第61話 狩りの約束

 魔獣バッディオの繁殖期に入ってから、既に繁殖期が終わるまで半分ほどの日数が経過してしまった。

 時間が少なくなっていく中、約束の狩りを実行すには、まずミスティアとルッコスに出会わなければならない――


「あれからミスティアさん達と会えてないけど、どこに行けば会えるんだろう?」


「そうですよね······。あっ、ヴァンス様って有名人ですよね、『階級1』の区画に行けば自宅とか判るんじゃないですか?」


 『階級1』の区画。数少ない、国のトップが住まう区画に行く。プリムの言ったことは名案かもしれない、だが翼は尻込みしてしまう。

 国の中なので本来危険はないはずなのだが、国の外で魔獣に遭遇することよりも、よっぽど危険が待ち構えている気がしてしまうのだ。


「はぁ、連絡手段がないのって不便だよね。『階級1』の区画かぁ、他に案もないし行ってみようか」


 ――自分達よりも上位の区画を抜け、最上位の区画へ入ると······景色は一変した。

 他の区画にはたくさんの家が並んでいたのだが、『階級1』の区画は別物だ。

 空地なのか、誰かの家の庭なのか分らない。国の外にでも来たかのように、家が見当たらなかった。


「自然豊な所に来ちゃいましたね、場所は合ってるのでしょうか?」


「どうなんだろう。でも芝が手入れされてるから、誰かのお庭なのかもしれないね」


 翼とプリムがひたすら進むしか選択肢がなく困っていると、道の先からこちらに歩いてくる人の姿が目に入る。


(人だっ。この辺は特に人通りがないからな、ヴァンスさんの家、教えて貰えるといいんだけど······)


「すいません。教えて貰いたいことがあるんですが、今お時間大丈夫でしょうか?」


 翼は、水色の髪と抜群のスタイルの女性に声を掛けた······だが声を掛けた後、ある物が目に入ると驚愕することになる。


「こんな所でどうしたのかしら、言ってごらんなさい」


「ヴァンスさんの家に行きたいのですが、場所をご存知でしたら教えて頂きたくて······」


「あら、ヴァンスの知り合いなの? 珍しいわね、こんなに若そうな子が訪ねてくるなんて」


「知り合いと言うか、ヴァンスさんには一度会ったぐらいなんですが······あの、ミスティアさんと約束がありまして」


「約束か、ヴァンスの娘もそんな年頃になったのね。娘さんに会いに家に行くなら気をつけた方が良いわよ······あそこの使用人は、親よ溺愛してるから」


 不吉なアドバイスと、ウィルネクト家の場所を教えて、女性は立ち去って行った。

 翼は、女性の背中に深々とお辞儀をして一息つく。


「だ、大丈夫だったかな。あの人、『階級1』のプレートを付けてたね」


「はい、緊張しちゃいました。でも優しい人で良かったです」


 緊張感を残したまま教えて貰った道を歩いて行くと、大きな屋敷が見えてくる。

 塀に囲まれた屋敷は、庭に何軒も家が建つほど広い敷地を誇っていた。


「あそこかな、門が見えるけど人は居ないね」


 門の前までやって来ると、隙間から庭の様子を見ることができる。砂煙で曇って映るが、庭に人が居るのが判った。


「誰ですかね、翼様見えます?」


「うぅ、誰かなぁ······」


 庭に居る人物は、ミスティアとルッコス、それとヴァンスの3人であった。

 3人は相当激しく闘っているようで、中々見分けがつかないほど砂煙が上がっている。


「あれは、たぶんミスティアさんだ。あとヴァンスさんも居ると思う」


 赤い髪が揺れる姿が見えて、ようやく誰なのかが判る。

 きっと訓練しているのだと考えた翼は、声を掛けていいのか迷ってしまった。


(邪魔したら悪いかな、でもここまで来て帰るのもな······)


「翼様、ちょっと声を掛けてみますね」


「すいませ〜ん」


「······すいませ〜〜ん」


 プリムが声を掛けたあと、翼も大きな声で呼ぶことにした。ここまで来て気を使うのは、自分の悪い癖だと反省する。


 庭に居た人間の動きが止まった。

 誰かが来たことに、ヴァンスが気付いたようだ。


「おっ、翼とプリムじゃねぇか。そうか······ティアを探しにわざわざ来てくれたか」


 ヴァンスは翼の顔を見て、前に聞いた話を思い出していた。

 『娘とバッディオ狩りの約束をしている』この約束が果たされていないのは、自分が外出を禁止してしまったからだと思い至った。


「はい。魔獣ハンターのランクが上がったので、いつでも狩りに行けるのを伝えたくて」


 ヴァンスより遅れて、ミスティアとルッコスも駆け寄って来た。ミスティアが翼の姿を発見すると、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ん、いいとこに来た。これはチャンス」


 ヴァンスが外出を禁止したのは、プルメリーナの目撃情報があったと、タルケから連絡が来たからだ。

 その前から国に留まっていたヴァンスであったが、プルメリーナが動き出したと聞くと、警戒を強め、自分が娘と居ることが最善だと考える。その結果がミスティアの外出禁止に繋がった。


 だが、理由もなく外出禁止と言うわけにもいかなかったヴァンスは、ミスティアがヴァリアンに負けたことを理由に稽古をつけることにする。

 そして、本気の自分に一撃を入れられるまでは外出禁止、この約束を娘と交わしたのであった。


「ミスティア様、ルッコスさん、お久しぶりです」


「久しぶりだなプリム。すいません翼様、待たせてしまったのには理由がありまして······」


「ルッコス、話は中で。翼、プリム、よく来た」


 ミスティアは、ルッコスの話を遮ると、ヴァンスにも遠くへと行くように言う。

 庭の中へ4人で入ると、小さな声で話し始めた。


「ん、良しっ。ルッコス、経緯説明して」


 ルッコスが外出禁止の経緯を説明し、翼が魔獣ハンターのランクが上がったことを伝える。そこでミスティアが、「ん、4人なら一撃いける」と協力を求めるのであった。


「4人って、僕とプリムもヴァンスさんと闘うんですか······でも、一撃入れないと一緒に狩りには行けないのか」


「ん、翼の能力、期待」


「翼様、特訓の成果を見せる時が来ましたね。私の魔法も役に立つかもです」


 翼が能力を発動できるように訓練していたことや、プリムが使えるようになった魔法を説明する。

 ミスティアとルッコスも自分達の戦闘スタイルを説明し、ヴァンスの能力を翼とプリムにバラすと、一撃を入れるための作戦会議が開始された――


「ん、この作戦なら、いける」


「······そんなに上手くいきますかね」


 ミスティアは自信有りのようだ。そして立ち上がると、ヴァンスの元へと向かっていった。


「父様、4人で勝負。一撃入れたら、外出認める」


「なんだ、翼とプリムも巻き込んだのか。まぁ4人でも結果は変わらないだろうからな、纏めて相手してやるよ」


 こうして、4人で狩りに行くための闘いが始まる。ミスティアの作戦通り、『階級1』のヴァンスへ一撃を入れることが、本当に可能なのだろうか――

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