第19話 最初の洗礼
地図を見て、2人は第4騎士団の拠点へと向かっていく。午後の早い時間だからか、あまり他の人が歩く姿は見かけない。
「全然人が居ないけど、道合ってるのかな?」
「どうなんでしょうね、元々上流区画って賑やかじゃないですけど······」
もう少し進んで行くと、長く続いた塀と大きな扉が見えてきた。
上流区画にある代表的な物は、『王』が住む城と、上流階級の人間が住む家、それと各騎士団の拠点が設けられていることであった。その代表的な物の1つ、第4騎士団の拠点が姿を現した。
「こ、ここかな。思ったより大きいかもしれない」
予想以上に大規模な拠点を見て、翼は緊張を高めていた。
それでも、勇気を出して門の前に立つ人へと声を掛ける。
「す、すいません。異世界から来た白崎翼です、今日は此方に来るように言われてまして」
「おおっ、異世界の人ですね。話は聞いていますから、少しお待ちください」
門の前に居た2人のうち1人が中へと入っていくと、翼とプリム、それと見知らぬ門番の3人の時間が訪れる。とても気まずい雰囲気が続くと、プリムが我慢の限界を感じていた。
(うぅ、気まずい。何か話した方が良いのですかね、ど、どうしましょう)
プリムが声を出すぎりぎりの所で、中へと入った門番が戻って来る。その門番が、着いて来るように言うと2人は歩き出した。
「ねぇプリム、さっきソワソワしてたけど、どうしたの?」
「えっと、気まずかったので、何か話した方が良いのかと考えてました」
門番の後ろで、翼は小声で話し掛けていた。
なんとなく嫌な予感がしていたのだが、プリムの話を聞くと、嫌な予感が当たっていたことに溜め息が出た。
「プリム、知らない人の前では静かにしていた方がいいよ。性格の悪い人はどこにでも居るもんだからさ······」
「ごめんなさい。そうですよね、翼様と居ると、私が『奴隷』なのを忘れてしまって」
良く顔を合わせる人達の中で、ビネットやサティアなどは、はっきりとは言わなくても、プリムのことを『人』だと思って接してくれていた。その中でも、翼は当たり前のように『人』として接しているのが、プリムが『奴隷』を意識できていない理由であった。
(そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、時と場所は弁えないといけないよな······はぁ、でも強くは言えないんだよね)
門の中へと入ると、広い敷地で訓練している人達を見ることができた。それを横目に通り過ぎると、建物の中へと入っていく。
案内された部屋には、豪華な装飾で飾られたテーブルで、優雅に紅茶を飲む女性の姿があるのだった。
「良く来てくれましたね。どうぞ、そちらの椅子へ座ってください」
翼に声を掛けた女性が、第4騎士団の団長であった。
白銀の腰まで伸びた髪は、よく手入れされているようで、綺麗な輝きを放っている。
「失礼します。白崎翼です、ほ、本日は、ご招待して頂き有難うございます」
「そんな堅苦しい挨拶は不要ですよ。私は第4騎士団の団長を務める、ヴァリアン・ミリーノです。今日は楽しくお話をしましょう」
翼が椅子へ座り、その後ろにプリムが立った状態で会話が始まる。
――本当に、他愛のない会話をヴァリアンは楽しんでいるようであった。
翼が元いた世界の話や、この世界に来て何をしたいのかなど、ヴァリアンが質問して翼が答えていく。
「翼はとても努力家なのでしょうね、努力を続けていれば必ず強くなれますよ。それが、こちらの世界での当たり前ですからね」
「は、はい。頑張ります」
「特別指導の期間が終わったら、また会えると良いですね。その日が来ることを楽しみにしていますよ」
話の流れ的に、楽しいお話の時間は終わりのようであった。
翼は、質問の受け答えを誠実に答えたつもりだが、それを聞いたヴァリアンの反応を見ても、翼には印象が良かったのか、悪かったのかは良く分からない。
「帰りに団員の訓練でも見学してはどうかしら、勉強になると思いますよ。ザンっ、案内して差し上げて」
部屋の入口でずっと待機していた男へ、ヴァリアンが指示を出す。
(ふぅ、緊張したけど、終わりかな。招待されるって、こんなものなのか。気になることはたくさんあったけど、質問することはできなかったな······)
翼が気になったこと。それは、戦闘など縁がなさそうに見えるヴァリアンが、騎士団の団長として、どれだけ強いのかと純粋に疑問に思ったこと。それと、プリムを見ることもなかったヴァリアンが、『奴隷』についてどう思っているのかだ。
この疑問も、いつか聞けたら良いと軽く考えている翼。対してプリムは、早く帰りたいと浮かない顔をしながら、時間の過ぎるのを待っているのであった。
(うぅ、やっと帰れそうです。私、この人苦手かもしれません······多分だけど、私のこと嫌っていそうですし)
翼は気が付いていなかったが、翼が椅子へ座る瞬間、一瞬ではあったが、ヴァリアンはプリムを見ていたのだ。
その眼光は鋭く、まるで親の仇でも見るかのような、憎しみを込めた瞳なのだとプリムは感じていた。
「案内しますので、着いて来てください」
「あ、はい。あの、紅茶ごちそうさまでした。それでは、失礼します」
外へ出て敷地に目を向けると、来た時よりも訓練している人間が少なくなったのが判る。
その光景を見て、案内役のザンが口を開いた。
「さっきまでは合同訓練をやっていたんだがな、今訓練しているのは、新人か真面目な奴ぐらいだろう」
「そうなんですね、合同訓練を見てみたかったです」
「第4騎士団は実力者揃いだからな、合同訓練は圧巻だぞ。うちに入ったら嫌でも見れるがな」
ザンが実力者揃いだと言うのは確かな情報だ。騎士団は基本、数字が低い方が上位の騎士団であり、この国で第4という数字は上位である証でもあった。
ザンと話しながら訓練を見ていると、訓練を終えた団員が近づいてくる。
「ザン、招待した異世界人か?」
「そうだ、ゼレクト。お前は訓練上がりか?」
ゼレクトと呼ばれた男は、ザンと親しげに話しをしている。この2人は、同じ『階級6』のプレートを胸に付けていることから、同等の関係なのだと翼は見ていた。
「よぉ、俺はゼレクト・マーベラルだ。お前の名は?」
「僕は白崎翼です。よ、宜しくお願いします」
ゼレクトは、翼に話しかけたと思うと、少し離れた位置に居るプリムへ近づき顔を覗き込んだ。
「この世界のことを知らないとはいえ、『奴隷』を連れて歩くのは好きじゃねぇな。金持ちの趣味みてぇで気持ち悪りぃんだよ」
「す、すいません。でも、金持ちでもないですし、趣味とかでもないので······」
ゼレクトの雰囲気が変わると、翼は過去のことを思い出してしまった。金髪でやんちゃそうに見えるゼレクトが、中学時代にいじめられていた不良に見えてくる。
翼が言われたことに否定の言葉を返したのは、萎縮してしまうのと同時に、何か言い返さなければ昔の二の舞いになってしまうと、咄嗟に思ったからだ。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。男らしくもねぇし、お前は騎士団には向いてねぇよ」
「ちょっ、言い過ぎですっ」
ゼレクトのあまりの言いように、今度はプリムが睨みつけて一言返してしまった。
すると、乾いた破裂音が響き渡る。プリムの頬が赤くなり、痛みが後から押し寄せる。
「や、やめろぉぉっ」
目の前で起きた衝撃に、翼は頭に血がのぼる。
自分が何か嫌なことをされた時にも、こんなに怒ることはなかったのに······出会って間もない少女を守りたい一心で、身体が勝手に動き出していた――
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