第35話 ミスティア・ウィルネクト

 ――時間は遡り、12年前。


「おらっおらっ、そんなんじゃ父様は止められねぇぞっ」


「んっ、やっ、ぐぅ」


 まだ歳が3つであった頃のミスティアは、父親のヴァンスが家を空けるのを拒むほど、父親を愛してやまない女の子であった。


 当時からSランクの魔獣ハンターであったヴァンスは、一度狩りへ出掛けるとひと月もふた月も家を空けるので、出掛ける日は必ず、娘であるミスティアが止めようと闘いを挑んでいた。


「ティアっ、俺を止めたきゃもっと強くなんねぇとなっ。それじゃ行って来るぜ」


「ん、行って、らっしゃい」


 闘いに負けると、素直に送り出す。ミスティアも幼いながらに分かってはいた、父親は仕事に行くのだということは。

 その後は、大勢居る家の使用人と遊んだり、勉強したり、訓練をしたりと大忙しだ。

 だが、たくさんの人が居てもミスティアが満たされていないのは、母親の姿がそこにはないからであった。


「じぃや、訓練する」


「分かりました。それでは準備をしておきますので、朝ご飯をちゃんと食べておいてくだされ。そうそう、好き嫌いをしては強くなれませんからのぉ」


「むぅ······ん」


 ミスティアは3歳の頃から、遊ぶことよりも、勉強することよりも優先するのが、訓練して父親を止めることになっていた。


 ――4歳、5歳、6歳とヴァンスに闘いを挑んでも、腕すら使うことなくあしらわれる。

 だが7歳になった頃に、片腕を使わなければ防げない時があるほど、ミスティアは速さを上げていた。


「おっ、今のはいいじゃねぇか。流石俺の娘だな、俺に腕を使わせる人間は大人でも中々いねぇぜ」


「んっ、行ってらっしゃい」


「お、おう。行ってきます」


 段々と、父親を止めることから、父親に勝つことへと目的が変わっていくミスティア。そのためには、人並外れた訓練が必要になる。


 本人の意思もそうだが、父親であるヴァンスの意向も、使用人達の興味もミスティアが強くなることに集中していた。それが、偏った日々を送ることに繋がっていくと、当時は考える者がいなかった······。


「じぃや、私も、魔獣ハンター、なる」


「ミスティア様は父上と同じ魔獣ハンターになられるのですね、目標を持つのは良いことですぞ」


「じゃ、明日から」


「ちょっ、ちょっとお待ちくだされ。大事なことは父上に相談してからですぞ」


 ――この時のミスティアは、まだ10歳であった。

 実力的には1人でもやっていけると、使用人達も思ってはいたが、外に出ることを考えるとやっと気が付くことになる。ミスティアのコミニュケーション能力が極端に低いことを。


 この日、使用人が全員集まりミスティアのことを話し合った。

 使用人は皆、小さい頃から面倒を見ていることで、ミスティアの口数が少なくとも意思を汲み取ることができた。それがミスティアのコミニュケーション能力が低い理由だと反省する。

 それと、ヴァンスの意向なのか、この場には男の使用人しか見当たらない。ミスティアの女子力が欠片も見当たらない理由はこれだろうと、使用人は頭を抱える。


「皆よ、ヴァンス様が帰られたら相談しようではないか。ま、まだ遅くはないはずじゃ」


 数日後、ヴァンスが狩りから帰ってくると、使用人達は急いで相談を持ち掛ける。

 1つは、ミスティアが魔獣ハンターになると言い出したこと。

 もう1つは、女性の使用人を雇い、ミスティアに女性らしさと会話術を教えた方が良いのではないかと提案した。


「そうか、ティアも10歳だもんな。段々母親に似てきたとは思っちゃいたが、女性らしさも必要だな」


 ミスティアの母親は、娘の命と入れ代わりこの世を去っていた。元々身体が弱かった彼女だが、美しく優しい彼女は誰からも愛される素晴らしい女性であった。


「本当ですのぉ、ミスマリル様に似て美しくなってきました。ですが、中身は正反対ですぞ。悪いことではありませんが、ヴァンス様を含め我々の責任です。このままでは、良い殿方と巡り合うことができるかどうか······」


 対策を色々と考えるが、ヴァンスよりも使用人達の意見が纏まらない。

 魔獣ハンターの中から、女性を雇いお供にするという意見には、女性だけで行動したら変な男が寄ってくる可能性あると反対し、使用人が1人お供になると言えば、自立できなくなると反対する。

 それではと、ヴァンスが男を雇ってお供にすれば良いと言えば、「馬鹿なことを言わないでください、男と2人で組むなど問題外です」と使用人が一斉に反対した。


 結局、殿方との出会いなどまだ早いという結論になり、残念ながらミスティアの女性らしさが磨かれることはなかった。

 そしてお供には『奴隷』を買い、教育してからお供にすることで纏まった。その『奴隷』が、現在も一緒に行動しているルッコスであった。


 母親からの愛情が注がれることはなかったが、多くの者に愛されたミスティアは、優しく強い少女へと成長した。言葉では表すことができなくとも、心は豊かに育っている。

 それと、この偏った生活が年齢以上の実力を手に入れた理由でもあったのだ。


✩✫✩✫✩


 そして現在、手にした実力のお陰で、奇襲を防ぐことに成功したミスティア。

 だが、危機は去った訳ではない。目の前には、襲ってきた者の姿があるのだから。


「貴女は、『白銀の魔女』?」


 そう、一連の事件を起こした犯人は『白銀の魔女』。現在、第4騎士団団長を務めるヴァリアン・ミリーノであった。


「私のことは知っているのね、あまり俗世のことに興味はないと聞いてたので知らないかと思ってましたわ。貴女が命を落とすのは、私の完全な私欲ですの。ごめんなさいね」


 ヴァリアンが想いのない言葉と共に、ミスティアへと襲いかかる。

 それと同時に、ヴァリアンと共に居たザンがルッコスへと襲いかかった。


 ミスティア対ヴァリアン、ルッコス対ザンの闘いが始まった――

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