第21話 人の本性

 2人が嫌な思いをした翌日の朝、支度を終えリビングに行くと、翼もプリムも何もなかったかのように自然と振る舞おうとしていた。

 自然と振る舞うことが不自然で、言動もどこかよそよそしいのだが、暗く無言の時間を過ごすよりは、まだマシなのかもしれない――


「そろそろ迎えに来る時間だね、今日は外で待っていようか?」


「そうですね。でもその前に······ちょ、ちょっとほっぺに触ってもいいですか?」


 翼の頬には、昨日殴られた痕が青痣になって残っていた。その頬にプリムが手を添えると、『癒』の魔法を唱える。


「あ、あったかい」


 翼の感じた暖かさは、傷が癒えている時に起こるものであった。その暖かさが、心まで癒やしているのではないかと錯覚させる。


「うん、痣は殆ど消えましたね。それじゃ行きましょうか」


 プリムは前日から、『癒』の魔法を掛けてあげたかったのだが、中々言い出すことができなかった。

 翼と別れ、1人になってベットに入ると、朝になったら絶対言うんだと誓ってから眠りについたのだ。


 本日は、ビネットが案内人としてやって来る日。

 プリムは『トゥーレイ特階級高等学校』へ向う短い時間で、翼にバレないようにビネットに話がしたいことを伝えると、ビネットは静かに頷く。


(雰囲気が変だとは思ってたんだよね、2人に何かあったのかな?)


 少しだけ下品な妄想をするビネットだったが、この2人に限ってそんなことはない、そう自分に言い聞かせて案内を終了した。


 ――本日の授業も終わり、帰りの迎えとしてビネットがやって来ると、3人で外へと向かって歩き出す。


 今日教えられた内容など、プリムが他愛もない話を振って歩いていると、ビネットが気を利かせて朝のお願いを叶える話題を出してくれる。


「私、今日お昼食べそこねちゃったんだよね。白崎様、ご飯食べに行きたいんだけど、プリムちゃん貸してくれない?」


 夕食には早い時間であったことから、忙しくて昼を食べそこねた設定でプリムを誘う。夕食に翼を誘わないのもおかしな話になるので、ビネットはその辺も良く考えて話していた。


「忙しかったんですか? プリムがいいなら僕は大丈夫ですよ」


「ほんとっ。プリムちゃん、どう?」


「わ、私も行きたいです。えっと、デザートとか食べたいな······」


(プリムちゃん······ちょっと不自然過ぎるから)


 折角、上手い具合にプリムだけを誘う算段をつけたのに、あまりの下手な演技にビネットが内心溜め息をつく。

 それでも、翼は疑う素振りは見せていないのでセーフと言った所だ。


 翼の家と食事処への道が別れると、「また後で」の言葉で別れるのだが、別れて直ぐに翼がビネットを呼ぶのだった。


「あ、あの。ビネットさん、実は、昨日嫌なことがあったんです。プリムは元気そうに見えるんですけど、本当は落ち込んでいると思います。だから、楽しく過ごしてください。お願いします」


「そ、そうなんだ。じゃ、とっておきのデザートを御馳走してあげようかな。白崎様は安心して家で待っててよ」


 ビネットは咄嗟に言葉を返したが、少し動揺してしまったことが、プリムを馬鹿にできないと反省する。


(何この2人······どうせプリムちゃんも翼様が落ち込んでて、とか言うんだろうな。全く最高のカップルかよっ)


 ビネットがプリムを連れてきたのは、『トゥーレイ王国』一、美味しいとケーキが食べられると評判のお店だ。


「美味しいケーキを食べながら、ゆっくりと話をしようね」


「はい。ビネットさん、ご飯はいいんですか?」


 ビネットがお昼を食べていない件は嘘だと伝えると、プリムは驚いていた。翼だけでなく、プリムも騙されていたのだ。


「ごめんなさい、私のために嘘まで······」


「いやいや、そんな気にしないでいいから。私は全く気にしてないのに、悪いことしたみたいじゃない」


 プリムの純粋さに、ビネットのテンションが上がっていく。ビネットがプリムを気に入っている理由も、周りには居ない純粋な心が新鮮で、ビネット自身を癒やしてくれるからだ。


 そして、ケーキを注文すると、待っている間にプリムが1つ質問する。


「あの、私の居たプラントで聞いたことなんですけど、異世界人は段々と狂ってしまうって本当なんですか?」


「んっ? あぁ嘘とは言い切れないか······」


 確かにそんな事実もあるが、全ての異世界人がそうなる訳ではない。ビネットは、プリムにそう伝える。


「ビネットさんは、翼様は大丈夫だと思います?」


「とりあえず、何があったのか聞いてもいい? 理由も判らないで判断はできないから」


 第4騎士団へ行ったことと、ゼレクトにされた仕打ち。その後に、翼が凄く落ち込んでいたこともプリムは話した。


「プリムちゃんも一緒に行ったんだ······色々言いたいことはあるけど、まずは1つ。白崎様は大丈夫だよ」


「えっ良かった、翼様は大丈夫なんですね。でも······どうして言い切れるんですか?」


「正直言い切れる訳じゃないけど、異世界人が狂うって所がポイントね。私が思う、狂う理由は大きく3つあるの」


 1つ目は、異世界人の心が弱く、この国に馴染むことができない。

 2つ目は、相性。異世界人とこの国の人間、考え方も違うし、寄り添うのが難しい。


「私的には、3つ目の理由が全てな気がするんだけど。プリムちゃんが言う狂う異世界人ってさ、『奴隷』に酷いことをする人ってことだよね? それは、元々性格が悪いんだよ。時間が立つにつれて、本性を現したってこと」


「あっ、だから大丈夫なんですね。翼様は優しい人ですから」


「正解、そういうことだよ」


 ビネットの優しい言葉を聞いた所で、ケーキが運ばれてくる。

 2人は美味しいケーキに、頬を緩ませるのだが、プリムがもう一つ気になる疑問をビネットに問いかけると、プリムの予想とは違う答えが返ってくるのだった。

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