第36話 闘いの行方

 翼とプリムは、今日も朝から国の外へと狩りをするために向かっていた。

 国を出るまで2時間程度は街の中を歩くのだが、今日は街の雰囲気がピリピリとしているように感じる。


「何だろうね、あっちの区画が騒がしくない?」


「事件でも起きたのでしょうか、巻き込まれたら恐いですよ」


 ハンター組合にも、用事がなければ寄らない2人は、人との交流が少なく、現在進行系で起きている事件も、ビネットに起きたことも知ることはなかった。


「翼様、今日も手押し車は借ります?」


「借りる予定だよ。最近は狩れる数が増えてきたし、手で多くの魔獣を持ち運ぶのは辛いからね」


 翼とプリムの最近は狩り場、それは草原と森の境界線であった。距離を移動しなければいけないことと、森から危険な魔獣が出てくる可能性も考えたが、境界線付近の方が狙う魔獣の数も圧倒的に多いことが分かったからだ。


 ――ハンター組合が運営する買い取り所で、手押し車を借りると、門から国を出て草原を北へと向かっていく。


「一度エアサークルを使っておきますね」


 エアサークルを使い始めてから、1ヶ月程度の日数が経過している。その間に、プリムが使うエアサークルは性能を高めていた。


「半径500メートルは魔獣が居ませんね、それじゃ進みましょうか」


「うん、やっぱりプリム凄いよ。距離もそうだけど、その速さで魔獣が居るのか把握できるのは天才なんじゃないか」


「い、いやいや。そ、そんなことないですよぉ。もうっ、褒め上手ですね」


(嘘で言ってる訳じゃないけど、プリムめちゃくちゃ嬉しそうだな。褒めるのは大事だって、うん覚えておこう)


 和やかに草原を進み、北の森付近へと到着すると、ここで又もやプリムの出番だ。エアサークルを使い魔獣を発見する、そして翼が魔獣を狩るのだ。


(ん? 人だよね······)


「翼様、森の中で何か起きてます。もう一度エアサークルを使いますから、少し待ってください」


 始めてエアサークルを使った時は、風をじっくりと当てて観察していたが、今は止めることなく風を動かし、魔獣を見つけていた。

 エアサークルで人を捉えることは少なくないのだが、今回は、人の位置や姿勢などが不穏を感じさせている。


「ど、どうしましょう? えっと、5人居て、た、たぶん争ってる感じです。翼様······」


「えっ、ちょ、ちょっと待って」


(えっと、争っているなら止めた方がいい。でも、森に入ってはいけないのと、僕達が行って意味があるのかだ······)


 翼は、考えても答えを出せなくて焦り始めていた。人として行動するのであれば、争いを止めに行くべきだと思う反面、ルールを破ることと、危険に身を晒す価値があるのかと悩む。


(くっ、どうする。僕だけなら、行ってもいいけど。それをプリムが許す筈無いし、命に関わる状態なら早く行って助けなくちゃ······)


「翼様、私は行くべきだと思います。もし、私のせいで悩んでるのなら、私はここで待ってますから」


「············それなら、行ってくるよ。プリムは森から少し離れてから、エアサークルを展開して。もし、魔獣が来たら逃げれるようにして待っててほしい」


「判りました。翼様、あっちの方角で、距離は500メートルぐらいだと思います」


 翼は、プリムが指差す方角へと走って行く。

 始めて森の中へと入る緊張と、何か悪いことが起きているかもしれない状況が、更に翼の緊張を高めていく――


 人の気配を感じるまで近づくと、翼にもはっきりと人が闘っているのが見えた。

 その人物が、全員翼の知っている者だとは気が付く前に戦闘に割り込むことになる。


 ――地面に伏した状態のミスティアに、ヴァリアンが剣を振るう瞬間であったのだ。そこへぎりぎり間に合うと、翼がミスティアの代わりに剣を受け止めた。


「なんだ貴様、邪魔立てするでないわっ」


 ヴァリアンは翼を見て、一目では気が付かなかったが、黒髪が目に入ると直ぐに思い出す。

 対して翼も、白銀の髪を見て剣を振るう人物が誰なのかに気が付いた。


「だ、団長さん。それに、ミスティアさん」


 翼が言葉を発すると、ミスティアが力を振り絞り大剣を振るう。

 振るわれた大剣は、空を切る。ヴァリアンは容易く躱すと少し距離をとった。


「貴様は、異世界人か。こんな所で会うとは、まったく運が悪い男ね」


「ど、どうなってるんですか? 何でこんなことに······」


 翼の視界に、森の木々が倒れ地面が派手に抉られているのが見える。それは、ここで激しい闘いが行われていた証拠だった。


 ――翼が到着する前。一時、ミスティアとヴァリアンは互角の打ち合いを演じていた。

 ミスティアの肩書は、上流階級7でCランクの魔獣ハンター。対してヴァリアンの肩書は、上流階級2の第4騎士団団長だ。

 ヴァリアンが魔法を得意としているとはいえ、剣技で互角に打ち合えていることでもミスティアの才能を十分認められる。


 それと、少し離れた位置では、ルッコスとザンが闘っていた。こちらは、全てにおいて互角と言ってもよい闘いであった。

 ザンは、『奴隷』がここまで闘えるなど思ってもみなかった。『奴隷』など直ぐに倒し、ヴァリアンの闘う様を傍で観る予定だったのにと、苛立っていた。

 ルッコスも負けられない。ヴァンスや使用人に今でも鍛えられ、ミスティアを守る役割を任されているのだ。


 そして、ミスティアが危機を迎えていたのは、ヴァリアンの魔法が原因であった。

 ヴァリアンが使う魔法は、一般的な魔法でも威力も高ければ精度も高い。剣技と組合せて使った時点でミスティアを押し始める。

 だが決定打となったのは、ヴァリアンが公表せずに隠してきた特殊能力であった――


「異世界人が知る必要などないわ。直ぐに意識を塗りつぶしてあげるから、目を瞑っていなさい」


 ヴァリアンが『白蛇』と言うと、手から真っ白な蛇が放たれ翼へと向かっていく。

 この能力が、今まで形跡を残さずに人の命を奪ってきた正体であった。

 その恐ろしい力が翼へと襲いかかる――

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