第33話 過去を調べて
王国監査長のタルケ・ハンクラインから話を聞いたビネット、どうにかして手掛かりを掴みたいと、20年前の事件を再調査するため動き出していた。
(ボスの話が真実なら、プルメリーナ様は誰かに嵌められた可能性が高いんじゃないかな。その犯人が今回の事件にも関わってる可能性は十分にあるでしょ)
ビネットは20年前のお茶会に居た人物に、直接会って話を聞こうと考える。だが慎重に行動しなければ、自分の身にも危険が及ぶことは判っていた。
(私の勘だから、それが正解ってわけじゃないし、プルメリーナ様が復讐するために戻って来たって線もないとは言い切れないしな······誰からコンタクトを取るのが最善?)
話を聞いた時から、ビネットの中で一番怪しいと思う容疑者は確定していた。
問題はどのように行動していくかだ、いきなり本命を叩くのか、周りから徐々に攻めていくのか――
それと、第8騎士団長のルーシル・フェルクトル。彼女の死因についても疑問をもっていた。
(あの場に居た人物で、強力な精神攻撃が使えるのはプルメリーナ様だけ、だからこそプルメリーナ様の犯行だったと皆疑わなかったのよね。死因は本当に精神攻撃だったの?)
外傷もなく殺害する方法は、精神攻撃による精神の破壊。その他にも、強力な毒が使われた可能性だってある。
(まずは、死因を調べた医療術士から当たってみますか)
――諜報部の情報を見せて貰い、必要な情報を確認すると、ビネットはそのまま医療術士の元へと足を運んだ。
(ここね、今は居るかしら?)
正面の扉から病院へ入ると、中には患者が数人椅子に座っているのがわかる。
殆どの外傷は『癒』魔法で治すことができるが、原因が病原菌だったり、身体の内部に異常がある場合などは医療術士の出番がやってくる。
「すいません、王国監査官のビネットです。ミルスタット先生に話を聞きたいのですが、本日はいらっしゃいますか?」
受付に確認すると、ミルスタット先生は治療中のようで、話を聞くには長く待つ必要があるようだ。
(仕方ない、まぁ考えることはたくさんあるからね、今のうちに頭の中を整理しますか······)
――日が暮れる頃には、患者の姿も少なくなっていった。それから30分ほどが経過して、ようやくビネットの番が訪れる。
「お忙しい所、時間をとって頂き誠に申し訳ありません。何点か聞きたいことがありまして」
「私の方こそ、お待たせしてすまなかったね。答えられる内容なら聞いてくれて構いませんよ」
ビネットが最初にした質問は、ルーシルの死因と監査官の死因が精神攻撃であったのかだ。
「ルーシルとは、ルーシル・フェルクトル団長ですかね。まさか、あの事件と関連してるのですか?」
「まだわかりません、それを調査しておりますので」
ミルスタット先生は、過去と現在の事件、その両方に関わった医療術士であった。
その医療術士の答えは、精神攻撃による精神の損傷が死因であると断言していた。
「そうですか、例えば外傷を伴わない死因で毒などがあると思いますが、その可能性は?」
「毒ではないですね、外部でも内部でも毒が触れた箇所には形跡が残る」
「そうですか······それでは次の質問を、精神攻撃の種類は特定できますか?」
「症状によって精神攻撃の種類を予測するのは可能だと思いますが、遺体には何も残らないので難しいですね。ですが、魂を破壊するほどの精神攻撃なんて、使える人は限られるとおもうのですが······」
精神攻撃とは、文字通り精神への攻撃だ。
だが、精神というものは曖昧で、心であったり、魂であったりと解釈は別れる。
一般的な精神攻撃では、心に作用する場合が多く、身体機能まで奪うことは少ない。
しっかりと解明されてはいないのだが、魂へと干渉する攻撃ならば、一瞬で命を奪うことも可能だと言われていた。
「やはり『漆黒の魔女』が使う魔法ですかね、先生は見たことがお有りですか?」
「いや、魔法も魔法の被害者も知りませんね」
「そうですか······本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございました。また何かお気づきの点がございましたら、ご連絡をお願いします」
病院を出ると、夜空には星が煌めいていた。その星を眺めながら、ビネットは自宅へと帰ることにする。
(ふぅ、手掛かりは無しか。今日はもう遅いし帰りますか、明日からは兄さんにも同行をお願いしよう)
――翌日、ビネットは自宅のリビングで朝食を食べているドーガへと声を掛ける。
「兄さん、今20年前の事件を調べてるんだけどさ、今日は事件に居合わせた人物に会って話を聞こうと思うんだけど、同行できる?」
「いつ調査内容を変えたんだ、変える前に報告だろう······まぁ、今日は予定が入っているから、明日なら大丈夫だぞ。危険だと思うのなら、明日まで待ってくれ」
「そう、わかったわ」
本日は、ビネットが疑っている本命を相手に、鎌をかけてでも情報を手に入れるつもりであった。
だが、流石に1人では危険過ぎると、計画は中止する。
(でも、何もしないわけにはいかないからな、周りを少し攻めてみますか)
――ビネットが自宅を出て、直接やって来たのは第11騎士団の拠点だ。事件に居合わせた人物、サブリナ・ベルメスト団長の元へと訪ねてきた。
「約束はないのですが、監査官のビネット・クビラヘルと申します。サブリナ団長にお話がしたいと伝えて頂けますか?」
第11騎士団へ1人で来たビネット。ビネットが1人でも危険は少ないと判断した理由は、サブリナがビネットと同じ階級5であることと、サブリナもある意味被害者だと予想しているからだ。
待ち時間も少なく、訪問を気持ち良く受け入れて貰うと、団長室へと案内される。そこで待っていたのは、サブリナ団長と3人のお付きの者達であった。
部屋へ通され、軽い挨拶を終えると、ビネットが本題を切り出した。
「20年前の事件、ルーシル・フェルクトル団長が亡くなられた時の状況をお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「あぁ、あの時のことですか。そうですね、監査官からの質問は受け答えしなければなりませんものね、お話しますよ······」
ビネットは、目の前に居る人物が騎士団の団長なのだとは思えなかった。
サブリナの瞳は、暗く淀んでいるように見える。頬もこけ、力を感じない姿は随分と年寄に思える。
(歳は私よりも随分と上なのでしょうけど······団長を務めているなら能力は高いはずでしょ、こんなに老け込むのは変よね)
能力値の高い者ほど実年齢など無いに等しいのだ。
この世界では、『癒』魔法や、魔力による強化、そのお陰で若さを保つことができるのだから。
――過去を思い出しながら、サブリナは語ってくれた。内容はタルケに聞いた話と変わらなかったが、「プルメリーナの目が恐かった」ことや、「恐怖で追うことができなかった」など当時の感情は本人にしか言えないことであった。
(少し震えている? 20年前のことが恐ろしい出来事だったとしても、当時もこの人は団長を務める立場だったのに······やっぱり変よね)
一通り話終えると、サブリナがお付きの者へと耳打ちする。
すると1人、部屋から出て行った。
「あの、どうなされました?」
「彼は団員を指導する役目があるので、席を外しても構わないと言ったのですよ」
「そう、ですか。では少し質問を、ルーシル様は、なぜプルメリーナ様に突っかかっていったのでしょうか?」
「なぜでしょうかね、感情は本人にしか分からないのでは?」
この後も、幾つか質問したビネットだったが、手掛かりになりそうな情報はなく、第11騎士団を後にする――
(元々どんな人だったかは知らないけど、団長って柄じゃないでしょ。あれっ、私もしかして当たりを引いちゃった?)
帰り道、まだ日が高い位置で熱を放っている時間。
ビネットが考え事に意識を向けていると、その後ろには跡をつけている者の姿があった。
そして、ビネットが人気のない道へと足を踏み入れるのを見て、怪しい笑みを浮かべるのであった――
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