第47話 お気に入り
城を出て、ヴァンスの後ろを歩く翼とプリム。ヴァンスが向かっているのは、豪華で美味しい料理が食べられる最高級のお店だ。
「なぁ翼、ちょっと勿体ねぇことしたよな」
「えっ、な、何がですか?」
「タルケへの貸しを使っちまったことだよ。俺とタルケ、『階級1』の人間2人によ、貸しを作ってるやつ何かそういねぇからな」
「そ、そう言われればそうですね。でも、貸しを作りたくて助けた訳じゃないですから······」
店へと向う途中、ヴァンスが楽しそうに話しかけてくる。
初対面の翼は、ヴァンスがどのような人物か知らないので対応に困っていた。それに、ミスティアと同じ真っ赤な髪に、一目で強いと分かる体つきは、威圧感が半端ないのだ。
「翼は真面目そうだな。なぁ嬢ちゃん、嬢ちゃんは随分おとなしいな。俺は『奴隷』とか気にしねぇからよ、いつも通りにしていいんだぜ」
「そ、そうですか······えっと、もう少し慣れたら元気になると思います」
「あぁ、そうしてくれ。そういや、翼の発言は良かったな。嬢ちゃんも嬉しかっただろ?」
「えっと、嬉しかったんですけど、危ないことは駄目です。普段の翼様は色々考えてるのに、急に突っ走る時があるんですよ」
タルケへの返答も、感情が抑えきれないことが原因であった。それだけプリムのことを大事に思っているのだが、本当に危険な目に合う可能性だってあったのだ。
「いいじゃねぇか。男には引けない時があるんだよ、なぁ翼」
ヴァンスが2人を食事に連れて行こうと思ったのは、タルケの威圧に負けなかった翼に興味が湧いたからだ。しかもタルケの威圧に引かなかったのが、大事な人のためだというのも気に入った理由であった。
「そ、そうですけど······やめましょうよ、凄い恥ずかしくなってきたんで」
ヴァンスが気さくに話かてくれたお陰で段々と打ち解けてきた2人は、店へ着いた後も楽しい時間を過ごすことができた。
翼とプリムにとっては、豪華な料理も堪能し、最強のハンターから話を聞ける時間は最高の褒美になる。
ヴァンスも、ミスティアと翼が初めて会った日や、バッディオを共に狩りに行く約束など、娘が絡む話を聞くのは有意義な時間であった。
「良しっ、腹も膨れたしそろそろ解散するか」
「はい。あの、お会計は······」
「俺が出すに決まってんだろ。昇級祝いだ」
そう言われても翼は、奢って貰うことに抵抗があったが、素直に奢られることの方が正解だと思い礼を言う。
「「ご馳走様でした」」
翼は、初めて出会ってしまったかもと心の中で思っていることがあった。
最強のハンターでありながら、偉そうにせずに若手を楽しませようとしているその姿。まさに理想の大人だ。
レジで会計を済ますヴァンスを見て、この人のようになりたいと、憧れの視線を送るのだった。
「飯ぐれぇで借りを返したつもりなんかねぇからな、ほんとに困った時がきたら頼って来いよ。それじゃまたな」
店を出ると、さっさとヴァンスは行ってしまった。別れた後に2人で歩き出すと、プリムが翼の変化に妙なものを感じていた。
「随分嬉しそうですね。何が一番嬉しかったんですか?」
「えっ、嬉しそうにしてるかな? ヴァンスさんがさ、めちゃくちゃ格好良かったなって、ちょっと考えてただけなんだけどね」
「確かに素敵な人でしたね。時折口が悪かったのはあれですけど、目標にしたい人ナンバーワンって感じです」
「目標かぁ、あの人みたいに成れるかな······」
翼に新たな目標ができた。プリムを『奴隷』から解放することと、ヴァンスのような格好いい大人になること。
年齢的には十分大人である翼だったが、中学の時に止まってしまった心の成長が、この世界に来て急激に育っていた。
それを自覚しているからこそ、2つ目の目標を立てることができたのだ。
「のんびりはしてられないよな。時間は短いけど、今日もランクを上げるために頑張ろうか」
「はいっ」
翼のやる気が伝わると、その気持ちに応えたいとプリムは返事をする。
そして2人は、力強く門の方角へと走り出すのであった――
✩✫✩✫✩
その頃、『トゥーレイ王国』から西へ行った場所に1台の馬車が停まっていた。
そこへ、人影が急ぎ駆けつけると、馬車へと入り報告を始める。
「た、大変です。メイレーナ・ティディス様が動き出すかもしれません」
報告をした男の名は、クマル・ビルゴウ。姿を消すことができる特殊能力を持っていることから、諜報活動に長けた人物だ。
そしてクマルが入手した情報は、『奴隷解放』を目的とした組織が動き出すというものであった。
「そう······普通の幸せを望んではくれないのね。詳しく聞かせてくれる?」
メイレーナ・ティディスとは、第7騎士団の団長であり、『火』の魔法にS適性を持っていた。その『火』魔法が特殊で、黒い炎を使いこなす。更に剣の腕が達人級だということが有名で『黒炎の剣姫』と呼ばれている女性だ。
そのメイレーナを見張っていたクマルは、『奴隷解放』についての計画と、実行に移す日取りを聞いてしまった。
奴隷商が運営する『青い果樹園』。メイレーナが狙うのは、プリムが居た奴隷商であった。
夜の闇に紛れて襲撃し、『奴隷』を救出した後は秘密裏に造った場所へと連れていく。
その計画が実行されるのが、なんと2日後の夜だとクマルは聞いてしまったのだ。
「2日後なの······それだと、止める時間はなさそうね。『トゥーレイ王国』に居ながらそんな行動を起こしても、良い未来なんて望めないのよ」
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