第65話 狙っていた獲物

 能力は追いついていても、翼には経験が圧倒的に足りない。そんな姿を見たミスティアは、当初の予定よりもペースを落として狩りを継続することにした。

 そんな判断ができるミスティアも、翼にアドバイスをすることが楽しく、今までにない気持ちで森の中を探索しているのであった。


「ん、視覚だけじゃダメ。聴覚、嗅覚、それに、肌に感じる風とか熱、全部大事」


「そうなんですね、僕は視覚ばっかり気にしていたので······身体強化をもっと活用しなきゃいけないってことですよね?」


「ん、そう。耳、鼻、肌、意識して強化する」


「分かりました。ちょっとやってみます」


 自然な流れで、森の中での特訓が開始されてしまった――

 今日の講師はミスティア・ウィルネクト。教わるのは白崎翼だ。そしてサポート役にプリム、エアサークルで周辺を監視する。それと、不測の事態にはルッコスが対応してくれるはずだ。


 ミスティアとルッコスが現状を楽しむ中、逆に翼とプリムは、成長しようと真剣そのものだ。

 プリムは木々に遮られる森でも、エアサークルでの探知を完璧にしようと集中する。翼は魔獣に遭遇する度、強化した部位を役立てていった――


 バッディオを見つけられないまま特訓していると、いつの間にか半日が経過していた。


「ん、そろそろご飯。ルッコス出して」


 ルッコスが持ち歩いていた袋には、ウィルネクト家の使用人が作ってくれた携帯食が4人分入っていた。

 まるでピクニックにでも来たかのように、4人で昼食を始める。


「ミスティアさん、凄く勉強になります。有難うございました。でも午後からは、バッディオ狩りを優先しませんか?」


「ん、どしたの?」


「元々バッディオ狩りの約束でしたから······特訓はいつでもできますけど、せっかく一緒に狩りに来たし、目標は達成したいじゃないですか」


「ん、確かに。それじゃ本気出す。ルッコスも本気」


「はい。それなら、他の魔獣はスルーして進むってのはどうです。それには、プリムのエアサークルが重要になる······どうだ?」


「大丈夫です。森の中も大分慣れてきた感じがするので、絶対にバッディオを見つけてみせます」


 ――昼食を食べると、本来の目的に向かって動き出した。

 プリムに探知を任せて、森の奥へと進んでいくこと1時間――ようやく目的の魔獣、バッディオらしき姿が確認できた。


「あ、あの。見つけたかもしれません。左手方向に300メートルです」


「ん、行く」


 急ぎ、発見した場所まで行くと、1体の魔獣がゆっくりと歩いていた。

 その姿を見たミスティアが「ん、バッディオ」と言い、翼に闘ってくるよう勧めるのであった。


(思ったより大きくないな······尾の部位も合わせて2メートルだからか)


「魔物じゃないですよね······勝負」


 翼がバッディオと目が合うと声を掛ける。

 少し前、ミスティアに魔獣だとはっきり判っていれば確認は不要だと教わったのだが、何となく声を掛けたいと思ってしまった。

 この後、激闘を繰り広げるかもしれない相手。正々堂々闘いたいと、翼は無意識に思っていたのだ。


「クワッ、ク、グワッッ」


 何か音を発していたが、言語魔法は機能していない。それは言葉ではない証拠だ。

 それでも翼は、闘いを了承した合図だと理解する。


 睨み合った状態から、バッディオが四足歩行で向かってくる。

 翼が知る四足歩行の魔獣。プラティオンやグーズルなど、比べ物にならない速さで襲い掛かってきた。


(――ッ、速いっ)


 襲い掛かる勢いのまま、バッディオは爪で切り裂きにきた。左手の爪をぎりぎり躱すと、翼の右側面にバッディオの尾が襲い掛かる。


 高い金属音が響き、バッディオの尾を翼は剣で弾いてみせる。


(手が痺れる······それに爪と尾の連続攻撃か、この魔獣やっぱり強いぞ)


 現在のバッディオと翼の距離は、3歩ほど離れた位置であった。

 この距離は、バッディオが得意とする間合いだ。左右から尾を振るって攻撃し、翼が距離を詰めれば、上から尾を振り下ろし、爪で切り裂きに掛かる。

 序盤は翼の劣勢で闘いが進んでいく――


「ん、プリム落ち着いて」


 プリムが翼を援護するため魔力を高めていると、ミスティアがそれを止めた。


「えっ、翼様が危ないです······」


「大丈夫だプリム。白崎様はちゃんと動きも見えてるし、対応もできてる。強い魔獣との闘いを経験するのは重要だ、これはミスティア様からの最後の試練だと思うぞ」


 ルッコスが、ミスティアが止めた意図を説明すると、3人は翼の闘いを見守ることにした。


 ――バッディオの攻撃を耐えた数が30を超えた頃、翼に変化が生じてきた。


(足が地面に擦れる音か······)


 バッディオは、遠心力も利用して尾を振り回していた。その反動に耐えるため、地面を強く踏み締めた時に出る音――翼は、そこに反撃の糸口を見出す。


(僕が攻撃に出るタイミングはいいとして、狙いはどこにするか······)


 翼が最初に思いついたのは、尾をジャンプして躱し、その勢いで攻撃すること。だがそれだと、待ち構えているのはバッディオの背中にある棘だ。


(駄目だ、守りが薄く攻撃が通用する所を狙わないと······)


 大きく空気を吸い込むと、この後必要になる部位へと魔力を巡らせる。

 すると、翼の両足と剣を持つ右腕が、今までよりも熱くなったように感じる。


 そして、チャンスは巡ってくる――


(今だっ)


 大きく地面が擦れる音を拾うと、翼はバッディオに向かって飛び出していく。

 反動に耐えている時のバッディオは、接近した後の反応が少し遅れる······それが翼の狙いであった。


 それと翼は、飛び出す前から右腕を引き、突きの構えをとっていた。


「うぉぉっ――」


 勢いの乗った突きが、バッディオの左目へと吸い込まれる。更に頭部を貫通し、これが勝敗を決める一撃になった。


「ん、勝利。おめでとう」


「ふぅ~、有難うございます。Cの上位ってだけあって、バッディオは強かったですね」


 翼は、無事に目標を達成できたと思うと地面にへたり込んでしまった。

 朝早くから緊張の連続であったことと、慣れない訓練、それに強敵との闘い。体力と精神力をいつも以上に酷使していたので無理もない。


「つ、翼様、大丈夫ですか。あの、ミスティア様······今日の狩りはこのぐらいにしておきませんか?」


「ん、そうしよう。翼はよく頑張った、プリムも同じ」


 こうして、4人で行う初めての狩りは無事に終了した。ミスティアとルッコスが狩った魔獣を担ぎ、来た道を戻る。

 国に入ってから大量の魔獣を買い取って貰うと、ミスティア、ルッコスとは別れることになった。


✩✫✩✫✩


「買い取り金額も凄かったですけど、森での狩りは大変でしたね」


「うん。でも、僕にとってはお金よりもさ、大事な収穫があったって感じかな」


 翼とプリムが家へと帰る途中、今日の出来事を振り返っていると、男がゆっくりと近づいてくる。

 プリムの眼の前で止まると、男は口を開き、懐から1枚の手紙を取り出した。


「こんばんは。私は、クマル・ビルゴウと申します。プリム様に、プルメリーナ・サスティヴァ様からの手紙を渡しに参りました。受け取って頂けますか?」


 男が唐突に話し掛けてくると、翼とプリムは驚き、言葉に詰まってしまった。

 男が話す言葉の中には、『プリメリーナ』という単語が入っている。これは、プリムの母親が接触してきた証であった。


 何も言葉を返すことなく、プリムの手には手紙が握られる。

 その手紙を握ったプリムの手は、緊張からか僅かに震えていた――


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