『奴隷』が本気で殺気を放つと、眼の前に居たメイレーナも覚悟を決めたように見える。


「これ以上騒げば消される、そう確信したな。まだ幼さが残る年頃だったのに、怖ぇ団長だったよ······」


 そして最後に、メイレーナの印象を翼に伝えて去って行った。


「『奴隷』を家族か友だとでも想ってんじゃねぇか。正直、メイレーナ団長の印象は······俺には理解できねぇ人種って感じだったな」


 ――この場に、1人残された翼は考え事に浸っていた。

 ゼレクトにメイレーナの情報を聞けたことで、プルメリーナとメイレーナ、2人がどんな人物なのかをイメージしていた。


(やっぱりプリムの家族なんだ、悪い人のわけないよな······)


 今日の目的を達成できたことには満足している。それでも、きつい血の味がする口の中から漏れる言葉が、今一番想う翼の本心であった。


「············やっぱり、悔しいよ」

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