第37話 特殊能力
翼へと襲いかかる白き蛇――
ヴァリアンが殺意を持っていると知った翼は、剣でその白き蛇を退治しようと突き刺すのだが、上手く躱され足下へと接近を許してしまった。
「んっ、いけない」
ミスティアが声を上げるほど、その白き蛇は危険なものであった。
一度受けたミスティアは、それが外傷を与えるものではなく、精神を蝕むのだと気付いている。
そして翼の足下へとやって来た白き蛇は、脚へと噛みつこうと口を空ける。翼は、噛まれたら毒があるのではないかと考え、必死に避けようと脚を動かすが、それは無駄に終わってしまった。
「くっ、あれ?」
噛みついた筈の白き蛇は、翼に触れた瞬間姿を消す。
一瞬の静寂の後、身体の中へと入った白き蛇が精神を白く塗りつぶし始めた。
「うぅ、なんだ······意識が」
精神攻撃を防ぐ唯一の方法は、身体の中で魔力を操り精神攻撃を妨害すること。子供と同程度しか魔力を理解していない翼は、精神攻撃の防ぎ方など知る由もないのであった。
「あら、前に見た時より随分逞しくなったと思ったけれど、中身は成長していなかったようね。まぁ良かったわ、思ったより時間が掛かっていたから邪魔者は簡単で」
精神攻撃の弱点は、相手が備えている状態では効果が発揮されづらい点だ。
そのため、奇襲による攻撃が最も効果を発揮する。他にも、心を弱らせ、その隙をつくなど効果を上げる方法は幾つかあるのだが、ヴァリアンの魔法は判っていても防ぐことが難しいほど強力なものであった。
「ヴァンスの娘、覚悟は良いかしら――」
翼が助けに入ったことも虚しく終わり、ミスティア自身も死を覚悟したその瞬間。
ミスティアの瞳に、光り輝く『つばさ』が映し出される。その正体は、翼の持つ特殊能力であった。
光り輝く『つばさ』が現れると同時に、半径5メートルほどの球体が翼を中心として展開されていた。
優しい光でできた球体は、翼とミスティアを癒やしていく。
「ん? 消えた······」
現状を最初に理解したのはミスティアであった。精神を蝕んでいた魔法が消えたのを感じると、立ち上がり翼の前で大剣を構える。
(私の魔法が消された······ちっ、『つばさ』ってただの身体変化って話だったじゃない)
次に気付いたのはヴァリアンであった、翼を招いた時に見た情報を思い出して舌打ちをする。
それでも、その後を考え直ぐに行動に移せるのは、国の上位者として本物であったからだ。
球体に触れ、自分に害がないかを確かめると、白蛇を放ち検証する。次は、火球を創りミスティアへと放つ。
(ほう、素晴らしいわ。魔力を無効にする能力かしら? こんな時ではなかったら、私の部下に是非とも欲しかったわね······)
「今度は、こっちの番」
好戦的なミスティアが、球体から出てヴァリアンへと襲いかかった。
ミスティアの大剣は一度空を切り、切り替えした大剣はヴァリアンに受け止められる、そして、ミスティアの腹部に衝撃が走った。
それは、ヴァリアンによって蹴り飛ばされた衝撃だ。
「大分消耗してしまったようね、動きが鈍ってるわ。少しは驚いたけど、終わりにしましょう」
ヴァリアンも本気で終わらせにくる。
狙うのはミスティアではなく、翼であった。翼の特殊能力を止めれば、今のミスティアなら簡単に始末できてしまう。
動きが鈍っているミスティアは、ヴァリアンの行く手を阻むことができなかった。
ミスティアを上手く躱したヴァリアンは、翼へと接近する――
(く、来るっ。もう一度、僕に防ぐことができるのか······)
能力が開花したことに思いを寄せる間もなく、翼に危険が迫ってくる。
だがそこへ新たな影が一つ現れると、翼の代わりに、ヴァリアンの剣を弾いた。
✩✫✩✫✩
同日の朝、第4騎士団、第8騎士団、第11騎士団は、王国監査官によって見張られていた。
その中、自らの意思で持ち場に付くドーガ・クビラヘルは、第4騎士団を見張っている。
(白いボタン、ビネットが残した手掛かりは、絶対に『白銀の魔女』を指している筈だ。妹の仇は、私が必ず討ってみせる)
――ヴァリアンがお供にザンだけを連れ、拠点から出て行くと、ドーガともう1人の監査官が跡をつける。
上流区画から一般区画へ移動し、ヴァリアンが国の外へと出て行く。すると、2つの理由から、ドーガと共に居た監査官が応援を呼ぶためにその場を去っていった。
理由とは、国を出ること事態怪しく、何かを起こす確信があったことと、相手がヴァリアンでは、2人で止めることが困難であったからだ。
そして、ドーガの予想は当たり、ヴァリアンがまた罪を犯した――
ドーガの役目は、ヴァリアンの犯行を目撃し証拠とすることであった。犯行が目の前で行われていたとしても、姿を現すことは役目に反する。
ミスティアが命の危機に陥っていた時も、翼が現れた時も、ドーガはじっとこらえ応援が来るのを待っていた。
だが、翼の能力を見て、翼の命が役目を果たすよりも重要となる。ビネットを救うことが、翼にならできるかもしれないのだ。
✩✫✩✫✩
――こうして、役目を無視して飛び出したドーガがヴァリアンの剣を弾いたのであった。
「白崎様、あなたの命は必ず守りますよ。私の命に代えてでもね」
「ド、ドーガさん」
ドーガが加わり3対1になったことで、個人が動くことも容易くなる。そのお陰か、ミスティアも息を整え翼の隣へとやってくる。
「私は、王国監査官のドーガ・クビラヘルです。ヴァリアン・ミリーノ、貴女の犯行は見させて頂きました。直に応援も来る、大人しく投降してください」
ドーガの名乗りを聞いて、ヴァリアンは身体を震わせていた。
その震えが恐怖からなのか、怒りからなのかは本人にも解らない。一つ言うのであれば、大人しく投降などしないということだ。
「わ、私を侮ることは絶対に許さないわ。私が、私がこの国で一番だって、プルメリーナよりも上だということを証明してあげる」
ヴァリアンが自身の決意を言葉にし、魔力を高めていく。
相手が何人居ようとも、全てを屈伏させるほどの恐ろしい魔力が、ヴァリアンの周りを渦巻くように形造る。
『白銀の魔女』が本領を発揮した――
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