第34話 二人目の被害者

 第11騎士団の拠点から帰る途中、考え事に夢中になっていたビネットは、突如として嫌な予感に襲われた――

 歩く速度が上げ家路を急ぐが、時は既に遅かった。


 ――気づく間もなく、ビネットの膝が地面へとぶつかる。


(あれ······ひ、膝が痛いっ。くらくらする、どうなってるの?)


 精神攻撃を防ぐ魔道具のお陰で、何とか意識を保つことができたビネット。

 自分の身に何が起きたのかを考えることができても、言うことを聞かない身体がゆっくりと地面へ倒れ、意識が塗りつぶされるように薄れていく。

 それでも、ビネットは諦めてはいなかった。魔力を高めて精神攻撃へと抗い、自分にできることを精一杯やり遂げようと踏ん張った。


(素敵な彼氏もできたことないのにっ、こんな所で死ねないんだから。私を甘く見ないでよね······一目だけでも犯人の顔を見て、その後は死んだふりでやり過ごす)


 瞬時に自身が今できることを考えると、顔だけを少し動かし、後ろを確認しようと薄めを開ける。

 すると、犯人と目があってしまった。


「やるじゃない······」


 ビネットの五感に届いたのは声だけではなかった。背中にも嫌な感触があると思った瞬間、ビネットの意識は閉ざされてしまった。


(計画を早めなければならないわね······)


✩✫✩✫✩


 夕刻、病院へと数人の監査官が訪れていた。


「先生っ、ビネットは助かるんですか? どうなんですっ」


 ベットに寝かされたビネットの手を握り、ミルスタット先生へと問い詰めるように言葉を発しているのは兄のドーガだ。


「厳しい状態かと、何かの術が未だに彼女の精神を蝕んでいます。精神には『癒』も効かないので、手の施しようがないのです」


「くそっ、私が着いて行けていれば······少し性格を考えれば分かった筈なのだ、ビネットを優先させるべだと」


 この時ドーガは、自分が真面目でいかに融通が利かない人間であったのかと後悔していた。

 妹のビネットに、いつも言われていたことを思い出す。そして、自分とは違いビネットがどれだけ優秀だったのかと考え······ふと、思いついたことをミルスタット先生へと問いかけた。


「先生、ビネットが残したものなどはなかったのですか?」


「ん? あぁ、残した物なのかは判らないが、服のボタンを引き千切って強く握っていましたよ」


「ど、どれですかっ、早く見せてください」


 ミルスタット先生が、机の上に置いてある服のボタンをドーガへと手渡す。

 その服のボタンを見て、ビネットならば絶対に何か手掛かりを残す、これが犯人への手掛かりなのだと信じ、ドーガは強く握り締めた。


 ――病院に居るドーガも含め、全ての王国監査官へと通達がくる。

 それは、タルケ・ハンクライン監査長からの招集命令であった。タルケが直々に招集を掛けるのは珍しく、ビネットの件であることは明らかだ。


 病院から直接王国監査官の拠点へ向かったドーガ。到着し建物へと入ると、既に殆どの監査官が揃っていた。

 集まった王国監査官を務める者達、そんなに多い人数ではない。少数精鋭、選ばれた者、忠誠心の高い者、そんな人間しかタルケは採用していない。


 人数は少なくとも、優秀な人材が集まったホールで、タルケがビネットの件を話し始める。


「ビネットを襲った犯人を捕まえる。この犯人が今まで野放しになっていたのは、僕にも責任があってね······容疑者は数人だけだ、今から言う人物を見張り証拠を手に入れろ」


「「はいっ」」


 容疑者は数人。タルケが話している間も、ドーガは誰を見張るのが正解なのかをずっと考えていた。


(ビネットが残したボタン。流石に妹が優秀でも、襲われた短時間で複雑な手掛かりは残せまい。私にも直ぐに解る手掛かりの筈だ)


 ドーガが考えを巡らせる間もタルケの説明は続き、容疑者が誰なのかを話し終えると、ビネットが見つかった状況を話していた。


(場所は第11騎士団の近くか······そこへ訪問した帰り道で襲われた。それならば、やはり犯人はサブリナ・ベルメストか?)


 現時点で判明している情報を話し終え、タルケが部下一人ひとりに役目を指示していく。

 そんな中、ドーガは自ら犯人だと考える人物への見張り役を志願する。真面目なドーガが、場を乱す行為をするのは始めてのことであった。


「妹の敵討ちだね、それでこそ兄の鏡だ。僕は、そういうのは嫌いじゃないよ。でも手掛かりを手にしたら、必ず僕に知らせることは忘れるなよ」


 穏やかに話していたタルケであったが、内心怒りが溢れ返っていた。

 今回は誰が犯人であろうと許さない。過去の誤ちを償う思いと、仲間の敵討ち。今この時をもって、『階級1』タルケ・ハンクラインが本気になった。


✩✫✩✫✩


 翌日、早朝から犯人は行動を開始していた。


「足取りが掴めました、予測通り国外へ狩りに向う模様です」


「そう、それでは私も向うとしましょう」


 この人物は、部下の前では余裕を見せていたが、自分にはあとがないのだと理解している。王国監査官が、何の理由もなく過去の事件を調べている訳がないのだ。


(私がこの国で生き残る、それには2手足りない······それでも諦めてあげるものですか、誰よりも上に立って私を認めさせてみせるわ)


 ――行動を開始した犯人が国の外へ出ると、草原地帯を抜け森へと入っていく。

 魔獣を軽々と倒し先回りをする犯人は、かなりの実力者だということが判る。


 そして先回りすることに成功すると、犯人が狙っていた人物がもう少しで向かって来る。

 ビネットの時と同じく、奇襲で終わらせるつもりだ。


 標的が狙える距離へと近づくと、躊躇なく命を奪うための攻撃を仕掛ける。

 だが、狙われた相手はその攻撃を『風』の魔法で探知し、大剣で薙ぎ払い防いで見せた。


「最近の若い娘は中々やるのね。でも貴女はここで死ぬのよ、ミスティア・ウィルネクト」


 犯人の狙いはヴァンス・ウィルネクトの娘、ミスティア・ウィルネクトであった。


 犯人が考える最後の1手へと繋げるために、狙われることになってしまったミスティア。

 ミスティアは、この危機を乗り越えることができるのであろうか――

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